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海外への単身赴任について考える

海外への広義の「単身赴任」というと、①独身あるいは新婚の時期に独りで赴任する場合、②出張(旅券法上では3ヶ月以内)、③いわゆる「単身で赴任」、④先乗り赴任、⑤家族が一時帰国の場合、⑥単身残留、⑦逆単身赴任など、実に様々なケースがあります。このうち①独身・新婚、そして⑦逆単身赴任については 極めてまれですから別の機会に譲り、ここでは ②~⑥ について、とくに「家族や知人、周囲の方に何を知っておいて欲しいか」という観点から考えてみます。

単身赴任が 再び増加傾向に

海外での経済活動には、単身で出かけていくのが普通とされた時代が長く続きました。いわゆる “出稼ぎ型” の赴任で、活動自体は効率的ですが、現地社会からは “露骨な収奪” と受け取られやすい側面があり、本格的な投資や工場移転には不向きであることが指摘されています。また、それぞれの家庭のことを考えますと、企業にとってはあまり長期にわたって社員を派遣しにくい様々な問題も出てきます。終身雇用を前提とし「会社が家族まで丸抱えで面倒を見る」という感覚があると、単身赴任は様々な意味で大変なコスト高につくわけで、1970年代以降は家族帯同が勧められるようになりました。
 
ところが1990年代の半ば「45歳リストラ制」「能力給」などの導入により、 会社と個人との関係が割り切って “現在” を重視する形で考えられるようになると、採算分岐点は変動しました。「海外と国内とに所帯を分ける家族にとってはコスト高のままなのですが、それでも単身赴任が再び増える傾向にあります。また、夫人が単身赴任するケースも着実に増えています。全く自分に関係ないことと思っていても、いつ「所帯分け」の事態に直面するか分かりませんし、海外に住んでいると 身近にそうなる家庭が必ず出てきます。
 
この「近所に単身赴任の人が住む」という事態も、ぜひ想定しておきましょう。同じ日本人同士ということで 放ってもおけず、正直いって負担なものです。本人は「迷惑をかけている」とは全然意識していませんが、周りの人は生活上のこまごまとした点でいろいろとカバーさせられます。つまり「単身赴任」は、企業のコストが減る代わりに、家族や近所に住む者の負担を増やすのだという現実を、最初に押さえておきましょう。

何でも自分で処理しなくてはならない

単身赴任では、配偶者がいれば分担できることを、自分が全て処理しなくてはなりません。まず、赴任すると現地の日本領事館に「在留届」を提出することが旅券法で義務づけられています。一種の住民登録ですが、選挙権を行使する場合にも必要となります。そして日本人会/クラブへの登録---- 日本人同士の相互扶助や危機管理の情報伝達などに 欠かせないネットワークです。しかし 家族を帯同していないと「自分一人ならなんとかなるさ」と考えてしまいがちです。
 
少し古くなりますが、中国の天安門事件(1989年6月)の時、約4,000人の日本人が北京周辺にいたそうです。日本大使館では脱出のために飛行機の臨時便を確保したものの、在留届を出していない人には連絡が取れませんでした。日本人会や各企業に関係者全員の居場所を確認して避難勧告や臨時便の情報を伝えてもらう作業に追われたわけですが、不明者が余りに多くて、飛行機を出発させていいかどうかもギリギリの判断を迫られたそうです(在留届を出さないような人こそ、後で「大使館は何の連絡もしてくれなかった」と訴えかねませんから)。
 
また単身赴任者が最も苦手なのが、近所づきあいです。結婚直後から家事を分担する習慣が身についていれば、さほど苦労はないかもしれませんが、それでも独り住まいの場合、挨拶やゴミ出し、清掃などのほか、使用人(メイドや運転手など)の管理の仕方まで、近所からクレームをつけられることがあります。寄付や防犯対策への協力を求められることもあります。関西淡路大震災(1995年1月)でも言われたことですが、災害や大事故の際には 「近所と没交渉な人がいると、近所の人が困る」のです。海外では、マンション(コンドミニアムとも呼びます)や近隣の住民と適度なコミュニケーションを取っておくことが身の安全のためにも大切です。“近所の目に守ってもらう” という感覚ですね。
 
なお、配偶者とお子さんが数ヶ月遅れて赴任することが分かっている場合は、家やアパート(コンドミニアム)の契約時に、通わせたい学校のスクールバス路線にも注意が必要です。玄関先までバスが来てくれれば理想的ですが、集合地点まで離れていると危険が増します。
 
このほか、公共料金の支払いや換金、家具・食器などの買物、さらには性欲のコントロールなどなど、「夫/妻がいてくれれば」と思うことは少なくありません。 所帯を分ける大変さは、夫婦双方に負担感が強いのです。つらいのはお互い様なのに、相手に「私だけが大変だ」などと言われると、キレてしまうかもしれません。

家族の視点から考える習慣を

単身赴任する人には、「国内に残されている家族の視点から考える習慣」を身につけてもらわなければなりません。そのために周囲の人、とりわけ配偶者は、本人の意識改革を上手にやる必要があります。逆に それをしないのは、家族としての手抜きです。
 
まず赴任者に、連絡方法の複線化を求めましょう。①勤務先からの連絡経路だけでなく、②公館ルート、③日本人会ルートも確保し、④ウェブメ-ル、⑤FAX、⑥携帯電話・SNS なども、いつでも使える状態にしておくよう繰り返し訴えましょう。緊急連絡の方法は、いくつあっても充分ということはないのです。
 
次に、心身の健康維持とリフレッシュも大切です。①規則正しい生活はもちろんのこと、②趣味やスポーツを持ち、③意識的に小旅行に出かけるよう、仕向けましょう。とくに周辺地域への小旅行は、土地勘をつけたり現地社会を理解することにつながり、仕事にも大きなプラスになります。
 
さらに、一時帰国したり家族を現地に呼び寄せたりすることも、たまには必要だと伝えましょう。いくら通信手段が発達したといっても、やはり顔を合わせて寝食を共にすることが、信頼関係の維持・確認につながります。現地からですと、「PTA」という家族呼び寄せ航空券が安く入手できることも知っておいてください。

ともかく単身赴任の場合、国内に残留している家族へのフォローは誰もしてくれないことを覚悟し、自分たちで自衛するしかありません。そのために 夫婦間でいつでも連絡が取り合え、同じ土俵で思考できる体制を、日頃から作り上げていきます。何事も家族の視点から考える習慣を身につけてもらうことです。もっともそれは、家族帯同で赴任する場合にも必要でして、「あなたの仕事でしょう?」で相手に何もかも押し付けることはできないのですが ・・・・・。

人間は環境の変化に弱い

海外赴任が決まったら、「人間は環境の変化に弱い」と自覚することが大事です。学生には “五月病” というのがありますし、マイホームを買った人には “引っ越しうつ病” というのがありますが、「希望の学校に入れた」「念願のマイホームに住める」という感激から1ヶ月余り過ぎると、心身ともに調子が変になるのです。どこも悪くなくても頭痛、腹痛・下痢、吐き気などが出たり、気が滅入って「もう何もかも嫌だ」と考えたりします。
 
海外赴任の場合も、似たようなことが誰にでも起こります。着任後 6週間くらい経ち、現地での生活や仕事にも慣れて落ち着いてくる頃、みんな判で押したように “変に” なります。これを 心理学では「海外不適応症状」といいますが、環境が変わったことが原因ですので、普通の薬では治りません。まして「本社に私の実力を見せてやる」などと力んでいる人は、余計に症状がひどくなります。誰でも変になる時期なのですから、心の準備ができているかどうかが勝負です。
 
そして「不適応症状」は、国内に残された家族にも起こります。「片親の不在」は、大きな環境の変化だからです。時期も同じ 6週間目頃(子どもはもう少し早めですが)。つまり、本人も家族も同時期に “調子が狂う” のですから、お互いにちょっとした我慢と優しさが必要です。夫婦の間で「私ばっかり大変」は禁句・・・・・ 口にすると、愛を失うことにもなりかねません。
 
単身赴任は、やむを得ない選択として生じる “非常時体制” です。 “犠牲者”は必ず出ます(家族だけでなく、ご近所にも)。家庭にとっては、金銭面でも精神面でも、また家族の絆にとっても、大変な負担なのです。あえて「所帯を分ける」というのであれば、それなりの覚悟が必要です。「家族を国内に残すかどうか」、あるいは「家族を先に帰国させるかどうか」といったことを考える際には、これらの問題を踏まえて慎重に検討を進めてください。

『海外赴任のためのリロケーションガイド』の初版は 2003年2月ですが、 
その後 版を重ねて、今では WEBで読める(無料)ようになっています。


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