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まぬけなたぬき

 わたしが住んでいる町は標高300mの場所にある。五月でも少し山を登っていけば桜が咲いている。

 この町に越してきて二年目の春。背丈よりも高く積もっていた雪はようやく解け始めて、今では腰の高さくらいになった。

 旅館が立ち並ぶ山を少し登ると、温泉を町中へ行き渡らせるための管理棟が建っている。その外壁からは、細いパイプが飛び出していて、チョロチョロとお湯が出て水たまりができている場所がある。まだ雪の深い時期にそこへ行ったとき、その水たまりに向かう足跡をみつけた。足跡の彼は、しばらくそこで温まってから森へ帰っていったらしい。そのあとの足跡をたどっていくと、森と反対方向の町へ降りる斜面に向かっていた。おいおい道間違えてないか。斜面にさしかかったところで彼は足をとられたようだ。すこし後ろ足が滑り落ちそうになって慌ててもがいた跡があった。彼はその場でしばらく右往左往してから、何事もなかったかのように森へ戻っていったようだ。結構、どんくさいやつだ。あんまりどんくさいから春がやってきたことに気づいているのだろうか。もしまだ冬眠しているのならそっと起こしてあげたい。おうい元気かい、もうすぐ春だぞーと山に向かって呼びかけてみたい

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