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折々の絵はがき(8)

〈名所江戸百景 両国花火〉歌川広重 江戸時代 東京国立博物館蔵

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◆絵はがきセット〈十二ヶ月江戸めぐり〉歌川広重筆(12枚組)◆

 川の青はもとより、広い空があまりにきれいでつい見入ってしまいます。そこに描かれている花火の軌道。それをゆっくりと目で追い、ふと気づくと、いつの間にか絵はがきではなく夏の夜空そのものを見上げている気がしてきます。火薬の匂いすら漂ってくるようで、ふいに自分が橋のうえにいるのか、離れた高台にいるのか、はたまた現在に立っているのかがわからなくなります。

 にぎわいから距離をおき高台にたたずむ広重の視線は、花火よりもそれを楽しむひとたちとつかの間に照らされる川と街に注がれているようです。橋と屋形船から届くかすかな喧噪を聞きながら、彼は一人、行く夏を惜しんでいたのでしょうか。にぎやかな夏の夜のはずが、この絵には途方もない寂しさが立ち込めています。

 『名所江戸百景』は118枚もの大揃物で、江戸の行事やそこで暮らす人々が描かれた、浮世絵師 歌川広重による晩年の大作です。目録によると『両国花火』は秋の絵とされているため、これは川じまいの花火を描いたものでしょう。12枚の絵はがきを見れば、江戸に暮らし、さもない日々とそこに住まうひとをとりわけ愛していたのだろう彼の姿が浮かびあがり胸の奥がきゅっとなります。場所だけでない、ひとだけでもない、そのどちらもが合わさることで息づく街の「活気」が描きとめられた、これはまるで広重から江戸の街へ書きつづったラブレターのようにも見えるのです。

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