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ジョナタン・フルネルの魅力

 前回のエリザベート王妃国際コンクールピアノ部門で優勝したジョナタン・フルネルのリサイタルを聴きにミューザ川崎へ。
この日は「夜ピアノ」シリーズと言って、ミューザ川崎で5人のピアニストを同じ席できくことができるお得なセット券の第4夜だった。セットで買っていたお陰で、様々な面を持ちあわせた才能豊かなピアニストに出会えて、とても幸せだった。
16歳でパリ音楽院に入学、20歳でヴィオッティ優勝、27歳でエリザベート優勝。
このプロフィールから想像できるピアニスト像は、ほど良い年齢で世界で2番目に優れた教育機関(世界の音大ランキングによると)に入学を許可され、ピアノやそれ以外の音楽科目の高度で専門的な教育を受け、卒業する頃には歴史と権威のある国際コンクールで優勝し、コンサートピアニストとしてのキャリアをスタートさせる。それに甘んじず研鑽を続け、人間として成熟する年齢に達した時に最高レベルの国際コンクールで一位を受賞して世の中に実力を認められた真の実力派、とまぁ、一言で言えば最上級の品質を保証されているピアニスト。
プログラムは前半がベートーヴェンの32のヴァリエーション、22番ヘ長調のソナタ、そしてシマノフスキの「ポーランド民謡による変奏曲ロ短調」。後半は、フランクの「前奏曲、フーガと変奏曲」、そしてショパンのソナタ第3番ロ短調。
一曲目の32ヴァリだけは会場に慣れなかったのか、何かがうまくいかずに響きが若干割れ気味に感じたけれど、2曲目のソナタからは澄んだ最弱音からフォルティシモの和音のバランスまでコントロールされ、縦に気持ちよく抜けていく響きが心地よい。22番の1楽章は特に素晴らしかった。
シマノフスキになるとガラッとタッチが変わり、情感のある艶やかな音色で始まり、耳が一気に引き込まれた。
後半のフランクは敬虔な祈りのようであった。ロ短調続きだったけれど、最近流行りの2曲続けるようなことはせずに、最後のショパンへ。
ショパンではひときわピアニストとしての魅力が放たれていた。と言うのは、1楽章は速めの速度の中でもしっかりポリフォニーがクリアに弾き分けられ、職人的なペダリングのうまさで濁りのないハーモニー進行を聴かせて、整合性のとれたテンポ設定で構成感を示した。2楽章冒頭のパッセージは鳥の羽のような軽い音で、躍動感をもって一筆書きで流れを描くように弾き、続く3楽章はかなり内声を抑えたバランスを作り美しいレガートで歌わせ、最終楽章では安全運転することなく華やかに盛り上げて終わった。
最上級の品質保証マークを上回る出来栄えだった。
 知的でよく研究し尽くしていて素晴らしい技術と教養、そしてセンスの持ち主なのは明らかなのだけれど、彼の魅力はその場の高揚感や客席の空気を大切にして、変にブレーキをかけずに(少しハラハラさせながらも)上手くまとめて弾ききれてしまうところだと思う。高揚感に任せると肝心な場所でコントロールを失い崩壊してしまうこともあるのだが、テンポにしても音量にしても、そのギリギリの極を攻めるリスクを恐れない。計算され尽くした演奏のようでいて、小さくまとまらないのが魅力。
 30歳になるそうで、今後も安定してこの方向性で様々な曲を聴かせてくれると思うと、次回の来日が非常に楽しみ。


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