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【小説】想像もしていなかった未来のあなたと出会うために vol.62

★入院★

 病室に入ると、ベッドに座っている芳子がにこやかに向かい入れてくれた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。今日もいいお天気で良かったわね」
娘が看病に来たというのには不似合いな挨拶をする。
「来た早々悪いんだけれど、冷蔵庫にプリンが入っているから、召し上がりなさい。冷たくておいしいわよ」
芳子は2人をもてなそうとする。しかし、そのプリンは芳子が食べたいだろうと、昨日用意して冷蔵庫に入れてあったものだ。
「母さん、おはよう。・・・プリンは母さんのために買ってきたのよ。せっかくなんだから、母さんが食べてよ」
聡美はにこやかに言う。尚美は、せっかく持ってきたのに食べたくなかったのかしら、などと考えていた。
「朝ごはんは、いっぱい食べた? 看護師さんが、食が細いって嘆いていたわよ」
「・・・そうねぇ。おなかがいっぱいなんだもの」
そう言ってから芳子は、尚美を手招きして耳元に口を寄せて、
「だって・・・ここのお料理、マズイんだもの」
と言った。尚美がどう切替していいのか、戸惑っていると、
「そっか。口に合わなかったんでね。・・・母さんグルメだからしょうがないね。・・・栄養には気を遣っているお食事なんだから、少しは食べなきゃだめだよ」
と、聡美が笑いながら言った。
「それにしても、2人はよく似ているわねぇ」
芳子は、話をはぐらかす。
「姉妹だからね」
尚美と聡美は同時に言う。
「・・・あなた方のお母さん、お元気かしら?」
2人は顔を見合わせてしまう。

 芳子の頭の中では、自分は誰だと思っているのだろう。毎日見舞いに来る2人のことは、看護師かなにかと思っているのだろうか。現状がちっとも理解していない母に、尚美は悲しくなる。それに反して聡美は、声をたてて笑わないまでも、微笑ましく母を見つめている。
「つくづく、聡美は偉いな、って思う。・・・お母さんに対して動じない、っていうか。嫌な顔ひとつしないで、対応できて・・・」
2人になった時、尚美はそんな言葉を口にする。
「・・・そうだねぇ。・・・私も結婚して子どもができて、子どもが小学校に入ってからかな。なんとなく子育てが落ち着いたら、母さんを自分の子どものように見られるようになった感じなんだ」
「・・・えっ? そうなの?」
「力関係が、それまでは当然、母さんが上にいたんだけど、その頃になったら、私の方が上な感じになったんだよ。・・・でも、命令されたり、支配されたりは嫌だったから、母さんにそんな口調で接しなかったけどね」
聡美の言葉に重みを感じ、尚美はつぶやきた。
「・・・20数年がそうさせるのかな」
「それはある。・・・一朝一夕でなったわけではないからね」
聡美は朗らかに笑う。
「・・・聡美にはかなわないな」
昔から妹が持つそつなさが羨ましかったが、大人になっても上手に処世しているのが見て取れた。

 少し間があって、何気ない感じで聡美は聞いた。
「・・・尚美の旦那さんのご両親はどんな感じなの?」
「ウチの近くに住んでいるんだけど、ほとんど干渉してこないの。そんなに関りを求めてくる人たちじゃないから、ある意味、すごく助かるけど」
義実家との付き合いは、どんな家庭でもなにかと大変だという。そういう点、あまり気を遣わない義実家で良かったと思っている。
「・・・聡美の旦那さんのご両親は?」
「それがね、すっごくいい人達なんだよ。・・・人との関わり方を熟知している感じ、って言うのかな。・・・私たちって、ガミガミ言われて、過干渉だった、っていうのがあるじゃない? うちの旦那はそういう点、自由で、すごく尊重されて育ってきた人なの。・・・両親を見て、なるほどな、って思うもの」
「そっか・・・」
「旦那の両親に出会えたから、自分が変えられたし、母さんや父さんの接し方もわかってきたんだと思う」
「・・・恵まれたんだね」
聡美の言葉に尚美は、自分のコンプレックスを刺激される。これ以上聡美の成功体験を聞かされると、自分の未熟さが惨めに感じてきてしまう。
「尚美も変われるよ。・・・いや、実際に、すごく変わってきているんじゃない?・・・現に栞里ちゃん、すごくいい子に育っているじゃない。尚美が良いお母さんの証拠だと思うよ」
尚美は身体中が熱くなるのを感じていた。


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