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【小説】想像もしていなかった未来のあなたと出会うために vol.68

★再出発★

 多佳子が紗百合のカウンセリングを定期的に通い、良い結果が出ているようだと安心したのもつかの間、ソ連のウクライナ侵攻という戦争に、居たたまれない感情を持っていることがわかった。
「戦争のことを必要悪だと言う人もいて、ずっとそれがまかり通っていたよね。そんなのおかしいし、他人事みたいなそういう発言を許せなかったんだけど。・・・だからと言って、戦争反対とプラカード持って抗議運動するのもどうかと思っていたし。・・・それよりも何よりも、自分の生活を守るのに精一杯で、戦争なんていう大問題に、向き合う時間も気持ちも、何も持てなかった。・・・考えようなどとも思ってなかった」
多佳子は、とつとつと語る。
「ただ・・・こんなご時世になってしまって。問題だとわかっていながら、封印していたことの、重大さを感じて。・・・忘れちゃいけないだな、って考え始めたの。・・・向き合う時が来ているのかな、って」
「・・・カコばかりでなく、多くの人が同じような想いでいるのを感じるよ」
「・・・そうなんだ」
「でも、・・・戦争の恐ろしいところは、一般論では片づけられないし、1対1の問題ではないから、事情が複雑だし。・・・個々の立場で見方がまったく違ってくるし。・・・自分の想いを整理するだけでも、難しいことだな、って、つくづく感じているところ」
その後2人とも押し黙って、飲み物をすすり、しばらく自分の想いに耽っていた。

 「なぜ人は、闘争心を持つんだろうね・・・」
みくがぽつりと言うと、多佳子はつかさず言った。
「そういうものがなければ、生きていけない時代があったからだよ。本能みたいなものなんだから、しょうがないよね」
「うん。・・・そうなんだけど、今は21世紀だよ? 色々なことが解明されて、闘争心だってコントロールできる時代になってきてると思うんだよ」
「・・・みくは、昔から闘争心とか競争とかの対極にいたから、そう思うのかもしれないね」
確かに、自分は何に関しても人と争うことが嫌いで、避けてきていたかもしれない、とみくは思った。
「私はね、すぐ対抗心を燃やす人間なんだな、って自覚があるから、自分の中にある闘争心を否定できない。・・・だから、戦争になるのも仕方がないことなのかもしれない、って思っていた。・・・自分がそれによって傷つけられても、言い返すことができないと思ったのも、そのせいかもしれない」
「そうなんだ・・・」
「戦争で傷つけ合って、命が脅かされるようなことがあっても、自分の中にある対抗心がそうさせるのだとわかると、自分を否定することになるからね。だからと言って、その対抗心を肯定すれば、非道なことをすることになる。・・・ジレンマだよね」
みくにも、多佳子が苦しんできた経緯が伝わってきた。
「・・・だから、ずっと見ないでいたのだけど。・・・それではイケナイと思えるようになってきた。自分を否定するのではなく、・・・みくが言うように、闘争心をコントロールできる道を模索していくことが、大切なのかもしれないと、思えるようになってきたところなんだ」
「・・・戦争という、人類の大問題に向き合うだけでも、すごいことだと思うよ」
「そうだね。・・・私一人の力では、今ある戦争を止められるはずもないし、色々考えたり、想ったところで、何も変わらないけど。・・・だから考えないのではなくて、そこから派生する自分の気持ちだけは、しっかり見つめていきたいと思ったよ」
みくは多佳子の言葉に強く頷いた。


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