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青玻璃さんの夢十夜:牛になって走れ!

以前見た夢を小説にしてみました。pixivの『スキイチpixiv1月企画「干支バトルロイヤル2021〜丑年の闘乱〜」(小説部門)』投稿作です。


 清く正しく美しく。
 これが琴子の通う女子校のスローガンである。
 めざすは良妻賢母。令和の時代にあれど、どこに出しても恥ずかしくないご令嬢に育て上げる。そんな学校。

「中田さん、三原さん! 騒ぐなプロレスするな、走るな!」
 朝の光に輝く窓の外から教師の怒声が聞こえてくる。
 今日は久々に気温が高い。暖かな空気が人を怠惰にも活動的にもする。
 早めに登校し、自分の席で本を読んでいた琴子は聞き慣れた名前に教室のドアに視線を投げた。
 予想通り、中田里佳と三原たまきが教室に走り込んできた。
「琴子ごきげんよう。昨日の新日本見た? あの新人、やっぱただものじゃなかったよ。たまも私も大興奮でさ!」
 ボブが似合う姉御肌な雰囲気の里佳はプロレス好きだ。
「琴ちゃん琴ちゃん、ごきげんよ! リカちゃんが言ってる試合再現しようとしたら怒られた~」
 無邪気で陽気なたまきは相撲を愛しているのだが、真剣勝負が好きらしく、スポーツ全般見ている。
「別にケンカしてるわけじゃないのにさ。しかも構えただけだよ? 神経質過ぎないかな」
 里佳が琴子に顔をしかめて訴えた。
 この女子校の生徒たるもの、廊下を走ってはいけません。スカートの裾は乱さず歩きましょう。大声で騒いでもいけません。
 さらに暴力は禁止。暴力はもちろんよくないが、ふざけて軽く肩をたたくだけでも注意が飛ぶのだ。厳しすぎると生徒たちはよくぼやいている。
「神経質なのは同意。でもさすがにプロレスは注意するでしょ」
 琴子が言うと、たまきは「琴ちゃんクール」と笑い、里佳は拳を握って空を見上げた。
「本気で戦うわけじゃないのに。あーもう、校則ゆるい共学行きたかった。プロレスやっても相撲取っても怒られないとこ!」
 里佳の嘆きに横から別の声が飛んできた。
「共学はクラスに男子がいるよ」
 里佳は固まった。たまきも真剣な顔になる。
「そっか男子か。うわそれ緊張して身動きとれないよ」
 女子校の生徒にとって男子は自分とは別の生物だ。普段は存在すら意識することがないため、近くにいると動揺して挙動不審になる。声をかけてきた由美は共学校に彼氏がいる。彼女ならではの視点といえる。琴子は尊敬の目で由美を見た。
「由美ちゃん、ごきげんよう。ねえねえ目にカラコンつけてるけど、もしかして…?」
「放課後にデートです。ごめんね先生には黙ってて。コンタクト苦手で家でつけてきちゃった」
 たまきの質問に、由美は笑って拝むように手を合わせた。
 デート。なにそれ勇者だ。
 里佳も「うわ負けた」とうめいている。べつに戦っているわけではないはずだが気持ちはわかる。たまきもさぞ、と琴子がたまきを見ると少し残念そうな顔をしていた。
「あらら、じゃあ由美ちゃんはすぐ帰るんだね」
「どうしたの? 放課後に用事でもあるの?」
「いいよいいよ、こんど渡すね」
「渡す?」
 たまきは生徒が揃ってきた教室内に向かって声を張り上げた。
「みんな、おもしろいもの持ってきたから、放課後ヒマなら残ってー」

 放課後の教室は十人ほどの生徒が残っている。そのうちのふたりは里佳と琴子だ。たまきは「持ってくるから待ってて」と何を持ってくるかも言わず教室を飛び出していった。
「たま、なに持ってきたんだろうな」
「渡すって言ってたから、この間みたいな大相撲鑑賞会じゃないと思うけど」
「あれ編集も凝っててすごかったね」
「先生に見つかって最初しか見れなかったの、かわいそうだったね」
 琴子が思い出して苦笑いをすると、里佳もすこし笑った。だが急に真面目な顔で琴子を見た。
「ごめんね、琴子」
「え、なにが」
「琴子、いつも私らと一緒にいて一緒に怒られるじゃん。優等生なのに、教師の印象悪くなってないかな」
 里佳は教室を見回した。
「ここに残ってるの、馬鹿騒ぎが好きな連中ばっかだよね。巻き込まれたくない子、教師の印象悪くしたくない子はあんまり私らと関わらないし、我ながらそのほうがいいと思うよ」
 いつも里佳やたまきと話している子たちが先生たちとどんな関係かなんて、琴子は気にしたことがなかった。
「琴子は付き合い良いからいつも私たちに付き合ってくれるけど、無理しなくていいんだよ」
 付き合い良い、そんなふうに思われてたのか。別に仕方なく一緒にいるわけじゃないのに。 琴子が里佳に言葉を返そうとしたとき、廊下の向こうからガラガラとスーパーのカートのような車輪の音が聞こえた。ワッと笑い声やざわめきの気配がした。車輪の音は廊下の凹凸のせいか時々跳ねながらも大きくなっている。ざわめきも合わせて近づいてくる。
 琴子は嫌な予感がした。
「おまたせ~」
 たまきが台車を引いて教室に入ってきた。大きな段ボール箱が乗っている。いやそんなことより。里佳が叫んだ。
「その格好なんだよたま! 牛、牛か?」
 たまきは牛の着ぐるみを着ていた。フードには角や耳もついている。全身茶色の牛だ。
 琴子はあっけにとられた。反射的に出た言葉は。
「……ジャージー牛」
「あ、これジャージー牛なんだ。さすが琴ちゃん博識」
 いや、思わず言葉が出たが種類はどうでもいい。たまきが開けた大きな段ボール箱の中には柔らかそうな布が詰め込まれていた。察するに、彼女が着てるものと同じ着ぐるみ。茶色だけじゃなく、白黒もある。
「なにその着ぐるみ」
「着ぐるみじゃないよ。防寒用の上着。本当はルームウェアって書いてたけど」
 たまきはぱたぱたと着ぐるみのしっぽをつかんで振った。
「最近寒いでしょ~? 丑年だからなのか売ってるの見かけて、よし、買っちゃおう! ってね。上着は”黒””白””茶色””藍色”のみって決まりでしょ。ほらほら茶色の上着だよ」
 たまきの変な弁解に、里佳は箱の中の着ぐるみ、じゃなくてルームウェアを物色しながら真剣な口調で言う。
「なるほど茶色のジャージ。ジャージー牛だけに」
「そうだそれそれ! 先生これはジャージで~す!」
 たまきは拍手をした。ぱふぱふと音がする。上着と言うがやっぱりどう見ても着ぐるみだ。「肉襦袢着て相撲取るコント思い出すな」
「じゃあ相撲取ろうよ相撲!」
「あーうん、それ着て四股踏むとむちゃくちゃ様になってるよ。つかみやすそうだけど」
 里佳はたまきに着ていいかと尋ねて白黒の着ぐるみを制服の上から着た。せっかくのクールビューティーが台無しだ。
「え、欲しい欲しい」「かわいぃ~」「これどうやって着るの」
 クラスメイトたちはたまきから着ぐるみを受け取るとみんな着始めた。いやなんで誰もためらわないの。琴子は呆然とする。あっという間に教室内は動物演劇の練習中のような非日常に変わった。
「はい、琴ちゃん」
 たまきは満面の笑顔で着ぐるみを手渡してきた。
「私はいいよ。似合わないから」
「いや、着ぐるみ似合う奴のほうが少ないだろ」
 里佳がつっこんだ。
 琴子は着ぐるみを見つめた。柔らかくて着心地の良さそうな茶色い生地。に、角が目立つ。 クラスメイトたちは楽しそうだ。自分だけが場違いな気がする。私だって、同じノリで、一緒に騒ぎたい。
 それでも着る決心がつかない。馬鹿じゃないかとも思う。
「うちに帰ったら着てみて」
 動かない琴子を見て、たまきはすこし淋しそうな顔をしている。うぅ、罪悪感。
 琴子は「ありがとう」と言ってパジャマをカバンに詰めた。
 そのタイミングで、部活に行ったクラスメイトが教室に競歩のような早歩きで入ってきた。「ちょっとみんな、たいへ……うきゃー!?」
 教室の中の異常な光景に変な悲鳴をあげる。
「なんかあったのか?」
 里佳が気にする様子もなく訊く。悲鳴を上げた生徒は、びっくりしたーと今度は笑い出し、すぐにそれどころじゃないと叫んだ。忙しい。
「校庭で、由美さんが佐藤先生に捕まってる」
 彼女の報告に教室内が静かになった。
「まずいな。デート前で化粧とかしてたのかな」
 里佳が教室を出た。他のものも後に続く。琴子と報告しにきた生徒以外は着ぐるみのままで。

 校庭の外れ、フェンスの向こうに畑が広がるのどかな風景。
 報告者の案内で琴子たちが向かうと、これからデートのはずの由美が佐藤先生に問い詰められていた。
 佐藤は特に生徒指導に熱心な女性教師だ。髪はきっちり夜会巻きにまとめ、スーツに膝下丈のタイトスカート。説教がやたら長く、良妻賢母の心構えを説いてくるため、里佳もたまきも佐藤にいい印象はない。
「化粧、カラーコンタクト、しかも裏門から帰ろうとするなんて。後ろめたいからとこそこそと。淑女として恥ずかしいと思わないの?」
「本当にごめんなさい。反省してます。でも今日は用事があるんです。帰らせてください!」
「用事とは何ですか? 化粧をしてどこに行くんですか」
 由美は泣きそうな顔で黙り込んだ。これはしばらく解放されそうにない。
 着ぐるみ集団と琴子は視線を交わした。
 琴子はうなずき、自棄気味に佐藤に近づき声をかけた。
「せ、先生!」
「なんですか水野さん」
「あれ、見てください」
 琴子が指差した先で牛軍団が胸を張って立ち、そのうち二頭ががっぷり四つに組んでいた。 おっと三原山、中田ノ海をすくい投げ!
 琴子の後ろにいた佐藤が息をのむ気配がした。
「な、なんですか。誰ですか、あなたたち!?」
 いや、着ぐるみっていっても顔見えてますから。誰か丸わかりですよ。
 牛のインパクトが強すぎて顔が目に入らないのだろうか。
「逃げろ!」
 里佳の声を合図に牛が一斉に走り出す。
 フェンスにとりつくと、するすると登った。体力持て余した女子高生の身体能力だ。
「降りなさいはしたない!」
 佐藤がフェンスにとりすがり、足をかけて叫ぶ。
「先生、スカート。足下ろしてください、はしたないです」
 琴子の指摘に佐藤は慌てて足を下ろした。それでも放っておけないのか、両手でフェンスをつかんで制止の声を上げ続ける。
 琴子は、どうしたらいいかわからないというように立ちすくむ由美に視線を送った。彼女は裏門に向かって逃げ出した。
 さて、私も先生が冷静になる前に逃げなきゃ。
 牛たちは畑に降り立つとそのまま走り出した。三原はなぜか四つ足で。
 気づいた他の牛も四つ足になって走る。いや、足が邪魔して走ることはできず、カエルやウサギのように跳ねながら。フェンスのこちら側から見える後ろ姿が小さくなっていく。
「モ―――――――!」
 三原が得意げに鳴いた。他の牛たちもモー、モー、と笑い声の混じった鳴き声をあげた。
 なぜ私はフェンスのこちら側にいるのだろう。フェンスを越えて牛の一団として走って行けなかったのが、なぜか悔しい。

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