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2021新監督雑感

シーズンオフはクラス替えの季節

 新学年。クラス替えの発表。果たして同じクラスには誰がいるのか?は、学生生活の貴重な1年を左右する重大なイベントだ。そして「担任は誰か?」をめぐり、仲間内で感想戦が繰り広げられていく。

「うわー、おれ体育の柴田だったわ。あいつ鬼じゃん」
「ウチとこ国語の佐久間やったわ。なんか偉ぶってるし陰湿そう」
「ラッキー!おれは木下だった。なんか陽キャで人気あるよな?」
「僕は滝川のクラスやな。あいつなんか不気味やねんなー」
「私は明智先生。いちいち神経質そうだけど、私には合うかも」

…みたいなやつである。
彼ら彼女らは、生徒間で共有されている先生たちの「評判」を元にある種の先入観を持って○か×か△かを判断していく。ところが新しく赴任してきた先生となると、何の判断もできなくなる。

「えっ…この小寺って先生は誰?」
「なんか兵庫県からの転任らしいよ」
ニューカマーについてはどんなタイプの先生なのか誰も知らないまま、一抹の不安と期待を抱え、新学年に突入することになる。

 サッカーにおいては新シーズンを迎える前、シーズンオフの今まさにこの季節が新しい担任…ならぬ新しい監督について「あーだこーだ」と言っている時期である。今季は、(特にJ2では)担任が代わらずにそのまま持ち上がりのチームが多い。監督が代わったチームは昨年の順位で上から3位長崎(※内部昇格人事)、 8位京都、15位大宮、21位愛媛、22位山口の5つだけで、例年より少なめの印象だ(オレンジのチームが多いな…)。

新赴任だらけの監督選び

 京都は3年連続の監督交代となった。ここ数年をみると、「現役時代のことは知ってるけど、監督としてどんなサッカーするのかよくわからない」人だらけだった。というか、トップレベルでの監督経験の乏しい人たちを次から次に連れてきては人件費7~9億規模のプロチームを任せていたのである。海の物とも山の物ともつかぬ新赴任の担任だらけで、「一体どんなチームにしたいのか?」がシーズン前に見えてきたことはない。未知である分、断片的な情報が増幅されて虚像のような期待値を以てシーズンインしては、結局「何でこの監督を選んだ?」と言うのはもはやお決まりのパターン。唯一中田一三氏だけは例外だったが、「なぜこの人を連れてきたのか?」というロジックは最初から破綻しており、軋轢が広がる結末は目に見えていた。結局「こういうチームを作りたい」→「だからこの人にチームを任せたい」という部分が、素人でもわかるような基礎中の基礎が、京都サンガF.C.というクラブからは抜け落ちたままJ2を過ごしている。

今季の新監督は曺貴裁氏

 ところが今季は様相が違う。新監督の曺貴裁氏は、サッカー好きな人なら大抵そのサッカースタイルを認知している監督であり、何度も湘南を昇格させたり一昨年のルヴァンカップを獲った実績を持つ。そして氏の引き起こしたパワハラ事件によっても強烈な「色」が付いてしまった人物である。
 パワハラの部分は一旦置いておく(後で触れる)。競技面での曺氏のサッカーを特徴づけるのはやはり「ハードワーク」だろう。かつて湘南がJ2を席巻した時には傑出したタレントに頼らずとも、「走力」+「球際」+「切り替えの速さ」で勝ち抜けることを証明し、のちにそれが2010年代のJ2の必須要素になるほどのインパクトを残した。
 個人的に曺氏のサッカーから受けるイメージを一言であらわすと「シームレス」だろうか。局面が変わっても継ぎ目なく、切れ目なく動き回る感じ。攻撃のフェーズから守備のフェーズへと入れ替わってもそこで一息つくことなく、常に動き続けているイメージだ。そのためには当然走力が必要なのだが、走ることは目的ではなく手段であり、単に「走るサッカー」と表現すると違う気がする。だからシームレスなのだ。

就任会見から新監督を読み解く

 曺監督は今季京都で目指すチームコンセプトについて、就任会見でHUNT3というワードを掲げて端的に説明した。

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「勝点3を待つのではなく、狩りにいく」
「自分たちから全てのものを得ていくチームにしたい」

「ハイインテンシティ」「勝負にこだわる」「タフ」という言葉からは、やはり球際や走力へのこだわりを感じる。そのあたりのエッセンシャルな部分は大幅に変えることはなさそうだ。
 会見の中で目指すサッカーについて最も具体的に触れたの場面はここだっただろうか。

「90分プラスアディショナルタイムの間、一瞬も、息ができないくらい攻守のめまぐるしい展開に試合を持っていきたい」
「選手が全力を出し切ったという試合を何試合もやりたいと思っている」

 攻守のめまぐるしい展開=攻守がシームレスなサッカー だろう。守備をしている時間にこそ攻撃の狙い所を定めて準備しておき、奪ったら即時にそこを狙って走る。その狙いはチーム全体で共有されている…みたいな。J2では曺氏の湘南がJ1に去った後、リカルドロドリゲスやロティーナが来たあたりから論理的・体系的なボール保持戦術へとトレンドが変わり、走力至上主義も廃れつつあったが、去年田坂監督の栃木がガチガチの走力サッカーで躍進したのは記憶に新しい。

曺監督は新体制会見後の共同会見でこう語っている。

「過去何があったからそれをやったから上手くいくとも思わないし、逆に何も検証せずに未来に向かっても現実離れしたことしか起きない。そのへんは優秀なスタッフと相談しながら、選手の意見も聴き入れて、自分たちが自信を持ってピッチに立てるようなサッカーをしていきたい」

 さすがに10年近く前にJ2で上手くいったことを今やっても同じように結果が出るものではないことは理解している。カギを握るのは近年のJ2の現状をよく知っている長澤徹コーチか。とはいえ、新加入選手の面々はほとんどがハードワークや走力を自負するタイプ(MF三沢直人だけ毛色が違うが)なので、シームレスに走るサッカーになるのは間違いないと思う。去年の栃木ほど極端ではないかもしれないが、栃木がそれなりに結果を残したことは新チーム作りのひとつの指標になる。

曺監督に対するひとつの懸念

 新担任が曺貴裁氏と発表された時のクラスメート(ファン・サポーター)の反応は様々だった。「うげ、ないわー」という反発の声も相当あった。感情的には当然のことで、パワハラ事件によって貼られたレッテルはそう簡単にはがせるものではない。もちろん、そういう目で見られることは本人も、氏を招聘したクラブも百も承知だろう。(スポンサー筋を納得させた加藤久氏の政治力も凄いが)。
 日本サッカー界の重鎮で早稲田大学の先輩でもある加藤久氏が後見人となり、監督へ威信を集中させずともすむほどのコーチングスタッフを揃えている時点で同じ過ちを起こすことへの危惧はないとみるが…。「パワハラ監督」というレッテルを貼るのは自由だが、物事は一度色眼鏡を外して見る方がクリアに見えるものである。
 ひとつ懸念しているのは、「曺貴裁氏のチーム作りそのものがチート行為だったのではないか?」という点である。パワハラそのものももちろんアカンことなのだが、恐怖を以てメンタルマネジメントしていたチーム作りの手法は軽視できないのである。その手はもう使えないが、果たして上手くチームを統制できるのか?と。また、当時の湘南とは違って様々な経験を経てきたベテラン選手も多い京都の選手構成で、言うことを聞かせてチームを一つにまとめることができるのか?と。懸念するのはその点である。
 個人的にはコーチングスタッフのサポートが重要だと感じてる。そこは長澤徹コーチと杉山弘一コーチというJ2、J3で監督を張っていたクラスの人材を用意できたことに、クラブの本気度もうかがえる。補佐役の充実があれば監督一人へ過度な威信が集中することもないだろう。「サンガさん、ようやく指揮官とコーチングスタッフの重要さに気づいたか…」そんなことを思った新体制会見だった。


 最後に曺新監督の言葉で締めたい。

「(選手たちは)新鮮で向上心あふれる状態で今やってやろうという気持ちになっているんですけど、それが日が経つごとに薄れていかないように自分がマネジメントしていかないといけない」
「彼らは良さがあってプロになった。その良さを常に忘れないで、彼らの顔で背番号が思い浮かぶようなそういう選手になってもらいたい」

そんなチームになることを期待している。

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