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おおざっぱなコラム まとめ~考古学編~

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#奴国

プレ皇室研究: 奴国 安徳台遺跡

この遺跡、忘れてましたー。 奴国の居住地で、王の館があったんじゃないかって話です。 「弥生時代中期(約2,000年前)の拠点的な集落で、これまでの調査で130軒を超える住居跡や多数の墳墓が見つかっている。 直径15mを超える日本最大級の竪穴住居や、青銅器の鋳型などの鋳造関連遺物や舶来してきた鉄斧を再利用した道具が出土した竪穴住居跡が見つかっており、一般的な住居とは異なる性格をもつと考えられる。 2号甕棺墓からは鉄剣、鉄戈、ガラス製勾玉、南島で産出するゴホウラを使用した貝輪が

プレ皇室研究: もう一度、おさらい。三雲南小路遺跡と須玖岡本遺跡

こっちは、奴国の王様の墓なの。 でっかい、岩があったが、その下に甕棺があったの。 「1899年(明治32年)、土地所有者の吉村源次郎は家屋の新築のために脇にある「長3.60メートル、幅2.0メートル、厚30.3センチメートルの横石」とその側方に立つ、「高1.20メートル、幅1.50メートル、厚40センチメートルの立石」の2つの巨石が邪魔になるので動かして、下を掘ったところ、「合口甕棺」があり、その内外から種々の遺物が出土した。その場所から約14メートル北東に煉瓦囲いの地下室

プレ皇室研究: 奴国問題

これまでは、奴国は、ニニギが伊都国に天孫降臨という名の、引っ越しをする前の国で、かつ、伊都国の兄弟国で、たとえば奴国の1人は、海幸彦かなと思っていました。 なにしろ、海洋貿易をしているし、中国や韓国と交流しているし、ついでに三種の神器も出土しているからです。 しかし、1つ、変なことに気づきました。 これ、周辺地図です。 古い神社がないんだ!!  おかしい!! 神功皇后くらいまでしか遡れない!! ということは、奴国は皇室とは違う、ぜんぜん別の一族が王族だったのか!??

プレ皇室研究: 九州北部が邪馬台国という学者は、それ、皇室の先祖の関係遺跡だと思うな

世の中、考古学って理系的知識で研究しないといかんです。 文系って・・・・役に立たんwww すぐ感情論っていうか、どっちが得的な話にいってしまーう。 とはいえ、有名な安本先生は、邪馬台国っていうてるやつ(朝倉市らしい)、もしかして、天照大神の住んでたとこちゃうか??? いやー、別の歴史本を読んでいたら、「九州王朝」の話がでていて、その先生は、「九州王朝は大和王権とは別(一族が別)」で、「九州王朝は大和王権にやられた」ってことになっていて、そのストーリーで論理展開するのだ。

プレ皇室研究: 八咫鏡 深堀 と天の安河 →たぶん、福岡県朝倉市

前に、内裏の大火事で八咫鏡が燃えて、燃え残りだけになって、それを箱にいれたという(現在、そのままのようです)話をしましたが、調べ直したら、実は、三種の神器の鏡は実は3枚あったのです!! ええー。読んだはずなのに、忘れていたよーー。見逃した―!! で、3枚のうち1枚は丸いママ、2枚目は壊れたけどまあまあ鏡ってのはわかる程度の焼け具合、3枚目は金属の玉に溶けていたーってことです。 それで、溶けたなら、どんな素材かを考えている人がいますので、それをもとにさらに深堀します。

プレ皇室研究: 奴国は、古代のハイテクシティーだった。

伊都国のほうがすごいのかなと思っていたら、奴国、ぜんぜん負けていない。 ていうか、奴国のほうが別の意味ですごい。 「板付遺跡 福岡市博多区板付にある縄文時代晩期から弥生時代後期の遺跡。 弥生時代が主であるが、それに先立つ旧石器、縄文時代や後続する古墳~中世の遺跡もある複合遺跡。 長らく渡来人によって弥生時代に伝来したと考えられていた水稲栽培が縄文時代から行われていたことを示す最初の遺跡として全国に知られる。」 「遺跡群内の須玖岡本遺跡は、1899年(明治32年)に王の墓域

プレ皇室研究: 古代鏡はいつから?

さて、皇室の先祖について研究していますが、日本の神様のメインは、ご承知のように天照大神です。 そして、天照大神の形見というか、代理のものは「鏡」です。 ”古事記”にも、天岩戸で、「天照大神が岩戸に隠れたので、鏡を飾った」という話があって、このときに「榊の木に、鏡と勾玉を吊るした」という描写があります。 では、高天原にいた天照大神ですが、これが日本国内か、海外かはわかりませんが、とりあえず「鏡」が出ているのと、「勾玉」があります。 勾玉は、日本固有のデザインであって、中国には

プレ皇室研究: 海幸彦とは?

山幸彦は、「古事記」で海の宮殿にいって、豊玉姫をお嫁さんにして、ウガヤフキアエズを産んでもらうのであるが、その兄が2人いて、ちょっと見てみましょう。 この調子だと、もしかしたら奴国の王様かもしれないのだ。 まあ、いたって普通にお兄さんで、ちょっと弟いじめをしているのだ。 海幸彦っていうから、漁師だ。弟は猟師をしていて、主に山の中に住んでいたようだ。兄さんは、漁師だから、海に釣りにいったりして、釣り針を貸したら、なくされたのだ。 ちょっと怒り方がひどいのですが、生活の手段で

プレ皇室研究: 金印をもらったのは誰なのか? (追記あり)

さて、以前に原田大六先生の研究をもとにして、私なりの研究をした結果は、 伊都国は、皇室の祖先の国。平原遺跡の被葬者は、玉依姫、つまり神武天皇の母親。伊都国の女王。 (その後、どうも夫のウガヤフキアエズ王は、早めに死んだので、玉依姫が未亡人としてがんばっていたようだ。) 九州北部の、糸島周辺は「三種の神器」の宝庫であり、ちゃんと出土している。 さて、では、隣の奴国の王も、どうやら、皇室の先祖ぽいいのだ。なぜなら、奴国の王様の墓からも、三種の神器が出土している。 ひえー。 こ

なかなかいい古墳や遺跡を発見

面白い古墳がいっぱいあるのだった。 な、なんといきなり韓国、朝鮮半島遺跡だー!! https://www.youtube.com/watch?v=MpxPI_1j1nI あるひとが「倭国大乱って、日本列島とは限らないよ。だって、当時は朝鮮半島南部にも日本人は住んでいたんだもん」っていっていた。 たしかに、古代の国境は今の国境とは限らないのだ!! これはちょっと面白いので、調査エリアを少し拡大することにしたのだ。 次は、皇室が三種の神器としてもっていた鏡と同じデザイン