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静脈内鎮静法で親知らずを抜いた話(2)

↓の続きです

口腔外科の予約日、診察券を提出すると「よく来てくれましたね!」と褒められた。恐怖のあまり、入り口で引き返してしまう人も少なくないらしい。私も引き返せるものなら引き返してしまいたかったが、歯茎が日に日に痛くなっている気がするので「早くなんとかしてほしい」という気持ちの方が大きかった。

今日は手術の説明と、採血をするらしい。実を言うと私は採血も大の苦手で、どのぐらい苦手かというと「会社の健康診断で採血をした途端気分が悪くなり、腰が抜けて立てなくなったので車椅子に乗せられ、そのまま残りの検査を受けた」ぐらいである。
ついさっきまで自分で歩いていた人が車椅子で待合室に登場したのはなかなかインパクトがあったらしく、周りの視線が物凄く痛かったのをよく覚えている。

口腔外科での採血は、結論を言うと今までされてきたどの採血よりも楽だった。カルテの備考欄に色々書かれていたので怖がらせないようにと配慮してくれたのかもしれないが、「今後採血するときは毎回ここでやってほしいです!」とか訳の分からないことを口走ってしまうぐらい良かった。今後採血するときは毎回ここでやってほしいです。

採血後はカウンセリングルームという部屋に通され、手術の説明を受けた。この病院では、通常の方法で抜歯が難しい患者はオプションとして「全身麻酔」「静脈内鎮静法」「笑気ガス」の3つから1つを選択できる。

全身麻酔は、意識を消失させるためこちらからは何のアクションも取れなくなる。術中は文字通り「何も感じない」のがメリットだが、回復に時間がかかるので入院日数は伸びる。

静脈内鎮静法は鎮静剤を点滴で投与し、不安や緊張を和らげた状態で治療を行う方法で、術後の回復が早く、やろうと思えば日帰りも可能らしい(この病院では、念のため一日の入院を推奨していた)。全身麻酔と異なり意識は残すので治療中に会話はできるが、その間の記憶は残らないそうだ。そんな都合の良すぎる方法があって良いのか。

笑気ガスについては、あなたレベルの恐怖心だと今回はおすすめできません……ということで選択肢に挙がらなかった。「一度に二本終わらせることもできますよ!」ということで全身麻酔を薦められたが、以下の理由で私は「左右二回に分けての静脈内鎮静法」を選択した。

・左右の歯を一度に抜きたくない(片方ずつ抜けば、抜歯後の傷が塞がるまでもう片方の歯を使うことができるのでは?)
・仕事もあるので、最低限の入院日数にしたい
・意識を無くすのが怖い

最後の理由が一番大きかった。今の私が「いかにもな手術室」に通されたら、その時点であまりの恐怖に意識を手放してしまいそうだ。静脈内鎮静法であれば病室で点滴を入れ、通常の歯科治療を行う部屋での抜歯になるとのことなので、なんとか耐えられそうだと思った。点滴も恐ろしいといえば恐ろしいが、頭の中にゴリゴリ音が響くのとどちらが良いかと言われたら迷わず点滴を取る。

採血の結果問題がなさそうだったので、「決行日」は一ヶ月後となった。当日の朝まで、「親知らず 静脈内鎮静法 ブログ」等でひたすら検索しては怯える毎日が続いた。

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当日、母に車で送ってもらい病室に荷物を置く。病室に鍵付きの引き出しは用意されているが、なんとなくお金を持ちたくはなかったので財布は家に置いてきた。
病室は4人での相部屋だったが、同じ部屋の全員が抜歯での入院だった。時間までベッドで待機しているよう言われたものの、歯以外はいたって健康体なためおやつを食べている人や歩き回っている人がたくさんいて、変な感覚だった。話し声が聞こえてきたが、隣のベッドの人は親知らずを一気に4本抜くらしい。勇者か。治療に対する恐怖心は全くないが、持病があるため全身麻酔での治療を選択したらしい。

怯える時間が長いと滅入ってしまうでしょうということで、私は朝一の手術になる。人生初の点滴、針を体に刺すという行為そのものを考えただけで涙が止まらなくなってしまったが「あまり痛くなかった」。血管が細すぎるせいでなかなか針が刺さらず、手の甲を叩かれていた時が一番痛かった。

「点滴入れますね」
えっ、ここで?なんかもっとこう、治療台の上か何かで始まるのかと思い込んでいたので驚いてしまった。自分、ベッドの上でTwitter見てるんですけど……。
「本当は移動して治療台の上で始めるのですが、恐怖心が強いようなのでもうここでやっちゃいましょう。怖い時間は短い方が良いと思いますよ」

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気付いたら、ベッドの上で横になっていた。綿を噛まされていて、血の味がする。口がうまく動かせないので多分局所麻酔が効いているのだと思う。母がスマホを渡してくれたので、時間を確認した。そろそろお昼ご飯という時間帯だった。待合室で慰めてくれた助手のお姉さんがやって来て、私のカルテに何やら書き込んでいる。

「おはようございます!抜歯終わりましたよ」

Twitterを閉じてからの記憶が全くないが、終わったらしい。
何が?抜歯が。

母の話によると、私は「自分でベッドから立ち上がり」「自分で施術室まで歩いて移動し」「治療を終えたら歩いてベッドまで戻り」「眠いから寝る、と言ってそのまま寝てしまった」らしい。いやいやいや……全くそんな記憶はないのですが!ちょっと怖い。
実感はないが、鏡で確認したところ親知らず跡地に赤黒い血が溜まっていた。そこに歯の姿はなかった。本当に抜けてしまったのか。

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親知らずは抜歯後麻酔が切れてからが痛い、とよく耳にする。丸々一ヶ月匿名掲示板の親知らずスレに張り付いていたが、そこでも「麻酔が切れる前に痛み止めを飲め」とか「傷口が塞がるまでうがいはするな、ストローの使用等の吸う動作をするな」とか色々言われていた。
かさぶたが剥がれてドライソケットという状態になると、とにかく痛いらしい。確かに切開した部分に歯ブラシを当てる等はしてほしくないですが、そんな深刻に考えなくても良いですよ……とは言われたが、それが回避できる痛みであれば絶対回避したい。

点滴は依然繋がれたままで、これは何をしているのかと聞いたら「痛み止めを点滴で入れている」とのことだった。これのお陰かは分からないが、抜歯後の痛みも我慢できる範囲内だった。少なくとも、痛くて眠れないほどでは無かった。
針が刺さったまま眠るなんて無理!と思っていたけれど、点滴ってずっと針が刺さっているわけではないんですね。柔らかいチューブが入っている状態なので、「刺さり感」も全く無いし、寝返りをうっても特に問題はなかった。FGOをぽちぽちしていたら、いつの間にか寝落ちしていて朝になっていた。

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退院後は、極力傷口を刺激しないような生活を心がけた。お風呂はぬるめ、短時間で済ませる。お米やうどんは意外と傷口に引っかかってしまうので、グラタンやレトルトのミネストローネ等を食べ続けた。歯で噛まないで食べられるスープ類は特に素晴らしかった。
歯磨きはするが、うがいはかさぶたを剥がしてしまうかもしれないので口から水を垂れ流すように(書いていて悲しくなってきた)。ストローで吸うとかさぶたを以下略なので、スプーンに移してから飲む。

抜糸時も、軽く麻酔をかけてもらえたので何の衝撃もなかった。抜歯後常に軽い鈍痛があったが、傷口そのものの痛みではなく、糸で口内が引きつっていた痛みだったのだということが分かった。手鏡を借りて、恐る恐る口内を確認してみる。親知らずが、ない!私が急に涙を流すので「痛かったですか?」と助手のお姉さんを慌てさせてしまったが、私が「嬉しくて、感動して泣いてしまいました……」と言うと苦笑いしていた。なんだコイツって感じですよね、私もそう思います。

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12月、絶望しながら歩いていた道を、今は最高に晴れやかな気分で帰路についている。なんてったって、今の私は親知らずが一本ない状態なのだ。心なしか世界も輝いて見える。大袈裟だと笑われるかもしれないが、私にとってはそれだけ特別なことだった。

家族には「一生に四回しかできない体験だよ!」と励まされたが、私としてはそのようなこと一生に一回すら体験したくない。痛いのも嫌だし、ちょっとの我慢だと言われてもそのちょっとの我慢すらしたくない。
親知らず一本につき二万円ぐらいの費用と、診察等を含めると全部で五ヶ月程度の時間がかかってしまったが、抜歯中の恐怖どころか記憶すら一切残らなかったので私としては大満足だった。一本治療した、という自信がついたのか、二本目はそこまで怖がらずに終わらせることができた。

上顎に過剰歯があるが、これも治療するのであれば今度は口蓋の切開が必要になるらしい。その時が来たら、私はまた静脈内鎮静法を選択すると思う。怖いから。

まとめ
・歯科恐怖症でも親知らずの抜歯ができた
・抜歯中の記憶は全く残らなかった
・点滴を入れるまでがピークだった
・今後同じような機会があったら、次も迷わず静脈内鎮静法にする

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↑すごい重症っぽいですが、親知らずの抜歯後です。

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