母乳だけが愛情?

最近、ふとした瞬間に、昔のあるワンシーンが鮮明に思い出されることがある。

息子の生後1カ月健診のとき。

私は、息子を出産したクリニックの待合室に、パンパンに膨らんだリュックを背負い(おむつ、着替え入り)、息子を横抱き状態で座っていた。

待合室には、私と同世代くらいの女性が一人。

「あの・・・・」

しばらくして、その女性が声をかけてきた。

「あの・・・突然ですみません。赤ちゃん、母乳で育てていますか?」

息子を見ていた私が顔を上げると、女性が今にも泣きそうな表情でこちらを見ている。

あまりに突然のことでちょっと驚いたけど、一応母乳で育てていることを伝えた。女性はそれを聞くや否や、

「どうすれば、どうやったら母乳が出るようになるんでしょうか・・・・私は母乳が全然出ないんです・・・どうやっても出ないんです・・・・」

このときの女性は、もうこの世の終わりのような、母乳が出ない=母親ではないかのような、絶望と悲しみとに打ちひしがれた顔だった。

私は、特に何も行ってはいないけれど、子どもが飲む分は何とか足りている旨を話した。

「いいですね・・・やっぱり赤ちゃんには母乳ですよ。それでこそ母親ですよ。でも私は・・・・」

女性はそう言ったきり、黙ってしまった。私もあまりに悲しげな様子の女性に、何も言葉がかけられなかった。

幸いなことに私は、上の娘のときも、今回の息子のときも母乳はよく出た。これは自然で、何も特別なことはしていない。だから、母乳がよく出る方法は?と聞かれても、全く答えられなかった。

私自身、もし母乳が出なくても粉ミルクをきちんと与えれば、それでいいと考えていた。もちろん母乳が出ればそれに越したことはないけれど・・・という思い。私の家族も同じ。だから、誰も「母乳じゃなければ」発言もなかったし、母乳プレッシャーも全くなかった。ある意味、幸せなことだったのかもしれない。

この女性は、無事に出産の大役を終えても、周りから「母乳はなぜ出ないのか、母乳じゃなければ赤ちゃんに悪いし、親子の絆が深まらない。悪いのは母親のせい」などと言われ、責め続けられていたのかもしれない。

女性は、自分自身がどこか悪いのかと考え、お医者さんに相談するために来たのだそうだ。

母乳なら〇、それ以外なら×などという一面的な考え方は、本当に当事者を追い込み、傷つける。もっと様々な視点、考え方で物事を見つめてみる必要があるのではないかと思う。

10年を一昔(ひとむかし)とすれば、これは、もう二昔(ふたむかし)も前の話。だから私は、現在の状況を全く知らない。今も、「母乳神話」があり、悩まれている女性がいるのだろうか。今の粉ミルクも二昔前とは、全然違うだろうし、様々な育児グッズも充実していることだろう。

私は今でも、あのときの暗く、絶望した、生気のない悲愴な女性の顔を忘れることができない。

だから今、育児をされている方々には、あふれる情報に振り回されることなく、いろいろなやり方で、目の前のお子さんとの絆を深めつつ、日々の成長を、伸び伸び楽しんでいただきたいなあ・・・と強く強く願っている。




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