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〈きょうとシネマクラブ〉特集「女性と映画」Talk Event REPORTS-『ラブレス』

〈きょうとシネマクラブ〉第一弾として、2023年12月〜2024年3月に行われた特集「女性と映画」。上映に合わせて行われたトークの記録を連載します。

上映作品『ラブレス』(キャスリン・ビグロー監督|1981)
2023.12.10(日)|京都シネマ
トーク:原田麻衣さん(映画研究者) 
司会:降矢 聡さん(Gucchi’s FreeSchool)


『ハート・ロッカー』で女性初のアカデミー賞監督賞を受賞したキャスリン・ビグロー監督の長編デビュー作(モンティ・モンゴメリーと共同監督作)であり、唯一無二の俳優ウィレム・デフォーのデビュー作でもある『ラブレス』は、キャスリン・ビグローの作品とは思えないような雰囲気を醸しだす作品でした。そんなただならぬ気配を感じさせる〈きょうとシネマクラブ〉初回作品のトークイベント(イベントのトップバッター!)を引き受けてくださったのは、京都大学でフランス映画を研究する原田麻衣さん。キャスリン・ビグローは、デビュー作からなぜブロックバスターな作風へと転じていったのかという疑問に応えてくれるトークでした。

このトークでは、【キャスリン・ビグロー、アーティストとしての出発点】【コンセプチュアル・アートから映画へ】【『ラブレス』のおける「中断」】についてお送りします。ぜひお楽しみください!
※映画のラストにも触れています。お読みの際はご注意ください。



◎板井仁さん(映画研究)による映画批評はこちらから読めます。

+++————『ラブレス』あらすじ————+++
1959年のアメリカ南部の田舎町。刑務所あがりの流れ者ヴァンスは、バイク乗りの仲間たちとバイクレースに向かおうとするが、仲間のバイクが故障してしまう。ダイナーで居合わせた地元客のガレージを借り、バイクが直るまで町で足止めを食らうヴァンスたちの目の前に、赤いコルベットに乗った少女テレナが現れて…。

https://kyoto-cinemaclub.com/introduction-loveless/

◎板井仁さん(映画研究)による映画批評はこちらから読めます。



1. はじめに ~キャスリン・ビグローの印象と『ラブレス』の異色さ

【原田】さきほど、ご紹介にあずかりました京都大学で映画研究をしている原田麻衣です。私はフランス映画、とりわけヌーヴェル・ヴァーグが専門なんですが、最近はいろんなところでアメリカ現代映画を考える機会をいただいています。今回はキャスリン・ビグロー監督の第一作目『ラブレス』についてお話しする機会をいただき、ありがとうございます。
新しく始まった〈きょうとシネマクラブ〉という試みのなかで、最初が「女性と映画」という特集だということですが、なぜ第一回目にこの作品を選ばれたんでしょうか。
【降矢】『ラブレス』はとても変わった映画なので、「これが初回かよ」と思われた方もいるかもしれません(笑)『ラブレス』を1回目に持ってこよう、という強い意図は特になかったのですが、ちょっと前にダイナーが出てくるアメリカ映画を繰り返し見る機会があったんですね。そのときにこの作品に出会いました。当時も傑作だと思ったんですが、今日、改めてその思いを強くしました。
このあと原田さんからもお話があるかもしれませんが、キャスリン・ビグローという監督は『ハート・ロッカー』(2008年)『デトロイト』(2017年)など、社会的なテーマや問題を扱っている監督です。映画的なものと社会的なものという2つのものがあるとしたら、“社会的なものの焦点のほうが強いかもしれない”ぐらいな監督だと勝手に認識してました。
しかし、この『ラブレス』を観たら、「映画にしかできないことをやっているな」「こんな表現をする人なんだ」とキャスリン・ビグローという人に対して衝撃を受けました。どこかでやりたいなと思っていたところ、京都シネマさんと〈きょうとシネマクラブ〉を立ち上げることになって、「じゃあ、あのときずっとやりたいと思っていた『ラブレス』をやってみようかな」という形です。


ありがとうございます。降矢さんが持ったキャスリン・ビグローの感触というのはわたしも一緒でした。皆さんがどのビグロー作品を最初に観られているかというのは人それぞれで、ビグローという作家、あるいは彼女の映画に持つ印象というのもさまざまだと思います。
私の場合は中学生の頃、ちょうど『ハート・ロッカー』が話題になったときに知りました。初めて観たビグロー作品も『ハート・ロッカー』です。米国アカデミー賞では作品賞、ならびに監督賞ほか6部門を制した作品ですね。しかも、その年のアカデミー賞には、興行収入第一位を守り続けてきた『アバター』(2009年)という作品がノミネートされていたにもかかわらず、それを制するように『ハート・ロッカー』が快挙を成し遂げました。彼女のフィルモグラフィーは、その次が『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)、『デトロイト』と続きます。私もこうした順番でビグローという監督の作品を観てきたので、やはりさっき降矢さんがおっしゃったような社会的な事柄、もっといえば、事実や原作に基づく、シャープで削ぎ落としたような、スタイリッシュな映画を撮るような印象を持っていました。
『ハート・ロッカー』のようなスリリングなアクションやとても早く切り替わるカット割り、ビジュアルの印象や最低限にとどめられた音楽など、作品の特徴を思い浮かべてみるならば、『ラブレス』は少々異色といえると思います。わたし自身は、異色でありながら、ビグローの傑作だと思いました。
『ラブレス』を観ていただいて察しがつくように、これは非常にインディペンデントな作品です。「極小予算」とビグローは呼んでいます。しかし、ジェームズ・キャメロンが脚本・原案・製作として携わっている『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』(1995年)、それから『ハート・ロッカー』、『ゼロ・ダーク・サーティ』、『デトロイト』といった中期以降の作品は、ハリウッドのメインストリームで製作されています。なぜ、インディペンデント映画からブロックバスター的な大作に行き着いたのかということを、ビグローの経歴を追いながら話してみようかなと思います。もちろん、インディペンデントから商業映画へというのは決して珍しい話ではありません。むしろ、多くの場合、低予算から大きな予算へ、インディペンデント系製作会社からハリウッドの大手製作会社へ、という道のりを歩んでいるのですが、ビグローの場合は、映画監督としてのキャリアだけではなく、美術家から映画監督への転向を合わせて見た時に、商業映画へのシフトというのは興味深くなるように思います。

2. キャスリン・ビグロー/アーティストとしての出発点

キャスリン・ビグローは、1951年にカリフォルニア州サン・カルロスというところで生まれました。

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