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京都便利堂「便利堂のものづくりインタビュー」第3回

第3回 株式会社 宮脇賣扇庵:髙野恭輔 様(写真右) 聞き手:社長室 前田(写真左)

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―――「宮脇賣扇庵」さんの扇子の特徴を教えてください。
「一番は「手描き」です。扇子の絵師が手描きで扇面を描いています。」

―――1枚ずつに職人さんが手描きで絵を描いていらっしゃるんですか?
「そうですね。現在は7名ほどの絵師がおります。いまでは大変珍しくなりましたが、本来、扇子の原型は手描きです。わたしたちは今もそれを守り、30枚から50枚ほどの少量を手描きで仕上げています。そうすると色の滲み具合などわずかながら個体差が出てまいりますが、個人の方にお求めいただく場合はそれこそが味わいで、世界にひとつのものだと喜んでいただいています。」

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―――たしかによく見るとわかります。ひとの手が感じられますね。
「わたしたちはご依頼いただいた扇子を1本からお作りしていますが、それも手描きをしているからこそできることです。わずかなずれも許されないという場合は機械に頼ることもありますが、独特の質感の表現は手描きでしかできないんですよ。」

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―――たった1本の扇子とは贅沢です。そもそも扇子はどのように作られていますか。
「扇子は紙づくりから数えると87回職人の手を通ると言われていて、ほとんどが職人による手仕事でできています。」

―――87回も!
「そうなんです。扇子づくりは分業制で、1本の扇子が出来上がるまでに何人もの職人が関わっています。実は江戸時代までは扇子の問屋が自社で作っていました。しかし注文数が増えるにつれて手が足りず、外へも注文を出すようになったんですね。しだいに店の職人たちが独立して、製造工程と販売が分かれたという経緯があります。このように工程をわけることによって、数がたくさんできるようになり、その分コストが下がりました。それ以来、扇子作りの分業制は続いています。」

―――分業には理由があるんですね。どのような職人さんがいらっしゃいますか?
「まず、竹から扇子の骨組みを作るのは「扇骨職人」です。それと並行して扇面を作りますが、扇面は、芯になる紙を中心に合計3枚の紙を貼り合わせてあります。その加工をするのが「扇面師(せんめんし)」です。そこへ「上絵師(うわえし)」が刷毛を使い、下地の色引きや絵付けを行います。つぎに「折り師(おりし)」が絵付けされた扇面を折り、扇骨(せんこつ)の中骨が入るよう加工して丈に合わせて上下を裁断します。「附け師(つけし)」は骨組みと扇面を組み合わせ、仕上げ加工をする職人です。しかしながらこれで全てというわけではなく、ほかにも随所にひとの手と目が配られています。」

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―――おどろきました。なんと細かく分かれているんでしょうか。
「そうですね。仕上げ部分だけみても13から15の工程があります。じつはわたしはすべての工程をやってみたことがあるんですが、当たり前ですがどれも本当に難しくて…。一番難しかったのはなんといっても折りの作業ですね。」

―――美しくて、ひとの手とはとても思えないすごみがあります。
「この「折り」の作業は扇型の紙を濡らして折り目をつけ、型にはさみ、左から折っていきます。型は古紙を何層にも重ねて外側に柿渋を塗ったものを使いますが、一子相伝なのでわたしたちもくわしい作り方は知りません。折りだけでなく、扇子職人が使う道具はどれも別注で個々に作られたものばかりなんですよ。」

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―――扇子は3枚の紙が張り合わせてあるんですね。しなやかで1枚としか思えません。
「扇子は「骨組みに紙を貼って作る」と思われている方がいますがまったく違います。まず、3枚張り合わせた紙をちょうど半分、1.5枚ずつになるところへ刃をいれて割きます。つぎにそれを型にはさんで折っていきます。最後は骨組みと紙を組み合わせますが、紙に骨組みの通り道を作らなくてはなりません。ここで、さきほど刃を入れた部分が生きてきます。蛇腹になった部分に附け師が口をつけ、空気を吹き込むことで通り道を作ります。」

―――えっ?職人さんが全部の扇子に空気を吹き込まれるんですか?
「その通りです。職人はていねいさと速さも求められるので、ご夫婦でされているところだと1日300本ほどの扇子に、この「附け」の作業をしていきます。ひとにもよりますが、ひと吹きごとに1つの穴を開けていくんです。吹きすぎると紙が割れてしまうので息の加減がとても大切です。その後、骨に糊をつけ、骨の1本1本をできた穴に通していくんです。」

扇子職人

―――ひとの息で竹の通り道をあけるとはびっくりです。
「もしよかったら一度やってみますか?扇子の紙を右手で持って、左から紙に口を近づけて吹いてみてください。」

―――(ふっふっと息を吹き込んで)だめですね、まったく開きません。
「初めてだと全部に穴をあけるのに1時間くらいかかるかもしれません。わたしもなかなかできませんでした。」

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「附け」の作業を教えていただいたのは株式会社宮脇賣扇庵 製造担当主任 米原 敏文さん。 入社前、10年に渡り「仕上げ」の仕事に職人として携わられていました。

―――これを1日300本とは…。(再び息を吹き込んで)あ!通りました!
「どの工程もですが、ある種の勘が必要なのでできないひとはずっとできないままなんですよ。さあ今度は骨組みと扇面を組み合わせます。左手で扇面を、右手で骨組みを持って、左側から骨を1本ずつ、開けた穴へ入れていきます。」

―――これはさらに難しい…。先へ進むと入れたはずの手前から骨が抜けてしまいます。
「職人は、骨に糊をつけて、ほとんど一気に合わせていきます。すごいスピードですよ。」

―――一人前になるにはどのくらいの年月がかかりますか?
「10年ほどでしょうか。ただ、残念なことにいずれの職人も数が少なくなっています。扇子職人はどの技術も、家業だったものを代々継ぐことで継承されてきました。技術は引き継ぐひとがいないと残せないですからなんとか続けてもらいたいです。」

―――この技術は機械では代わりができないように思います。
「竹を細くするには機械を使いますが、それを使えるように整えるのはひとの手です。紙を扇型にするため金型で抜きますが、これは機械で行います。しかし100枚の紙を抜こうとすると上の紙と下の紙で大きさが変わってしまうので、そこを見極めて工夫するのはひとなんです。扇子作りはこれだけいたるところにひとの手を必要とするのでオートメーション化されなかったのだと思います。」

―――1本の扇子にこんなにたくさんのひとの手が関わっているとは知りませんでした。
「実は昭和に入ってクーラーができたとき、扇子の売上げはがくっと減りました。そのとき職人の数も大幅に減ってしまったんですね。この調子ではこの先、扇子そのものがなくなるのではないかと不安に思った職人が多かったようです。しかしながらその後、扇子の「涼をとる」以外の使われ方が見直される時代がやってきます。おしゃれやファッションとしてお選びいただくほか、きちんとしたご挨拶の場でお持ちいただく方がぐんと増えました。また、人生の節目のお祝い事では変わらずにお使いいただいているほか、お茶や踊りのおけいこ事は扇子の世界を屋台骨のように支えてくれています。そうしたことでいまもなお、産業として維持することができています。」

―――伝統や技術というと扇子には厳しいルールがありそうで気になります。
「結婚式やお茶席など、場合によっては決まり事がありますが、それ以外はまったくありません。女性が男性用を選んでも、反対に男性が女性用のかわいらしい柄をお使いになってもそれは使うひとの自由で失礼にはあたらないんです。堅苦しく考えず、気になった柄を手にとって、まずは自由にあおいでみてください。」

―――選ぶのが楽しみになりました。デザインに決まりはありますか?
「扇子は末広がりの形から「縁起物」といわれます。そうしたことからわたしたちは縁起がよくない絵柄のものは作らないんです。扇子は美しいものしかない世界なんですよ。」

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―――その美しい世界づくりをご一緒できてとてもうれしいです。
「ありがとうございます。コロタイプは100年もの間、品質が変わらないとお聞きしています。わたしたちがお作りする扇子も修理をお受けできますので長い間お使いいただけます。その二つが合わさって、お客さまに長くお楽しみいただける製品を作れるのは素晴らしいことだと思います。そういえば初めてコロタイプの印刷物を拝見したとき「これは印刷ではない」と思いました。木版印刷ってご存知ですか?」

―――木に彫る版画のことでしょうか?
「そうです。昭和40年代までは扇子は木版印刷が多かったんです。一本一本の線を木に彫り、バレンでこすって完成させますが、この仕上がりがとても美しいんです。インクがのりすぎず、とてもやさしい印象なんですね。つまり木版画は初めから印刷までひとの手が仕上げるものなのですが、コロタイプを見たとき一番にそれを思い出しました。ひとが手で仕上げるみずみずしさがあり、まるで生き物のようだと思いました。」

―――ありがとうございます。コロタイプも版画のように色を重ねていきます。
「そうですよね。便利堂さんの美術印刷を見ていると、印刷の特性を活かしたものづくりをされていると感じます。扇子は、印刷の技法によっては色移りすることがありますが、コロタイプはとても安定していてそうしたことがまったくありません。紙にしっくりとなじんでいます。」

―――一枚一枚気の遠くなるような手作業を、マニュアルに頼らず、職人が厳しい目と手で仕上げます。便利堂の美術印刷を活かした扇子にはどんな特徴がありますか?
「実は扇子のデザインはとても難しいといわれています。このように山と谷がありますから、平面で見ている通りには仕上がらないんです。でも便利堂さんはその作品の魅力を知り抜いているからこその切り取り方をされていて、いつもはっとさせられます。ご一緒にお作りしている扇子は『鳥獣人物戯画』や『松林図』、『風神雷神図』など圧倒的な存在感があり、印刷の美しさには目をみはるものがあります。ですからわたしたちは竹のかたちよりもその扇面を活かすことを考えてお作りしています。」

―――どの作品も扇子になることでまた違った美しさが引き出されている気がします。
「わたしたちはほとんど全てにおいて手作業ですが、精度を高めることを追求し続けています。たとえば便利堂さんの扇面は落款もふくめてデザインをされていることがありますよね。落款の位置は左右どちらの場合もありますが、これが右に来ると精度を出すのがぐっと難しくなります。というのも扇子は左から折り始めるので、そこから遠い位置で精度を出そうとすると非常に難しいのです。しかし、細部に至るまで気を抜かず仕上げられた美術印刷を活かすため、わたしたちも最大限の努力でお応えしたいと思っています。」

―――ありがとうございます。最後に、初めて扇子を選ぶ方へアドバイスをお願いします。
「難しいことを考えず、ぜひお好きな柄を選んでいただきたいですね。好きな絵を決まった場所だけでなく、持ち歩いてどんな場所でも楽しめるのは扇子のなによりの利点です。便利堂さんとお作りした扇子には、普段なかなか見ることのできない国宝や文化財が描かれていて、それが本物の美しさをとどめた美術印刷で仕上げられています。絵を楽しんで、コロタイプと扇子、どちらの技にも直に触れていただきたいです。しかも扇子であればそんな作品を近くでじっくりと楽しんでいただけますし、美術館などで本物と見比べるのもきっと楽しいはずです。「好きな絵を贅沢に持ち歩く」ぜひそんな気持ちで選んでいただきたいですね。」

―――本日はお話しを聞かせていただきありがとうございました。受け継がれてきた技術のかけがえのなさという点において、便利堂のコロタイプも「宮脇賣扇庵」さんの伝統の技と同じでありたいと思います。技術の本質を追求し、精度を高めることをあきらめず、守るだけではない、新しい試みにも挑戦する「独自の技術」が培われてきた様子をお聞きしてとても共通点を感じました。これからも美しいものづくりをご一緒させていただければと思います。ありがとうございました。

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