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木肌色と褐色の食痕の真相

 定説的オオクワガタ菌糸瓶飼育メソッドでは——「菌糸瓶交換時には、旧菌糸瓶に残った幼虫の食痕と、その際に幼虫が新たに糞をした場合は、それらを新しい菌糸瓶培地に同時投入すべし」——とされていますよね。なので、これを厳守されているブリーダーのみなさんは数多くいらっしゃる筈です。
 その根拠らしき説明はというと、

  • 幼虫の食痕には腸内の共生酵母が含まれており、糞に含まれるホロセルロース残渣をを更に酵素分解し、それを幼虫が再度摂取することで大きく育つ(*最近では、更に窒素固定菌も共生しており、分解したアミノ酸を同様に幼虫が再度摂取するともされる……)

  • 幼虫の生息環境を移乗することで幼虫のストレス緩和になる

——という、大体、このようなものだと思います。
 二つ目については論外なので、ここでは一切論拠いたしません。
 これらの根源になっているのは、一部の公開されている学術論文上のデータで、それを元に拡大解釈した検証無き似非科学だと考えられるのですが、その元となった学術論文の内容を素人のわたしが正しく精査できる筈もなく、それを真っ向から誤りだと否定するつもりは毛頭ありません。
 ただ、少なくともオオクワガタに関する限り、このような飼育メソッドは、その言説を実証する根拠に乏しいもので、飼育状態の如何に関わらず、このような論を判を押したように常識的に展開されるインセクト業界の専門家と自認される諸氏は似非識者でしかないとわたしは断ぜざるを得ません。

すべては疑問を持つことから始まる

 あくまでもわたしはオオクワガタに関してのみ言うのだというところを注意喚起しておきたいのですが、それらの定説はおかしいと、これまでずっと反論し続けてきました。何故なら、多くのワイルド幼虫採集経験から、その現場で見てきた数々の材の中の環境はそのような菌糸瓶飼育で表れる食痕とはまったく違っているからに他なりません。
 つまり、野外採集後に持ち帰ったワイルド・オオクワガタ幼虫をこれまで菌糸瓶飼育してきた経験がわたしには多数あるわけですが、オオクワガタ・ブリード界隈での定説飼育メソッドを厳守した場合——それを厳守すればするほど——幼虫が居た天然白色腐朽材中の環境と同様な食痕状態を菌糸瓶培地中では再現することができなくなる——という事実があるのです。それは一体、何が原因なのでしょうか? 

天然白色腐朽材中に居たワイルド・オオクワガタ幼虫の食痕の色
(人工菌糸瓶飼育での食痕の色と質感との違いに注目)

 例えば、上述のように、菌糸瓶交換時、新しい菌糸瓶に旧食痕を同時投入した場合、その後、そこに腐朽菌による再発菌が起こることはまずありません。元々は綺麗な木肌色の食痕になっていた幼虫の糞がどんどん褐色化し、新たな食痕もまた同様に褐色化して広がってゆきます。それは、腐朽から腐敗へと分解が進行していることを示しています。
 活性のある菌糸瓶内の培地を一度崩して再構築した場合、再発菌が見られますが、試しに、その培地に褐色化した幼虫の旧食痕を混ぜて同様にしてみたらどうなるか、判りますか? 再発菌は起こらずに腐朽菌諸共腐敗培地化するんです。コンポストです。それは何故か?

しかし、わたしの仮説は定説とはまるで違う(きっぱり)

 原因は、食痕に入り込んだ好気性微生物(バクテリア)の活性占拠による結果なのです。
 本来のワイルド・オオクワガタ幼虫の住処である、天然材由来の白色腐朽菌と幼虫とに親和性のある微生物叢と、他方、そうでない微生物叢があるということを理解する必要があります。
 人工菌糸瓶の培地内には窒素栄養剤が豊富に添加されており、これは明らかに天然材中とは異なった栄養素組成となっていて、単純に天然材と比較すると大幅に低C/N比となっています。そして、菌糸瓶には培地に主に広葉樹オガ材が使用されていますが、これは粒状に細かく粉砕されているので、天然材と比較して明らかに腐朽し易い(仕込み時短に有効)反面、培地基質としては非常に脆い基材であるということがあります。それは時間経過と共に高まります。腐朽菌に分解されるからです。つまり、培地の物理的環境が天然材中よりも大気に晒され易く大幅に高好気環境になっていて、その傾向は時系列的に高まり続けるということです。そして、ここに幼虫が入ることでその効果は更に加速度的に高まることになります。これは結果的に空気中の好気性微生物のコンタミと増殖を大いに誘導することになります。
 天然腐朽材由来の微生物叢にも好気性と嫌気性のものが居るのですが、気密ではないものの、ほぼ密閉された天然材中は大気の導通が極僅かに制限された環境であることから、生物叢からするとむしろ嫌気性環境にほど近いわけです。これは当然ながら幼虫の生息環境もまた同様です。この点に対する一般的な理解度の低さが、誤った定説・通説としてインセクト業界に膠着させてしまっている要因であるようにわたしには思えます。

天然白色腐朽材中のワイルド・オオクワガタ3令幼虫の食痕とその蛹室
蛹室までの食痕は羽化した後でも尚美しい木肌色を示す——共生酵母の存在を示唆
また、食痕中に白色腐朽菌の再発菌糸が確認できる

 要するに、そのような、謂わば「低好気環境」に適応している微生物群にとっては人工の菌糸瓶培地という「高好気環境」は明らかに不適合環境なのです。そこへ一気に好気性微生物が窒素が豊富な幼虫の食痕を目掛けて大気中から侵入増殖してくる。そうすれば、そこに本来居た微生物らにとっては一溜まりもないことになり、酵母などは特に餌にされ一気に駆逐されてしまいます。そして、元々は幼虫の消化器官の中に居た共生酵母も居なくなり、変化した菌糸瓶培地の環境に順応してゆくことで新たに侵入した好気性微生物叢に置き換わられることになります。この環境変化は不可逆的移行です。何故なら、酵母は分解者としては好気性バクテリアよりも川上側の微生物だからです。
 これが、本来は美しい木肌色だった筈の幼虫の食痕の色が、菌糸瓶飼育以降後は褐色化してしまい、元の木肌色には二度と戻ることがないメカニズムだとわたしは考察しています。

ソリューション

 さて、わたしが提起しました問題点を要約いたしますと、

  1. 菌糸瓶内の高好気性環境による弊害——大気暴露による好気性微生物増殖

  2. 食痕の好気性微生物による分解(褐色化)——培地の低C/N比化、及び低pH化

  3. 天然共生酵母ロスト——培地内微生物叢の置き換わり

——ということになろうかと思います。
 で、わたしはこれらの解決策をこれまで練ってきたわけですが、1と2については複合的なんですよね。つまり、菌糸瓶の物理的条件も含めて改めて再構築し直さないといけません。まあ、これまでのわたしのオリジナル菌糸瓶開発の道のりはこれを含めたものなわけですが、

  1. 無添加培地を使用する——天然材と同様の高C/N比化

  2. 高密度培地——低空隙率培地の保持

  3. 高活性腐朽菌による高深度腐朽培地——培地基材の長期安定化

  4. 酵母菌の導入

——以上は、必要改善点として求める菌糸瓶の物理的条件です。
 それでも天然材中の環境をシミュレートできるものではないことは明らかですが、少なくとも現市販菌糸瓶よりも良好な環境改善はできるとわたしは考えています。

 そして、[問題点3]に対する[改善点4]が、今現在、実験検証中の「ワイルド・オオクワガタ共生酵母菌単離培養」に繋がるわけです。早い話が「共生酵母をロストしてしまったんなら新規に補えればよいではないか」ということです。
 大気暴露侵入の好気性微生物に乗っ取られた環境をオリジナル天然腐朽材中の共生酵母によって取り戻させる、ということです。それにはオリジナルのワイルド・オオクワガタが保持していた白色腐朽菌材由来の共生酵母菌の導入は必須なことと、やはり、[改善点1、2、3]の菌糸瓶の物理的改善と並行実施でないと実現できないと思います。でなければ、無闇にわざわざ好気性微生物に酵母の餌を与えているようなもので、それではいつまでも幼虫の食痕は褐色のままでしょう。

誤った定説は多くの人に不利益をもたらす

「幼虫の食痕には共生酵母が居るので有益」——これ自体は決して間違いではないのですが、わたしが申し上げているのは、それが既に好気性バクテリアに置き換わってしまい、共生酵母の居なくなった褐色化食痕では、最早、有益性はなく(菌糸瓶培地中の幼虫と腐朽菌から見たとき)、むしろ、特に腐朽菌にとっては害悪でしかない、と言っているわけです。反論コメントは常時受け付けますが、先ず、せめてここまでは理解を深めてから来ていただきたいです。
 この不理解が未だに正されないで多くの飼育者に定説として運用継続されているのには、わたしには大変不幸なことに思われて仕方がありません。それは、わたしのように実際の天然腐朽材採集での観察経験のある人がブリーダーに少ないこと。また、採集経験はあっても観察眼の優れた人が少ないことがあると思います。なので、こうしてわたしなりに解説しているわけでもあります。


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