生きているだけで素晴らしい

私の周りのすべての人に愛と感謝をこめて
生まれてきたこと、生きていること、生き続けること、それだけでとても素晴らしいことだと思います。 私と出会ってくれてありがとう💛

こんにちは、きょんちです。
「生きているって奇跡だなぁ」
そう思える出来事。 皆さんもあると思います。
アラカンの今、これまでのことを振り返ると、自分や家族や大切な人の命に係わる病気や事故がいろいろ起こっています。
今、ここに居てくれることの幸せを感じながら、ちょっと心の中にずっといる私のもう一人の子供の話をさせて頂こうと思います。
ちょっと重い話になると思うので、苦手な方はこれ以上読み進めるのはおすすめしません。 そっとブラウザ閉じてくださいね。

四半世紀後の冬至の日に。
クリスマスイブ生まれの愛する我が子へ

25年前、私は大切な人を失いました。
名前はGO 私のはじめての息子です
彼は不妊治療を続け、ようやく授かった子でした。 
後から考えると、自分の知識の無さや経験の浅さが無かったら、もっと早くの気付くことが出来たかもと思うこともたくさんあります。
でも、医師に告げられるまで、告げられても私は事の深刻さを何もわかっていませんでした。

「羊水が少ないので赤ちゃんに病気があるかもしれない」と紹介されたNICUのある病院を受診したのは冬至の日でした。
そのまま入院し2日後に緊急出産。 生まれたのは1000gに満たない小さな赤ちゃん。 13トリソミー。脳と心臓と肺と腎臓に大きな病気がありました。
あまりに急な出来事で自分が出産したことも赤ちゃんの病気の深刻さも自覚出来ていなかったのでNICUで保育器の中で線や管にたくさん繋がれている極小の赤ちゃんを見た時はすごくショックでした。(息子の病状は旦那さんにだけ説明されていた。出生時にすでに余命宣告がされていたことを後から知る)
泣くことしか出来なかった。 泣かずにわが子を見ることが難しかった。
それでも私は希望があると信じていた(たぶんそう思いたかった)
GOの名前は「剛」と書く 質実剛健の剛だ。 病気と戦えるようにと願って命名した。
そしてGOはがんばってがんばって4日目の朝に旅立っていった。
いつもガラス越しの対面だったけど、最後は私の腕の中だった。
何年経っても、あの時のNICUの光景とモニターの音、そしてGOの重みとぬくもりをはっきりと思い出す。

そんな12月が今年もやってきた。
あれから、私はこの季節が苦手になった。
街がクリスマスに彩られ、人々が楽しそうにしているのをちょっと冷めたように眺めている自分がいる、
身体は正直だ、この季節になると必ずと言っていいほど体調を崩す。
それも含めて私のクリスマスだなぁと最近ようやく思えてきた。

GOの葬儀の時、お寺のご住職から「意味のない命は無いですよ。 この方がここに来たご縁からいただくものがたくさんありますよ」と言われた。
その時はわからなかったが、今は何となくその言葉の意味も解るように思う。 
GOの弟たちが生まれ、それぞれ超個性的で凸凹がはげしく、いろいろなことが盛りだくさんの子育てをしていた時(今でも)、大変なことも泣きたくなることも悩むこともたくさんあるけど、ふと「まあ、元気に生きているからいいじゃん」と開き直るように思える瞬間があるのは、GOのおかげかな。

GO 生まれてきてくれて ありがとう
もっと長い時間あなたの傍に居たかった。
そっちに行った時には、うんと甘えてくださいね。

そして私の周りの大切な人たちへ
もう一度伝えます。

今日も生きていてくれて、生き続けていて素晴らしいです
あなたが生きていている、それだけで私はとてもうれしいです。
だから 生きていている自分を褒めてください。 すごいと思ってください。 

ありがとう 大好きです

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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