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【小説】想像もしていなかった未来のあなたと出会うために vol.52

★ママ友★

 尚美が自分のコンプレックスを強く意識せざるを得なくなったのは、娘の栞里が幼稚園に入った頃だった。
 噂には聞いていたが、ママ友付き合いが必至な時期で、それを1歩でも間違えると大変なことになると実感した。
 そもそも尚美は、人とのコミュニケーションが苦手だし、好きではなかった。小学校から学生時代まで、特定の友だちを作らなかったが、あまり困らなかった。いじめに合うこともなく、孤独が好きな子、として認識されていた。足が不自由だったのが逆に幸いしたのかもしれない。自分のペースでいても、それを許された。会社に勤めていた時も、人との関りを必要としない事務作業が中心だった。
 栞里が生まれ幼稚園に入ると、尚美という個人ではなく、栞里ちゃんママという人間として扱われることに、違和感を覚えた。同時に、栞里のためには、ママ友仲間でいなければならないということを痛感した。
 晩婚だったし、すぐに子どもに恵まれず不妊治療の末生まれたのが栞里だった。だから、幼稚園に入る頃は、栞里の祖母と間違われるかと尚美は心配した。もちろん、実際に間違われたことはなかったし、ジョークでもそんな失礼なことを言われたことはなかったが。それでなくても身体的にコンプレックスがあるのに、高齢で、人付き合いも良くない。コミュニケーションを避けてきたので、基本的な作法も良くわからなかったから、幼稚園への毎日の送り迎えが憂鬱でならなかった。
 おまけに、携帯電話についていけなかった。
 その頃は、誰でも携帯電話を持ち始めていた時期だったが、尚美は必要を感じず持っていなかった。が、あっという間にみんなが携帯のメールでやり取りする時代になっていった。持っていないからと言って咎められることはなかったが、やはりコンプレックスの1つだった。

 栞里のクラスに山東花楓、谷崎蓮太、中園優馬のママ友3人組がいた。最初のうちは3人が仲が良かっただけなのだが、次第に悪目立ちするようになった。降園した後、園庭に残って子どもを遊ばせている間、聞こえよがしに人の悪口を言っている。たちの悪いニュースの話をしては、声をたてて笑っている。子ども同士がけんかまがいなトラブルになると、母親としてしゃしゃり出てきて、文句をつけ始める。そんなことが1回でもあれば、誰でもが眉を顰めるが、クラスばかりか、幼稚園の誰でもが知るほど、頻繁にトラブルを起こすクレーマーな3人組だった。花楓ママがボス、蓮太ママと優馬ママは、そのとりまきだ。
 しかし、誰も注意をすることができなかった。冷静に注意をしたところで聞く耳を持つような雰囲気がなかった。むしろ逆恨みをされて、何かされても怖いが、矛先が子どもに向かってしまうとも限らない。そんな恐ろしいモンスターな3人だと言うのが、ママたちの共通の思いだった。
 同じクラスになってしまったことは不運だと思って、なるべく関りを持たず、遠巻きにしてやり過ごそうと尚美は思った。それでなくても疲弊する降園時間だが、更に緊張して、毎日帰るとぐったりした。

 年が変わり、次の学年が待ち遠しくなる頃、学年最後のお別れ会が、クラス単位で企画されていた。尚美はその係になっていた。学年初めの係を決めた時は違うメンバーだったように思うが、なぜかかの3人組がお別れ会を牛耳ることになっていた。尚美とあと2人のママさんと。
 改めて顔合わせをした時、悪い予感しかなかった。

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