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【小説】想像もしていなかった未来のあなたと出会うために vol.69

★再出発★

「・・・でも、ちゃんと自分に真摯に向き合うと、不安ばかりを感じてしまうね。・・・今はちゃんとできているけど、・・・またできなくなることもあるんだろうなぁ、って」
「・・・そういう心配はしなくていいんだと思うよ」
多佳子の言う心配だと言う言葉には、もっと深い意味があるのだろうな、と思いつつも、みくは軽く受け流した。
「・・・コロナのことだって、・・・この時代に、世界的パンデミックが起こるなんて、想像もしなかったよ。ましてや、いきなり子どもたちが学校に来れなくなり、学校の先生として、今まで考えてもみなかったことをやらなければならないなんて。・・・本当にしんどかった」
日本でも新型コロナウイルス感染症が流行り出すと、政府は学校を一斉休校にして、子どもがいる家庭をパニックに陥れた。学校の先生の多佳子も、当事者として大変な時期を過ごしたのだろう。
「・・・コロナはね。・・・カウンセリングって、対面が基本の仕事でしょ? 緊急事態宣言って、外出もままならない状況になった時、ホントどうしようかと思ったわよ。・・・フリーランスだから、仕事がなければ収入に直結するわけだしね」
みくにもその頃の驚きは、生々しく残っている。
「当初は、すごく焦ったよ。・・・他にキャリアもないから、転職なんて考えられなかったし、ようやくカウンセラーっていう仕事が、私には合っているんだなって、思えてきたところだったから。・・・これからのことを考えると不安で眠れなくなった時もあったよ」
「でも、結局、・・・そこから独立を選んだんでしょ?」
「そうなの。・・・自分でも不思議だった。・・・こんな時だからこそ、新しい形で歩み始めるのがいいんじゃないかな、って思い始めたの。今思うと何がきっかけだったのかわからないんだけど。・・・それを紗百合先生に相談したら、ずいぶん前から、私は独立を勧めていたつもりなんだけどね、って言われてびっくりした」
「へぇ~」
「私にとって、紗百合先生のところは居心地が良かったから、1人で自分のカウンセリングルームを持つなんて考えていなかったの。・・・でも、コロナでクライアントが減って、紗百合先生自身がオンラインでセッションするようになって。・・・自分の居場所や立ち位置を考えるようになったら、このままではいけないな、って思えてきて、それでね」
「・・・独立して、大変だった?」
「そうね。・・・まだまだ安定している、って言い難いけど。でも、自由度は格段に上がって、やりたいようにできている、って感じている」
コロナ禍になって世の中の仕組みが変わり、それに乗じて独立できたことは幸いだった。
「カウンセリングって、まだまだマイナーな世界でしょ? 特別感っていうのかな、通っていることを公にしたくないようなことじゃない? 私はそういうのは払拭したいと思っていたの」
「そうだね。カウンセリングを受けるって、確かに勇気がいるかも」
「それって、特別なことじゃなくて、日常にあってしかるべきことなんだよ。カウンセリングを学ぶと、セルフケアに行きつくんだけど。・・・割とみんな、ストレスの解消法一つ、わかっていなかったりするでしょ?」
いつの間にか多佳子に対し、昔の親友の感覚が戻ってきて、みくは自分の持論を展開していた。
「瞑想の時間を持つ、とか、身体のマッサージをして自分と向き合うとか、ウォーキングやランニングとか、ヨガやトレーニングをするとか、言われてみれば、巷ではどれもストレス解消として推奨されていることだけど。多忙を極めてストレスを抱えている人ほど、そういうことをする時間が取れない、時間がもったいない、なんて言ってたりする」
「うん」
「気分転換なんて、そんな大そうなことではなくて、外に出て空を見上げる、それだけで気持ちが変わってくるの。それを知って欲しい。忙しくて帰りが夜だったとしても、都会で星は見えないかもしれないけど、月なら見えるよね。・・・街のどこかには公園があって、木を見上げることはできるよね」
 病んでしまうくらいストレスを抱えている人は、目の前の風景すら目に入っていないことが多い。自分の頭の中の考えにとらわれていて、身体で感じることを忘れてしまっているのだ。悩みの渦の中から救い出すには、空を見上げ、緑を感じ、風の匂いや小鳥のさえずりを聞いてもらう。
 セルフケア、ストレス解消などの大げさなものではなく、呼吸を整えると言うシンプルなことにカウンセリングの奥義が隠されている。



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