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京島の10月|5. 気候と思考の寒暖差

昨日に続き、肌寒い朝。時おり汗ばむような日差しも照るが、10月を迎えて、秋のスイッチが入ったように心地よい気候が増えている。この日誌を書き始めて5日目となり、大体のルーティンも決まってきた。朝起きてから夕方まではいつも通りに過ごすが、街にじっくり目をやると、何かと気になるものだらけ。まだ入ったことのないお店や話したことのない人も多く、これを機にトライしてみるのもいいかもしれない。

いろいろなことが書けそうだと思いながらも、その全てを残そうとするとパンクしてしまう。グッと気になったものだけメモしたり、iPhoneで写真を撮ったりする。しっかりと日が落ちた頃には凸工所に足を運び、机の上に紙を広げ、1日を振り返りながら鉛筆を走らせる。同じような時間に同じ場所にいることで、1日ごとの違いが浮かび上がるような感覚もある。

今目の前にある机は、筆者が凸工所に訪れた頃から当たり前のように置かれていたものだ。至る所に傷がつき、しっかりと濃い色に染まった木がベースとなり、渋い金具が各所にあしらわれている。机上には何かを挟んだ後が各所に残る古い緑のマットと、1人で持ち上げるには苦労する不安なくらい重い、立派なガラスの一枚板が重ねてある。位置を変えるのにも一苦労で、凸工所のレイアウトを検討するにつけ、机ごと階段を上り下りする際には、命の危険すら感じられた。

EXPO期間中には、日誌を書く舞台、そしてこの場所の歴史を感じられる装置として、この机を入口近くに置くことを決めた。ほこりを払い、引き出しの中も全て整理する。手書きの領収書や納品先のメモ、補修するために貼られた、何バージョン前かもわからないほど古い包み紙などが目に入る。一文字ずつ組み合わせて使うハンコや年季の入ったコンパス、用途も不明な金具など、机の中身は全て、この持ち主が商いに取り組んできたことを示すものばかりだった。

何度も水拭きした机からは、埃っぽいが、決してイヤではない、厚みのある匂いがする。先人も今の筆者と同じように、紙と鉛筆を持って、少し肌寒い10月の夜に、机に向かっていたのかもしれない。

凸工所の成り立ちは、かなりの偶然が重なってできたものだ。アーティストやクリエイターの活動を支援するために揃えた様々な道具と、それを扱える前任者や筆者がタイミングよく出会ったことで始動。防音材の黒と格子の赤のコントラストは、前任者が仕上げたものだ。なかなか格好がよく、凸工所のイメージカラーとして筆者の中に根付いていった。

3Dプリンターやレーザーカッターという新しいデジタル工作機械は、あくまで物を作る手段でしかない。この土地で、この場所で、果たしてどんなものを積み重ねていけるだろう。90年前の長屋、何十年も使われた机、先代が作った内装。これらを引き継いだ身なのかと思うと、少し気持ちが引き締まる。まずは自分で使いこなし、周りの人に使ってもらうことから始めたい。

そんな真面目モードに浸っていたら、商店街ですれ違った移動式の飲み屋がビカビカと電飾を光らせながら、雑誌の取材を受けていた。話を聞けば、数分前に出会ったばかりの人と肩を組んだ写真がフィーチャーされるかもしれないという。あまりにも自由すぎて、通りを挟んだ新装開店の店や夜空に映えるスカイツリーとの対比が可笑しかった。日常に生み落とされたグリッチのような光景を前に、気候と同じように高低する思考が知恵熱を引き起こしそうだった。

このnoteは「すみだ向島EXPO2023」内の企画、日誌「京島の10月」として、淺野義弘(京島共同凸工所)によって書かれているものです。

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