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【小説】想像もしていなかった未来のあなたと出会うために vol.67

★再出発★

 三栖多佳子と再会してから、ずいぶんと時間がたってしまった。
 世の中の情勢が変わって、みくの周りもバタバタと忙しくなってしまったのだ。個人的なセッションが入ったり、応援でカウンセリングに行くことが多くなった。自分のカウンセリングルームの充実より、実質的な活動に追われてしまった。
 と言って、親友の多佳子を蔑ろにしたわけではなかった。
 カウンセリングを受けたいという多佳子の言葉を聞き、すぐに自分の師でもある小野紗百合に引き合わせた。はじめは戸惑っていた多佳子も、程なく紗百合とのセッションを始め、定期的に通っているようだ。その間の多佳子に会って色々と話したかったのだが、それはお預けになっていた。

 突然始まった、ソ連によるウクライナの侵攻。始まった当初はどこか遠い国のことで、自分事とは捉えられなかった。しかし毎日のように報道され、事態は悪化の一途をたどっている。近隣諸国ばかりでなく、世界の国々が動き阻止しようとするが、状況は一向に変わらない。経済的な制裁では、日本も関わってくる。ソ連やウクライナからの輸入に頼っている小麦製品やガソリン、半導体や金などが高騰していて、徐々に影響が出てきている。
 日本にいる自分たちは、そんな風に巻き込まれるように影響を受けているだけだと思っていた。が、「戦争」というキーワードは、人の心を静かに蝕んでいるようだ。
 ウィズコロナが浸透してきたためか、ようやく対面でのセッションができるようになってくると、多くのクライアントが軍事侵攻に心を痛めていた。電話やオンラインでは口にできないが、カウンセラーと面と向かってなら、小声で話しておきたい。遠い国のことで、具体的には何一つできないのだけど、焼けただれた街の映像が流れるだけで、辛く悲しくなってしまう。なぜかわからないのだけど、虐げられ、避難しなければならない人たちの気持ちが、自分の心に反映され、居たたまれなくなる、と言う。誰しも一度は対立した経験を持つが、その時のことが思い出されるようなのだ。
 コロナ禍のせいで、人と人との交わりや関りが避けられて、しんどい思いを続けていて、とどめを刺すようなニュースだったこともあるのだろう。地震や病気といった避けられない自然災害ではなく、戦争は人的災害だ。しかも敵がいる。そうした状況に、感情的になってしまうのかもしれない。
 日本では終戦から80年近くたって、実際の戦争体験者は少なくなっているかもしれないが、米軍基地の問題など、戦争の爪痕は今もなお残っている。経済成長を優先させて、蔑ろにし続けてきた戦争に対する負の感情が、ふつふつと蘇っているようだ。今まで押し殺されていた様々な問題が、一つ一つ取り上げられて、つまびらかにされている昨今、戦争という大きな問題が、人の心の中に広がってきているように思えるのだ。

 再会してからずいぶん経ち、久しぶりに多佳子と会った。夕食を共にし、多佳子のカウンセリングの様子を聞かせてもらった。とても実りのあるセッションだと言うことが、多佳子の表情からもわかる。
「ありがとう。・・・みくに、紗百合先生のことを教えてもらえて、人生が180度変わったよ。・・・カウンセリングを受けて、本当に良かったよ」
多佳子は涙を流さんばかりに言う。
「カウンセリングを受けたクライアントさんから、感謝されることは多いし、その方の人生が良くなっているのなら、本当に嬉しいことだけど、私のせいで良くなったわけではないと思うのよ。人生が変わったなら、その方自身が変えただけなんだから。・・・カウンセリングはそのきっかけに過ぎないんだと私は思っている」
「でも、・・・抱えている事に向き合うのって、わかっていても本当に難しくって、カウンセリングがなければ向き合えなかったと思うのよ」
「・・・そっか」
多佳子はしばらく言い淀んでいたが、小さく息をついて言った。
「・・・9.11の時、姉さんの美帆子が行方不明になって、その時から私の人生、狂ってしまったな、って思っていたの。テロ事件だったわけだけど、国家間のことに巻き込まれて。・・・この20年間、どう受け止めたらいいのかわからないでいたの。・・・そしたら、ウクライナで、戦争が始まったでしょ? 私の頭の中は大混乱で、気持ち的には殴られたようになって」
ここにも戦争で苦しんでいる人がいたのだと、みくは心が痛んだ。

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