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【小説】想像もしていなかった未来のあなたと出会うために vol.56

★プリント★

 今度は尚美が熱を出してしまい、送り迎えができないため、幼稚園の修了式には出られなかった。
 3人組の嫌がらせに負けたみたいで悔しかったが、ストレスが直接的に身体に出てしまう体質は昔からだ。悔しいからと無理をして、取り返しがつかないことになったら元も子もない。栞里には謝って、養生することにした。

 修了式の日の午後、優馬ママから電話があった。新学期に向けての連絡だった。連絡網として回しているが、お休みだったから連絡したので、次の人に回す必要はないと言う。内容も事務的なものだったから納得したが、かえって胸騒ぎが抑えられなくなった。
 年中組にあがるにあたり、始業式の日程を教えられるだけなのだろうか。持ち物や注意事項を書いたプリントや、次のクラスがわかるものなど無いのだろうか。春休み中にクラスを書いた名札に付け替えたり、新たな持ち物を用意したりがあるのではないか。疑問がわくと居ても立ってもいられなくなり、直接幼稚園に電話することにした。
「修了式に欠席してしまいましたが、新学期に向けてのプリントなど、無かったんでしょうか」
担任を呼び出して聞いた。
「お手元に、届いていませんか?」
「もらっていないので、お尋ねしたいと思いました」
「じゃあ、まだなのかもしれません。届けてもらうように手配しましたから」
「どなたにですか?」
「えっと。・・・代表委員の方です」
「花楓ちゃんのママ、・・・山東さんですか?」
「そうです」
担任はあっけらかんという。まだ熱っぽく重たい頭を、殴られたような気分になり、尚美は続けた。
「たぶん、届かないと思います。・・・先程、中園優馬君のお母さんから連絡網と称し、新学期の日程だけを伝えられたんですね。・・・以上です、と言われて。・・・だから心配になって、お電話したんです」
「そうですか」
そう言ったっきり続きの言葉はなく、しばらく沈黙が流れた。
「申し訳ないのですが、プリントを取りに伺ってもよろしいですか?」
「えっ?」
「今日は、私の体調がすぐれなかったのでお休みしたので、明日とかでもよろしいですか」
「プリントは、人数分しか用意がなくて・・・」
「はあー?」
先生もグルだったのか、そう思った。
「先生、すみませんが、園長先生に替わって頂けませんか?」
「えっと、えっと、・・・それはどういう・・・」
どういうもこういうも、あなたじゃ埒が明かないから、ウエを出せと言う意味ですよ、と言いたかったが堪えた。
「園長先生は、ご在席ではないのですか?」
「えっと、そうなんです。・・・今、ちょっと席を外していらして、すぐ戻ると思うのですが」
「わかりました。折り返しお電話頂けると助かりますが、ご伝言お願いできますか?」
「あ、はい」
尚美は電話を切ったが、折り返しの電話は期待できないな、と思った。

 30分ほどして、園に改めて電話をし、園長に取り次いでもらった。
電話に出た園長は、何も聞いていない様子だった。
「今日の修了式に欠席してしまったものですから、新学期に向けたプリントなどを頂きに伺いたいのですが。明日行ってもよろしいでしょうか」
「もちろんです。・・・担任からは連絡いきませんでしたか?」
「先程、お電話でお話ししたのですが、プリントの用意がないから、と言われてしまって」
「そうなんですか?」
「ウチの分は、クラスのお母さんが持ってきて下さるようにしたからと、言われました」
「神原さんの方で、お願いされたんですか?」
「違います。こちらではどなたにもお願いしておりません」
「連絡帳や園からのプリントは、保護者の方に直接お渡しするようにしているんですよ。手違いがあっても問題になりますからね」
「ですよね」
「・・・わかりました。明日取りにいらしてください」

 熱がぶり返しそうだな、とげんなりしたが、そうも言ってはいられない、明日は気張ってプリントを取りに行こうと、決心した。


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