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二人人狼


みなさんは『人狼』を知っているだろうか?
人狼とは村に潜んだ人狼を見つけ出して追放するか、村人たちが全員殺されるまで終わらない恐怖のデスゲームである。
近年は「among us」という人狼型ゲームが流行ったので、その存在を認知している方も多いだろう。
では、『二人人狼』を知っているだろうか?
当然知らないだろう。二人人狼は私が考案したものだからだ。
そう、あれは秋風が吹き始めたころ…


「皆、文化祭お疲れ様!かんぱーい!!!」

去年の9月23日、私たちは焼き肉屋で文化祭の打ち上げをしていた。
高校生活最後の文化祭。酷いイベントだった。
文化祭実行委員だった私は、カス教師とカス学生の板挟みにされ、ペアのクソ無能カス実行委員を心の中で罵倒しながら準備を行い、当日はひたすら唐揚げを袋に詰める作業を行っていた。
誰からも労いを受けることなく文化祭は終了し、目立ちたがりのゴミカスが企画した打ち上げに参加したわけだ。

こういう打ち上げでは大人数でガヤガヤするのが定石だろう。
しかし精神的にも肉体的にも疲弊している私にとって、たいして仲が良いわけでもないクソゴミカスどもと机を囲むのは苦痛の極みであった。
そんなわけで端っこに佇んでいると席割が決まったらしく、私はTという唯一の友人と二人席で焼き肉を食べることになった。他の皆さんは宴会席で食べるそうだ。
もはや打ち上げでも何でもないただの焼き肉食べ放題だが、正直そっちのほうが居心地がいい。私たちは脳みそがあるんだかないんだかわからないクソボケカスゴミどもを横目に、運ばれてくる肉を貪り食うだけの化け物となったのであった。

そして一時間が経った。
クソバカボケカスゴミどものテンションは最高潮を迎えていたが、私とTは話すこともなくなり、塩タンについてきたレモンを炙ってキャッキャウフフする知能二歳児へとなり下がっていた。
この世の終わり。
何故打ち上げに参加したのかという後悔が私の脳裏をよぎった。
まさにその時だった。
あまりに惨めな私に、神が天啓を授けてくださったのだ。


聞こえますか、愚かな子羊よ…
あなたのようなどうしようもない人間に夢を授けましょう…
二人人狼…
二人人狼をするのです…


私の脳に莫大な量の二人人狼の情報が流れ込んできた。

「二人人狼…?」
思わず口をついて出たその言葉に、Tが怪訝な表情を向ける。

「なんて?人狼?」
私は覚悟を決め、力強く言った。

「二人人狼。T、二人人狼をするぞ。」
普通の人ならばここで躊躇し、お前は何を言っているんだと問い詰められるだろう。
しかしTは普通ではなかった。

「おう、いいで。やろう。」
私はTを殴ってでも二人人狼に参加せるつもりだったので些か虚を突かれたが、乗り気なことにはなんの問題もなかった。

「じゃあルールを説明するぞ。まず、プレイヤーは自分で人狼になるか村人になるか選ぶんだ。選んだらそれをせーので発表する。」
「ほーん。」
「二人とも人狼だったら引き分け、どちらかが人狼だったら人狼の勝ち、どちらも村人だったら引き分けだ。」
「え、それなんか変じゃね?」
「御託はいい、始めるぞ。」

「せーの」
私とTの間に緊張が走る。
少しでも選択を誤れば“死”が待ち受けているのだ。神経質になるのも至極当然の話であった。


「「人狼」」

…引き分け。激しい頭脳戦の末、二人が選んだのは人狼であった。
当然といえば当然だ。人狼を選んでいる限り負けることはない。
いわばこれは…

「なあ、これグーとパーしかないじゃんけんじゃね?」
「なっ…!」
「何が面白いん、これ。」
Tが核心をついてきた。これはまずい、このままでは二人人狼は劣化じゃんけんとしての道を歩むことを余儀なくされる。
私は脳をフル回転させ、二人人狼にしかない優位性を探した。

「わかってないな。二人人狼の真髄は、その“精神性”にあるんだよ。」
「精神性?」
「そうだ。人狼になれば勝てる、これはゆるぎない事実。しかしそれは“人であることを捨てる”ことと同義だとは思わないか?」
「なるほど、人であることを捨ててまで勝利を取るか…」
「死のリスクを背負い、高貴な精神で人であることを選ぶか…」
焼き肉屋が重苦しい雰囲気に包まれる。周囲の音はもはや私たちには届いていなかった。

「じゃあもう一度やるぞ。せーの」


「「人狼」」


「おい、話聞いてたか?」
「聞いてたよ。でもお前は人を捨ててでも勝利を選びそうだったからさ。」
疑心暗鬼。頭脳戦。恐怖。まさに人狼である。
そしてこの時二人は確信した。
これ二人とも村人だったら最高に気持ちがいいぞ…と。
二人とも村人であるということはつまり互いが互いのことを信頼し、果ては相手に殺されてもいいという高潔な精神を持っているという証拠だからだ。

「もうやめようぜ、俺たちの村に人狼がいるなんて信じたくないよ。」
「そうだな、俺もお前を信じたい。」
「せーの」



「「人狼」」

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