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何を基準に豆を買うのか?…

インドネシアの仙人さんが家に来た時、胡椒と一緒にビニール袋に入った生豆をお土産と、3種類ほどもらった記憶がある。両手に山盛り一杯ぐらいの小ささだが、日本に輸入されている生豆を見慣れてる人からすれば、ゴミにしか見えない感じだった。

私たちが普段、何事でもいいのだがどれだけ、整備されたものを手にしているかということを実感する瞬間である。(少なくとも私には。)いつ、どこで、誰がどのようなことをしてくれているかは、ほぼ見られないが、今や市場は製品で溢れかえっている。洋服も、小物もフードも芸術も全てが商品化されている。

プロの焙煎人ですら(いやプロだからこそ)整備されたものを見慣れているから、そのお土産はクズにしか見えなかったと思う。持ってきた本人ですらそういうのだから。

その日、私たちはコーヒーの話で盛り上がり、時間がないと急いで帰る仙人さんと一緒に焙煎人は散歩に池袋まで行った。

残ったその袋たちを見ていると、ラオス聞いた言葉が思い浮かんだ。

「京子さん、ホントに大切なことってね、人が見向きもしないモノの中に隠れている。それを見つけれるかだよ。」

だった。

私は一見クズにしか見えない生豆を掃除することにした。選別はダメ豆を普通はハジいて行くのだが、中川ワニ珈琲の場合、中川ワニが決めた基準があって選別されたものをさらに選別する。おいしいとおいしくないに。よって私は無線別のものをおいしいとおいしくないに時間をかけて分けていくと丁度50gほどになった。

選別する前とは異なり、香りも洗練され何よりふっくらおいしそうで、すぐザルでて焙煎してみた。料理感覚で。

出来上がったそれは今まで飲んだことのないとてもフルーティーでネクターを飲んでる気分になった。あまりのおいしさに、ワニさんたちに残しておいたらビックリし過ぎてた(笑)

その日から謎のおいしいを探す純コーヒーPJの旅が始まるのだが、愉快である。人生は常に冒険旅行のようなものだと考えているが、本当においしいコーヒーを飲むのはちょっとそれに似ている。

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