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白でも黒でもない”部屋”の中を描写したい~FACTFULLNESSを読んで~

 ハンス・ロリング氏の「FACTFULLNESS」を今更ながら手に取った。読む前の僕は、正直ファクトブックに近いものとしてこの本を捉えていた。いくつかの世界に対する質問を提示しながら、本当はそうではないのだと説明するという構成自体は知っていたのが、そのファクトを知ってどうなるのだろう、という気持ちが拭えず正月から積ん読していた。

 通常ファクトを知ること自体は、何も価値生まない。これは多少なりとも知識獲得のみを目的とする勉強から脱した人にとっては当たり前の事実である。しかしこの本が提示しているように、皆が無意識的に(本書の言葉を使えばドラマチックな世界の見方をする本能に従って)歪んで理解したと思っている知識の場合にはその通りではない。ファクトは正しい世界に対する理解を他者との間に生み出し、適切な行動へと導く。これはあくまで僕の妄想に過ぎないが、FACTFULLNESSを通じて共通理解を得た世界は、”途上国”という従来のカテゴリーを対象に支援するのではなく、レベル1の国をレベル2の国に引き上げるためにはどんな支援をすべきだろう?と具体的に問いかけて支援するようになるだろうし、ハンス氏の体験のように、より死亡者数を減らすために病院内だけの活動に目を向けるのではなく、院外の公衆衛生環境を整えることに目を向け効果を上げるだろう。つまりハンス氏が提示したファクトによって、人々の行動は別のフレームを元に動き、結果世界は良くなることが期待できる。

 人間は自身の経験を通じた世界に関しては情報を多く保有しているが、他の世界に関する情報はほとんどドラマチックな世界を作り上げる各種メディアを通じたものである。こうした構造から、自分の経験の外にある世界は歪められやすいと言えるだろう。逆に言えば、歪められやすい領域、自分の経験の外にある事象に対してはハンス氏がやったのと近い手法、ファクトを提示すること自体が価値を生む。

 このコンセプトを思いついた時、僕の中では唐突に、ただ静かな確信を持って様々な”部屋”が浮かんできた。小学生の時に初めてあがった友達の部屋の初めてかぐ匂い、半年に一度帰省する祖父母の家の日当たりの良い南の部屋、大学時代にあがりこんだ友達の汚いタバコやゴミが散らかった部屋とその両親のきれいな実家である。いずれの部屋も、中でどんな事が起こり、どんな会話がされ、どんなことを思っているのか、当の本人以外、正直分からない。いや、当の本人ですら分かっていないかもしれない。ただそれぞれの”部屋”で起きていることは、確実に歪められて世界に情報が流されている。

 小さなときは意識しないが、地方の田舎で親戚は全員高卒の家庭から「大学に行く」なんて言おうものなら「お前は遊びにいけていいな」「よくそんな贅沢が」「やりたいことも見つからないのか」なんて言われる部屋もあれば、「何を学びたいのか?」「大学ではこういった研究を君は興味があると思う」「何でもいいが好きなことに没頭することをおすすめするよ」なんて言われる部屋もあるわけだ。テスト勉強をするという一つだって、「勉強なんて意味ないんだ」「勉強はためになるよ」「勉強は魔法だ」という様々な反応を受ける”部屋”がある。同じ事象に対して、”部屋”によっていかにいろいろな反応を受けるのか、またその反応の受け取り方もいかに多様なのか。そういった事実を、ハンス氏が写真各レベルごとにトイレが異なることを示したように、淡々と記述できないだろうか。

 別の”部屋”で起きていることは正直分からない。レベル4の国からは、他のレベルの違いを捉えるのが困難であることをハンス氏も言及しているように、特に限りなく白い”部屋”からは黒い”部屋”は見えない。別に僕は白が良くて、黒がいいと言いたいわけではない。ただ歪められているから、一度ファクト的な情報を収集したい。そして僕の仮説が確かなら、その収集と整理だけでも大きな価値を生むはずだ。

 もしかしたら”部屋”の中は驚くほど多様だから簡単には整理がつかないかもしれない。またドラマチックな世界を好む我々の脳にとっては、白でも黒でもない”部屋”ばかりでつまらないかもしれない。ただ別の”部屋”があることだけでもまずは示すことで、その事実をもとに”部屋”を抜け出す、他の”部屋”もあることを知りながら過ごす、理想の”部屋”を作り上げるなどこれまでと別の行動をする人が少しでも増えるかもしれない。そしてハンス氏が10個の本能で章立てを試みたように、”部屋”の中で反応してしまう人間の心理的、生得的な特徴を整理して章立てしてみる。これでビジネスマンも学ぶことが出来る体裁も整い、採算も合うものになるのではないか。  FACTFULLNESSという媒介によって、そんなところまで妄想を書きたてられてしまった。

#PS2021


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