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THE BREAK ―断ち切れない負のスパイラルの中で生きる

カナダの真ん中に広がる平原地帯にマニトバ州ウィニペグ市はある。その街には、先住民の一族、四世代の女たちがそれぞれに暮らしている。

一族の中に裕福な暮らしをしている者は一人もいない。男たちは家庭をほったらかして風のように消えていき、残された女たちは子育てをしながら悶々としている。時に、彼女たちは自己を肯定できず、酒やドラッグの誘惑と背中合わせに暮らしている。彼女らの子供たちも、油断していると半グレ集団に誘い込まれかねない世界で生きている。

ある日、一族のひとり、ステラがレイプ事件を目撃する。通報しても、警察はなかなか来ない。やっと来たと思ったら、白人の警察官は「どうせ先住民同士の小競り合いだろう」と言葉の端々に偏見をにじませるばかりだ。

だが、その白人警察官と同行していた若い警察官は先住民と白人の混血児だ。捜査の経験は浅いが、先住民の生活を知っている。やる気のない先輩警官と意見を対立させながらも、彼は積極的に捜査に乗り出す。

やがて被害者が特定される。被害者は13歳のエミリー。彼女もまた一族の一人だった。エミリーはまだ片思いしか知らない真面目な少女だが、半グレ集団のパーティーに危険な場所だと知らずに行き、事件に巻き込まれた。まもなく加害者も読者には明かされる。加害者も若いが、実は……。

この小説のタイトル「THE BREAK」は、ウィニペグ市のある一角を示す言葉なのだが、同時に「割れる」「壊れる」「断ち切る」といった意味が込められている。レイプ事件の凶器に使われたビール瓶が「割れ」、エミリーの純真さが「破壊」され、次々と起きる不幸に心が「折れ」そうになる。それでも「壊れない」ものが二つある。一つは、一族の女たちの絆。もう一つは、先住民が負わされた負のスパイラルだ。特に加害者は、無責任な大人に振り回されて育った子供で、社会に出ていくために必要なものを何も与えられず、何も教えられていない。加害者に与えられるのは罰だけで、そのサイクルは果てしなく繰り返されるのではないかと、この小説は思わせる。

ウィニペグ市は人口の12%を先住民系が占めている。カナダ全体で先住民系の人口が約5%であることを考えると、突出して先住民が多い。それでいて、ウィニペグの底辺社会には先住民が圧倒的に多い。彼らの苦しみは、先住民としての暮らし、言葉や文化を奪われたところから始まっている。世代を超えて負わされたトラウマが、現代では貧困、差別、依存症、犯罪につながっている。この小説では、若い警察官を除き、徹底的に女性の視点で描かれ、女性のレジリエンスだけでなく、女性がふるう暴力についても描かれているところが独特だ。

著者のキャサリーナ・ヴァーメッテは、「メティス」と呼ばれるカナダ先住民と白人入植者との混血だ。メティスが法的にカナダ先住民だと認められたのは1982年のことである。メティスであることの証明書があれば、一種の差別是正プログラムの対象者となるので就職しやすくなることもある。その辺りの事情や偏見についても、この小説で描かれている。

(文責:新田享子)

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