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『松永久秀と下剋上』

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 大河ドラマ『麒麟がくる』が面白い。何がいいって、微に入り細を穿つように練られた脚本、役者陣の演技の巧みさ、それを光らせる演出の手腕、衣装や小道具から照明に至るまで一切妥協していない感じがいい。言葉を替えると「イケメン並べときゃ視聴者は喜ぶやろ」的な浅はかさがない。加えて、人物像などは従来の“常識”を覆すような解釈が施されているのも大きなポイント。固定概念に挑むと当然、賛否両論が出てくる。「え?斎藤道三ってそんな人だっけ?しかも斎藤利政って名前になってるし」とか「信長のイメージが全然違うやん。何この丸顔?」とか。勝手に作り上げたイメージとのズレは、そのまま違和感にもなる。

戦国武将のイメージとは?

 そもそも実際の斎藤道三や織田信長がどのような人物だったかなど誰にもわからないのである。戦国武将に対するイメージの多くは、いくつかの肖像画と後世に成立した軍記物あるいは歴史書をベースとし、それらを題材にした芝居や小説、映画、ドラマ、ゲーム、漫画…などに基づく。もちろん、大河ドラマ自体が歴史上の人物のイメージを作ることも多い。たとえば真田昌幸は当分『真田丸』の草刈正雄がスタンダードになりそうだ。『麒麟~』の登場人物の中では、松永久秀も従来のイメージが更新されそうな一人。「梟雄」の代表格で、最近では「戦国ボンバーマン」「爆弾正」という異名で知られた彼の描き方は、今までの「悪そう」「狡猾そう」「不気味」な感じではなく、曲者ながらも有能でオシャレ、新しいもの大好きなかわいいおじさんに仕上がっている。

松永久秀をもっと知ろう

 吉田鋼太郎演じる松永久秀を見て、2018年に刊行された『松永久秀と下剋上』(天野忠幸著・平凡社)という本を引っ張り出して読み返した。同著は文芸書ではないので特にエンターテインメント性はない。一応日本史の専門書だが、難しい専門用語などは少ないので(割と)読みやすい。ただし、時系列が把握しずらいのと、事実関係・人物相関がとにかく複雑なのでよーく整理しながら読まないと関係性がわからなくなる。突然何の説明のない人物名が出てきてネットサーフィンしてしまう…。そんな本だ。
 この本の前書きに、次のような一文がある。

現在、江戸時代の二次史料ではなく、戦国時代の一次史料による実証的な研究の進展により、戦国時代像は常に更新されている。

 一次史料=同時代に書かれた史料で、それらの新発見があれば歴史はアップデートされていくということ。『麒麟~』の斎藤道三が前半生が油売りの商人でないのもこのためだ。そう、この本に書かれているのは「後世に成立した軍記物が作り出したイメージ」vs「一次史料の研究成果」である。信長正当史観というフィルターを通すと、信長に叛逆した松永久秀は矮小化され、正義に対する悪のレッテルが貼られてきた。この本ではまずそのフィルターを外し、一次史料からの解釈を加えて最新研究を反映した人物像を探る手がかりを提示する。松永久秀(および三好氏)に対するイメージは、変わるだろう。

現代の認識と当時の認識のズレ

「天下統一」という言葉がある。今では日本全国を統一すること、というイメージだが、それは全国統一であり、当時考えられていた「天下」の概念とは異なる(らしい)。この本においても 当時「天下」と称された畿内五か国 という記述がある。天下とは都(京)を中心とする秩序社会であり、地域としてはざっくり現在の京阪神+奈良(とその周辺)のことだった。なので信長は全国統一はしていないが、天下を取った(=天下人)といえる。さらにえば信長より前に、三好長慶が天下人だったという解釈も成り立つ。一方でこの本を最後まで読みすすめると、天下を握る近世的政権(長慶や信長)の他に室町将軍権力という二重の権力構造が併存していたことも明らかになる。この知識を持っているかいないかで、松永久秀の謀叛や本能寺の変への見方は随分と変わりそうだ。『麒麟~』では中世的権力構造と近世的権力構築との矛盾が描かれつつあるので、久秀や光秀の謀叛に至るアプローチをどう描くのか楽しみだ。最後まで全話きっちり見たい。

ボンバーマンも俗説

 この本では一次史料を根拠に、従来からあるさまざまな通説がクールに否定されていく。なので、知識のアップデートにもってこいだ。たとえば永禄の変(足利義輝殺害事件)に久秀は関与していないこと。信長が足利義昭を連れて上洛した際には松永や毛利ら諸勢力が結集していたこと。元亀の信長包囲網は、ターゲットは信長だけでなく、足利義昭&信長包囲網だったこと…など。それから松永久秀については、最も有名な「平蜘蛛(茶器)爆死」は第二次世界大戦後に生まれた俗説であることを明快に指摘する。この平蜘蛛ボンバーの話こそ、歴史が後世の軍記物によって脚色され、200年以上経ってからわかりやすくエピソード化し、昭和に入ってから小説やドラマで“映える”“インパクトのある”イメージとして作り上げられた代表例かもしれない。『麒麟~』は最新研究を重視にしながらも、時々ファンタジックな演出をする(道三と高政の一騎打ちとか)ので、ドラマ上はやっぱり久秀を爆死させるかもしれないが(どこかで吉田鋼太郎の爆死を期待してる自分もいる)。いずれにせよ『麒麟~』を通じて松永久秀が信長に先行する革新的な人物として描かれ、従来のイメージが一新されることを期待したい。

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