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【小説】想像もしていなかった未来のあなたと出会うために vol.53

★ママ友★

 年度末に各クラスで行われる、幼稚園のお別れ会。それは、運動会やお遊戯会と言った幼稚園行事と並ぶような大きなイベントだった。
 3月初旬の午前保育が終わった後、子どものクラスにお母さんたちが集まり、子どもと一緒にお弁当を囲む。そして、子どもたちと一緒に出し物を披露して、担任の先生に感謝の意を伝え、子どもたちやお母さんとの親睦を深める。最後に子どもたちへのプレゼントを渡す。不思議な慣習としては、割れると紙吹雪が舞うくす玉を用意して、プレゼントを渡す前にくす玉を割り大いに盛り上がる、というのがあった。
 係のお母さんは、出し物を考え、お弁当の手配、くす玉を作り、プレゼントの用意など、多岐に渡り準備をしなければならなかった。
 係のことをきちんと理解していれば、お別れ会の係にはならなかったかもしれない。係決めの時、他の係はすぐに決まったのに、お別れ会の係だけ残ってしまい、ぼんやりしていて係をやりそびれていた尚美にあてがわれた。他のお母さんたちもそんな感じだった。花楓ママと蓮太ママは、クラスの代表委員だったので、お別れ会にも出てくることになった。
 改めての顔合わせの時、花楓ママは言った。
「栞里ちゃんママは、ベテランだから、こういうこと慣れてますよね」
『ベテラン、って、歳がいっていることを言いたいんでしょうけど、私は栞里が1人目だし、イベントなんて企画したことも、その手伝いをしたこともないから、慣れているなんて、決めつけないで欲しいわ』
そのくらいの言葉が、気軽に話せれば良かったのかもしれない。でも尚美は、花楓ママの言葉のトゲに気を取られて、嫌悪の顔をしてしまった。
「そんな言い方をして、栞里ちゃんママが嫌な顔しているじゃないの。花楓ちゃんママ、人に押し付けちゃ、ダメですよ」
蓮太ママが間に入るようなふりをして、嫌味を重ねる。
「・・・ごめんなさい。イベントの企画とかホントに苦手で、お弁当を運ぶとか、何かを作るとかは一生懸命するので、指示して下さい」
尚美は感情を抑えて言う。
「ふっ、使えない人ね」
優馬ママがあちらの方を見てそう呟くのを、尚美は聞こえなかったと思うようにした。

 お弁当を決めるのにも、プレゼントを決めるのにも、誰かがこれはどうかと言っても、花楓ママや蓮太ママが反対をして先に進まない。言っても反対されれば、アイディアも尽きるし、言いたくもなくなる。話し合いも膠着状態が続き、時間ばかりが過ぎていった。
 結局その時は、何一つ決まらず、と言って持ち越したところで話は進まないので、代表委員の花楓ママと蓮太ママに任せることになった。2人ともイヤイヤながらな体をしていたが、はたしてそれは本心だったのかはわからない。とにかく話し合いは無駄な時間だった。

 お弁当は幕の内弁当に決まり、プレゼントは高価なブランドのTシャツになった。花楓ママと蓮太ママには、係のお母さんたちが勝手なことばかり言って決まらないから、仕方がなく決めたのだと言いまわっていたし、弁当もTシャツもクラスの誰一人納得している様子はなかった。
 子どもたちは降園時間の後、係のお母さんたちがクラスに入り、時間をもらってお別れ会の出し物の練習をする。そもそも係のお母さんたちでまとまっていないものを、子どもたちにやらせようとしても、うまくはいかなかった。子どもたちを前にしてもごちゃごちゃして決まらなかったところを、尚美が業を煮やして、子どもたちには歌を歌わせるにして、先生への感謝の言葉は、お母さんたちでしましょう、と提案した。感謝の言葉は尚美が原稿を作った。

 そして当日。栞里が熱を出してしまい、幼稚園はお休みをした。
 お別れ会も当然休ませるが、尚美は係として出ないことを咎められそうだとも思えた。現にお弁当を取りに行き、園に届ける担当になっている。それはやらなければならないかな、と思った。

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