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カナダの建国――いつを起点に歴史を語るのか

カナダでは毎年6月は、カナダ先住民の「ヒストリー・マンス」(National Indigenous History Month)といって、先住民の歴史を振り返り理解を深める1カ月になっています。ところが、今年2021年の5月、ブリティッシュコロンビア州のカムループスという町で、先住民の子どもたちの遺体が多数発見される事件が起き、先住民の苦渋の歴史が連日報道されました。日本でも報道されたので記憶に新しいでしょう。ニューヨークタイムズのポッドキャスト「The Daily」でも取り上げられていました。

カナダは先住民の子どもたちを強制的に寄宿学校に入れて洗脳教育をするという同化政策を1998年までとっていました。ですから、当時の様子を証言する「生き証人」も大勢います。2008年には「カナダ真実・調停委員会」が発足し、被害者の証言をまとめたり、政府へ改革を提言したりしています。カナダ先住民の「ヒストリー・マンス」が設けられたのも2009年のこと。しかし彼らの声は現代のカナダ社会において優勢ではありません。

7月1日は「カナダデー」といって、カナダ建国を祝う日なのですが、今年2021年は、次々と明るみになる同化政策の実態に、「祝う気になれない」というカナダ人も多く、毎年首都オタワで開かれる花火大会はバーチャルでの開催となり、私の住むトロントでも市の花火大会は中止になりました。ただし、個人の花火大会はやってもよく、あちこちから花火がうるさいほどに打ち上げられていました。

この「建国」の概念ですが、いつを起点に「建国」と考えるのかは物議をかもすところです。今のカナダが祝う「建国記念日」は1867年が起点で、当時はまだ「英国自治領」でした。当然ですが、そのずっと前からカナダの土地には先住民が暮らしていました。彼らにとって、1867年を起点にする「建国物語」は喜んで受け入れられるものではありません。ちなみに、今の赤いメープルの葉をあしらった国旗が誕生したのは1965年のことです。

カナダ近年の歴史を振り返ると、17世紀に主にフランスとイギリスから白人入植者たちがカナダの土地にやって来ました。北米大陸には、アメリカとカナダという国が誕生するはるか昔から、先住民が様々な部族を作り住んでいましたが、そこへ、フランス、イギリス、スペイン、ロシアが進出し、領土を拡げていきました。フランスなど、ナポレオン戦争が起きるまでは、北はケベック地方、南はルイジアナまで一続きの広大な土地を領地にしていたのです。1774年にアメリカが独立し、トーマス・ジェファーソン大統領がフランスからルイジアナ領を買い取ったため、今は、カナダのケベック地方だけに、ぽつんとフランス語文化圏が残っています。

アメリカほどではないにしても、カナダも「建国にいたるまで物語」が神話化される傾向があります。カナダは2017年に建国150周年を迎えましたが、それは1867年から数えてのことでした。

カナダは、経済はアメリカに依存しつつ、イギリスのエリザベス女王の代理を務めるカナダ総督を今も任命しています。カナダに帰化し、新しくカナダ国民になる人々は、エリザベス女王への忠誠を誓うのです。この点も、カナダ先住民は問題視し、「忠誠を誓う相手を変えるべきだ」と訴えています。ちなみに、お隣の国アメリカでは、国民が忠誠を誓う相手は「星条旗」です。

カナダ総督の存在意義も、イギリス王室が代替わりすれば、カナダ国民は考え直すことでしょう。外からみると、自然たっぷりでのんびりした感じのカナダも大変に複雑な事情を抱えているのです。

……話を脱線させてしまいましたが…… いえ、実は敢えて脱線してみました。この間、カナダ先住民は恐ろしい仕打ちを受け、同化させられ、周縁化されてきました。大きな歴史の流れのなかで、社会の片隅に追いやられ、複数の世代にまたがり貧困に絡んだ諸問題を抱えるようになったのです。

毎年6月の先住民ヒストリー・マンスになると、各書店に「先住民作家による作品コーナー」が設けられます。私がときどき参加するカナダ人女性の集まるブッククラブでも、先住民作家の作品は意識的に選んで毎年読んでいます。つい最近、また一冊ブッククラブで読んだので、次回はそれについて記事を書こうと思います。先住民作家はカナダじゅうに少なからずいて、精力的に執筆活動をしています。国外ではあまり読まれていないかもしれませんが、自然に対する考え方や死生観が昔の日本人に似ているのではないかと個人的に思っています。

時間はかかるけれど、カナダの黒歴史を「なかったこと」にするつもりがない意識は一定のカナダ国民の中に確実にあります。書店にある「先住民作家による作品コーナー」がそれを示している。2021年はつらい過去が一気に明るみ出た一年だと言えます。これを契機にもっと過去を調査し、さらに先住民作家の作品が読まれることを願ってやみません。

(文責:新田享子)


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