~京焼について~
京都という土地に「平安京」が完成し、様々文化や技術が集結することになる。
京焼も平安京が完成するや、直ちに官民の焼き物養成所などができ、815年には瀬戸などから来た工人が、この養成所の成業者になったという記録が残っていることから、おそらく中国や朝鮮伝来の最新の技術を教えていたであろうと推測される。
そしてそこで焼かれたものの多くは、皇室や寺院の大建築物の用品やそこに住む人々が使用するものであった。
京焼は「茶の湯」と共に発展していった。
参考資料:京焼 ~その歴史と展望~
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