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「片親疎外」ないしそれに類似する似非概念の濫用により、DVや虐待が無視されていることを指摘した国連の特別報告者のレポート

下記の「片親疎外」に関する国連の特別報告者のレポートを、弁護士チームで翻訳したので公開する。日本の共同親権運動の問題点の理解が深まるとともに、実際の事件において、相手方から「片親疎外」を主張される事案においても参考になると思われる。
https://bit.ly/42vxrOT

裁判所に証拠として提出する場合は、下記よりダウンロードして下さい。


国際連合 総会 A/HRC/53/36                           
区分:総会  
2023 年4月13日 
原文:英語
人権理事会 第53会期  2023年6月19日~7月14日 議題3  
開発の権利を含む,市民的,文化的,経済的,政治的及び社会的なあらゆる人権の促進と保護
監護(Custody),女性に対する暴力,子どもに対する暴力
女性と女児に対する暴力の原因と結果に関する特別報告者,リーム・アルサレム氏の報告書

概要
女性と女児に対する暴力の原因と結果に関する特別報告者,リーム・アルサレム氏の本報告書は,決議 50/7に従って人権理事会に提出される。本報告書は,監護権(custody)に関する事件,女性に対する暴力,子どもに対する暴力の関係性を,「片親疎外」ないしこれに類する似非概念の濫用に焦点を当てながら取り上げている。

I. はじめに
1 女性と女児に対する暴力の原因と結果に関する特別報告者,リーム・アルサレム氏の本報告書は,決議 50/7に従って人権理事会に提出される。特別報告者は,女性に対する差別と暴力の撤廃に関する独立専門家機構のプラットフォーム(EDVAW Platform)の他のメンバーとともに,司法管轄区域をまたいで監護権(custody)に関する事件を決定する際に,女性に対する親密なパートナーの暴力が無視される構造について懸念を表明してきた(1)。ブラジル(2)およびスペイン(3)に対して具体的な懸念を表明して以来,特別報告者は,こうした暴力が無視されている国や,そうした主張をした母親が,監護権(custody)に関する事件を決定する責任を負う法執行機関や司法機関によって罰せられるケースがあるという報告を受け取っている。監護権(custody)に関する事件のケースでDVや虐待があったことを否定する傾向は,母親や子ども自身が身体的暴力または性的暴力の信頼できる主張をしているケースにも及んでいる。いくつかの国では,家庭裁判所はこのような主張を,母親が子どもを操り,父親から引き離そうとする意図的な努力と判断する傾向がある。このように虐待を主張する親が行うとされる努力は,しばしば「片親疎外」と呼ばれる。

2 本報告書では,異なる地域の家庭裁判所が,監護権(custody)に関する事件で,DVがあったことを無視して,「片親疎外」ないしこれに類する似非概念を適用し,その結果,DV被害者が二重の犠牲を強いられることが検証されている。また,このような状況に対処する方法について,国やその他の関係者に提言している。

3 報告書の作成にあたり,特別報告者は,加盟国,国際機関,地域団体,非政府組織,学識経験者,被害者からの寄稿を求め,関係者や専門家との一連のオンライン協議を開催した。特別報告者は1000件以上の提出物を受け取ったが,その多くは重複し個々の提出物であり,特に父親団体からの提出物であった。提出された書類の多くは西欧諸国のグループから,次いでラテンアメリカとカリブ海のグループから寄せられ,大半が制度上の問題や片親疎外の影響について述べていた。

II.特別報告者が行った活動
4 特別報告者は,女性に対する差別と暴力の撤廃に関する独立専門家機構のプラットフォーム(EDVAW Platform)と緊密な協力を続けながら,女性に対する暴力のデジタル版の最初のテーマ別報告書を提供した。

5 2022年10月4日,特別報告者は,気候危機,環境破壊とそれに関する避難と,女性と女児に対する暴力の間の因果関係に関する報告書を総会に提出しました(4)。

6 2023年2月22日,特別報告者は,女子差別撤廃委員会の第84会期において,意思決定システムにおける女性の平等かつ包摂的な代表に関する会議に参加した。

7 2023年3月6日,特別報告者は,ニューヨークで開催された女性の地位委員会(CSW)の第67会期の開会式で声明を発表し,会議の優先テーマに関する対話型専門家パネルに参加した。

8 特別報告者は,2022年には,7月18日から27日までトルコへ(5),12月14日から21日までリビアへ(6),2国の訪問を実施した。 2023年2月27日から3月9日までポーランドを訪問した。

III. 「片親疎外」という似非概念の定義と使われ方
9 「片親疎外」の臨床的,科学的な定義として,一般的に認められたものはない。大まかに言えば,片親疎外とは,子どもが両親の一方(通常は父親)に対して正当な理由のない拒絶反応を起こす,意図的または非意図的な振る舞いのことを指すと理解されている(7)。

10 「片親疎外」という似非概念は,心理学者のリチャード・ガードナーによって作られた。彼は,高葛藤の離婚紛争の際に性的虐待を訴える子どもたちは,母親が子どもたちに父親から虐待を受けていると思わせ,父親に対して虐待の申し立てをするように仕向けた「片親疎外症候群」であると主張した(8)。彼は,この症候群に対処するために,子どもを「脱洗脳」するために母親との関係を完全に断つなど,強権的な救済策を推奨し(9),子どもが父親との関係を拒絶すればするほど,片親疎外症候群の証拠が観察されると主張した。

11 ガードナーの理論は,実証的な根拠に欠けること,性的虐待に関して問題のある主張であること,虐待の訴えを片親疎外のための虚偽主張であると歪曲しており,虐待が実際に起こったかどうかを評価することを評価者や裁判所に思いとどまらせていることが批判されている(10)。医学,精神医学,心理学のいずれの学会からも否定され,2020年には世界保健機構によって国際疾病分類から削除されたにもかかわらず,この理論は,かなりの支持を得ており,世界規模で家庭裁判所のシステムにおいて,DV及び性的虐待の主張を否定するために広く使用されている(11)。

Ⅳ.片親疎外の主張とDVの関連性
A.DVの延長としての片親疎外の主張
12 ドメスティックバイオレンスは,最も広範で深刻な人権侵害の1つであり,特に女性と女児に深刻な影響を及ぼす。男性もドメスティックバイオレンスの被害者になることはあるが,女性の方がはるかにリスクが高く,また,虐待の力学は男性とは異なる。(12) 親密な関係におけるドメスティックバイオレンスの蔓延を考えると,(13)加害者との別離は,被害者にとって非常に危険な期間でもある(14)。DVの主張は,裁判所によって十分に精査されない傾向(15)があり,また,DVは母親や子どもにほとんど害を与えないとか,別居によって止まるといった,問題のある決めつけを誘発する(16)。DVの結果として起きることと子どもへの影響は,父親との面会を優先したがる傾向がある裁判官によって誤解され過小評価されている(17)。そうすることで,裁判官は,子どもたちを害から護る義務を怠り(18),身体的・性的虐待があったと裁判官が認定したケースを含め,虐待的な父親に,監視がない状態での子どもへのアクセスを与えている(19)。

13 裁判官がDVの発生を認める場合,裁判官は,DVは過去の,既に終わったことであると決めつけることがある(20)。研究(21)は,DV加害者は,被害者に暴力を与え続けるために家族法手続を悪用し,被害者に二次的なトラウマを生じさせることがあることを表している(22)。この状況において,片親疎外は,有用な戦術として採用される可能性がある。2018年にカナダで実施された,親との別居ケース357件の実証分析によると,357件のうち41.5%においてDVまたは児童虐待の主張がなされており,そのうち76.8%では加害者とされる者が片親疎外という主張をしていた(23)。他の研究では,威圧的支配や性的虐待の文脈で調査した20件全てにおいて,片親疎外との言及がなされており,明示的にその言葉が使用されていない場合であっても,その考え方に基づいていることがうかがわれた(24)。

14 「片親疎外」の使用のされ方には,ジェンダーによる大きな違いがあり(25),たびたび母親に対して使われる(26)。ブラジルにおける調査では,女性は66%のケースで片親疎外だと訴えられたのに対し,男性が訴えられたケースで片親疎外と主張されたものは17%のみであり,男性は女性よりも,根拠のない告発を多く行っていた(27)。イタリアでも,告発は圧倒的に母親に対して多く行われていた(28)。

15 「片親疎外」の使用法がジェンダーによって大きな違いがあることと,当事者,裁判所,専門家が,母親は復讐心に満ちていて妄想的だと捉えることは同根である(29)。面会に反対したり,制約しようとする母親は,評価者によって,妨害的,悪意があると広くみなされる。これは,母親を非難する,世間によくあるパターンの表れである(30)。

16 母親が子どもを父親から疎外している,という主張は,母親に監護権(custody)を与えると,母親が父子の接触を円滑に行おうとしないので子どもの利益にならないと示すためにしばしば持ち出される(32)。多くの提出資料で指摘されているように(33),DVと片親疎外の主張は家族司法システムにおいてしばしば曖昧にされ,暴力の被害者に不利益をもたらしている。子どもを守ろうとする母親は,不利な立場におかれ,DVや虐待の証拠を出して主張することは,他方の親から子どもを疎外しようとする試みであるとみなされ,その結果として,子どもの主たる監護や面会を失う可能性がある。

17 片親疎外という言葉の使用は,その言葉を使用することによって実現する自己達成的な予言となる傾向がある。ひとたび親が「疎外的」「冷淡」「耳を貸さない」と判断されると,その行動や不作為が偏見をもってみられる可能性がある。その結果,DV被害の訴えは,一度限りの出来事という位置付けに追いやられてしまう。これはDVをたいしたことではない紛争と矮小化し,女性と子どもに汚名を着せ,病気扱いすることになる

18 バイアスがかかった監護権(custody)決定の結果は悲劇となる可能性があり,暴力加害歴がある父親が面会を許された具体的な事件(38),子どもや女性が亡くなったり,子どもが銃口を向けられた事件などがある(39)。場合によっては,女性が監護権(custody)を侵害したとして投獄されたり,保護命令が覆されたこともある。

19 片親疎外の主張は,監護権(custody)の結果に大きな影響を与えうる。アメリカでは,父母のどちらが片親疎外の主張をするかによって,監護権(custody)が失われる割合が大きく異なるというデータがある。父親が,母親が片親疎外をしていると主張した場合,母親の監護権(custody)は44%の確率で剥奪される。逆のシチュエーションの場合,母親が監護権(custody)を得たのは28%のみである。このように,片親疎外が主張された場合,母親は父親に比べ,監護権(custody)を失う可能性が2倍も高かった。このため,アメリカでは,年間58,000人の子どもが危険な家庭環境におかれていると推定される(41)。ニュージーランドにおける調査によると,55~62%の母親は片親疎外だと訴えられ,虐待の正当な主張があっても裁判所はそれに注意を払わなかった(42)。

B. DV主張を打ち負かすための戦術
20 片親疎外の主張によって,DVの主張が脇においやられ,効力を失わされる方法は数多くある。
(a)  監護権(custody)と面会交流に関する判断において,母親と子どもに対するDVがあったことが考慮されないということが,デンマーク(43),イタリア(44),ウクライナ(45)などの国々において明らかになった。イタリアでは,民事裁判所において,ジェンダーに基づく暴力やDVが見えづらくなっていることが指摘されており(46),2022年の報告によると,片親疎外が主張されたケースの96%において,裁判所は,子の監護権(child custody)の判断において暴力を考慮していなかった。いくつかの国では,ハンガリーのように(48),裁判所がDVの経過を調査する法的要件がないために,DVを考慮しないということが可能である。
(b) DVを精査しようとする試みは積極的に行われない。2017年,ブラジルの国会調査委員会は,片親疎外の主張に,DV/性的虐待と相関関係があることを明らかにした。しかし,片親疎外論者の弁護士や専門家は,被害者を保護するための措置がとられないように働きかけた。
(c) 過去にDVがあったにもかかわらず,裁判所は片親疎外という似非概念を持ちだしたり,母親が意図的に子どもを父親から疎外していると母親を非難してきた。母親や子どもの安全が脅かされている場合であってもだ。このことは,アイルランド(49),イスラエル(50),トルコ(51),ウクライナ(52)の団体から提出された資料において言及されている。
(d)日本から提出された書類によると,DVが認定されたケースにおいてさえ,母親は,子どものために自分を犠牲にして虐待に耐えようとしなかったのは利己的であると非難されている。

21 DVを軽視したり無視したりすることによって,裁判所は,判決においてこの問題を認めず,DVを,片親疎外のケースで標準的に生ずる事情ではなく,例外的事情という扱いにしている。

Ⅴ.片親疎外の主張が子どもの福祉に与える影響
22 DVの文脈では,子どもの暴力体験を検証し,より良い情報に基づいた決定を行い,子どもの安全と福祉を促進するために,暴力に関する子どもの説明を傾聴し,対応すべき義務がある(54)。ところが,クロアチアのように(56),「pro-contact 親子交流に賛成」という世間に普及している傾向に合致するかどうかによって,子どもの意見が選択的に取捨されることを示す調査がある

23 子どもの観点からの十分な考慮がないままに片親疎外を主張する親に有利に監護権(custody)の判断がなされると,子どものレジリエンス(回復力)は損なわれ,永続的な被害にさらされ続けることになる。また,虐待的でない主たる監護者との安全で安定した関係性も絶たれてしまう可能性がある(57)。オーストラリア(58),オーストリア(59),ブラジル(60),コロンビア(61),ドイツ(62),イギリスと北アイルランド(63)から提出された文書によると,子どもが主たる監護者から引き離され,子どもが拒否したにもかかわらず,加害者側の親と住むことを強制されたというケースが報告されている。さらに,提出資料には,警察が子どもを守ろうとする任務において,子どもが明確に拒否しているにもかかわらず面会や監護権(custody)の命令を強制したことで,母親にも子どもにもトラウマを与えたということも記載されている。

24 いくつかの国では,子どもの手続への参加と最善の利益に焦点をあてたやり方を確立している。例えば,イングランド・ウェールズのDV委員会は,別居している加害親との面会に消極的であったり嫌がる子どもに対するアプローチにおいて,トラウマインフォームドレンズというトラウマの存在を前提とした手法を用いるというモデルを開発した。これは,そのような子どもの拒否について同居親を非難することは,威圧的支配のパターンの一部である可能性があるという認識に基づくものである。スコットランドでは,あるDV及び子どもの権利担当者が,裁判所からの命令によらずに,DVを経験した子どもに対応し,面会を争う法的手続に子ども自身の意見を直接反映させている。

25 メキシコでは,憲法裁判所の介入によって,「片親疎外している」と主張されている側の親の親権(parental authority)喪失や監護権(custody)決定手続における子どもの権利侵害をもたらすことになる特定の規定を導入しようとする,片親疎外論に基づく2つの試みが阻止された。一つ目のケースは2016年にOaxaca州においておこなわれたもので,子どもの自律的な成長の原則と,司法手続において未成年者が意見を聴かれる権利を侵害するものであるとして,一部違憲であるとされた(68)。二つ目は,2017年にBaja California州において行われたもので,同様のケースにおいて,片親疎外の主張に基づいて親権(parental authority)喪失や停止とすることは子どもの最善の利益を害するとして違憲であると判断された。最高裁判所は,その親権(parental authority)の喪失は,未成年者の権利を守るための適切な措置に結びつかず,未成年者の健全な発達や両親との健全な関係性を構築する権利に不当かつ不公平な影響を生じさせる可能性が高いと指摘した。また,裁判所は,この親権(parental authority)喪失措置による子どもの環境変化の結果による否定的な経験を生じさせ,子どもが再び被害を受ける可能性があると認めた(69)。


Ⅳ. 関連する国際的及び地域的な(法的)基準及び実務について
A. 片親疎外が用いられる事案を含む監護権(custody)に関する問題に適用される法的基準
26 女子差別撤廃委員会(翻訳者注:通称CEDAWに対する外務省の訳に拠る。)は,女性と男性の固定観念に基づく役割は,司法制度におけるジェンダーステレオタイプや偏見として現れ,その結果,女性や暴力の被害者に対する実効的な正義の否定につながると指摘した(70)。同委員会は,各国に対し,ジェンダーステレオタイプに適切に対処することを確保するよう求めた。2014年,Gonzales Carreno v. Spain事件の決定(翻訳者注:同委員会による女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(いわゆる女子差別撤廃条約)選択議定書第7条に基づくものである。)において,同委員会は,女性や子どもに危険が生じないことを確保するために,面会交流のスケジュールを決定する際には,DVがあったことが考慮されるよう勧告した(71)。

27 監護権(custody rights)及び面会交流に関する決定において,パートナーによる暴力や子どもへの暴力に対処できないことは,子の権利及び子の最善の利益の原則を侵害するものである。児童の権利に関する条約(翻訳者注:外務省訳による。通称は「子どもの権利条約」)第12条は,締約国は自己の意見を形成する能力のある子どもがその子どもに影響を及ぼす全ての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保し,その意見は,その子どもの年齢及び成熟度に従って相応に考慮されると規定する。また,子どもには,自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において,直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられることも明記されている。同条約第19条は,子どもが父母,法定後見人又は子どもを監護する他の者により監護を受けている間,あらゆる形態の身体的若しくは精神的な暴力,傷害若しくは虐待,遺棄(翻訳者注:この条約の政府訳では「放棄」)若しくは怠慢な取扱い,不当な取扱い又は搾取(性的虐待を含む。) から子どもが保護される権利を規定している。

28 地域間の人権に関する条約は,親の監護権(custody)及び女性や子どもに対する暴力に関する問題も取り扱う。女性に対する暴力及びドメスティック・バイオレンスの防止に関する欧州評議会条約(翻訳者注:訳は参議院作成資料である「立法と調査」に拠った。通称は「欧州評議会イスタンブール条約」である。)第31条及び第45条は,司法当局に対し,非虐待養育者とその子に対する暴力事案を考慮せずに面会の命令を発しないこと及び「効果的で適切かつ制止できるような」制裁を科すことを求めている。女性に対する暴力及びDVに対するアクションのための専門家グループ(翻訳者注:通称はGREVIO。この条約の実施のための欧州評議会の外部機関である。)は,これまでの監視活動の中で,DVの証拠を矮小化する手段として片親疎外が幅広く用いられていることを含め,DVの被害者に関するこの2つの条文の履行に関する締約国の強み及び弱みを強調してきた(72)。同グループは,その第3次一般報告書において(73),12項目の横断的な行動を特定し,その中には,「『片親疎外症候群』には科学的根拠がないことや『片親疎外』の概念が女性に対するDVのコンテクストで使用されていることの関係専門家への告知の確保」を行う必要性も含まれている。また,同グループは,母親から既にDVの主張がなされていたものの,8歳の少年が父親に殺害されたKurt v. Austria事件(74)に関し,欧州人権裁判所に対して書面で所見を提出した。

29 欧州人権条約は,DVが同条約の第2条,第3条,第8条及び14条(75)の適用範囲にあることを認め,かつ,母親を「非協力的な親」であるとラベリングし,又は父親が暴力の加害者である事案において,母親が当該父親と子とのコンタクトを拒否したことを理由に,子を誘拐した責任を負わせると母親を脅すことは,同条約第8条に基づく家庭生活の権利の侵害であることも認めている(76)。

30 女性に対する暴力の防止,処罰及び根絶に関する米州条約(翻訳者注:通称ベレン・ド・パラ条約。本書面の35においては,通称の「ベレン・ド・パラ条約」の名称が用いられている。)第7条は,締約国に対し,「女性に対する全ての形態の暴力を非難し,あらゆる適切な手続により,遅滞なく,そのような暴力を予防し,制裁を科し,根絶するための政策を推進することに同意する(翻訳者注:訳出は山田晋「女性への暴力の防止,処罰,根絶に対する米州条約(ベレン・ド・パラ条約)」明治学院大学社会学・社会福祉学研究137号111-127頁(2012)に拠った)」ことを義務付けるとともに,「女性に対する暴力の予防,調査,制裁を科すために十分な努力をする(翻訳者注:訳出は上記文献による。)」ことを求める。

31 最後に,人及び人民の権利に関するアフリカ憲章に基づくアフリカにおける女性の権利. に関する議定書(マプト議定書)は,第7条において,「別居,離婚又は婚姻無効の場合,女性及び男性はその子どもに対して相互の権利と責任を有する。いかなる場合も子の利益が最優先(翻訳者注:比較法分野では「至高の考慮要素」と訳されることが多い。)の重要性を与えられる。」を明確に肯定する。

B. 監護権(custody)の問題において女性や子どもへの暴力を防止するための人権メカニズムの関わり
32  いくつかの国際的及び地域的なメカニズムは,監護権(custody)を決定すべき事件に際して,DVの経歴及び横行を考慮することの重要性を認識し,また同様に,DVの延長として片親疎外が利用されることを認識している。女性差別撤廃委員会は,子どもの監護権(custody)に関する決定において,DVを体系的に考慮する手段を採用することで,「家庭内でのジェンダーに基づく暴力が関わる事件において,子どもの監護権(custody)を決定する際の女性と子ども特有のニーズ」(77)を考慮すべきとする国家の責任を想起させた(78)。さらに,同委員会は,「司法手続の係属中及び手続後の加害者若しくは加害者とされる者の権利または主張は…生命,身体,性的及び精神的な健全性への女性と子どもの人権に照らし,子の最善の利益に基づいて判断されるべきである。」と明言する(79)。

33 片親疎外という疑似概念については,同委員会はいくつかの最終的な総括所見を発行し,当事者である国家に対し,DV(子への影響も含む。)に関する司法的なトレーニングを強制的に課し,裁判所事件において片親疎外が利用されることを排するよう指示した(80)。同委員会は,コスタリカにおける,父側の権利擁護団体及び片親疎外症候群に関する公的議論による悪影響につき懸念を表明し,締約国に対し「専門家及び監護権(custody)に関する事件の裁判所により,『片親疎外症候群』が用いられることを阻止するために必要なあらゆる措置を講じる」ことを勧告し(81),これ同様の立場は,ニュージーランド(82)及びイタリア(83)においても採用された。

34 子どもの権利委員会は,家族法に関連する事件,特に子どもの意見表明権にかかわるものに関し,暴力から解放され,子の最善の利益を最優先に考慮すべきであるといういくつかの一般的なコメントを作成した(84)。同委員会の決定の中には,パラグアイにおいて,娘とのコンタクト及び面会交流を執行できなかったと主張する父親の事例も含まれている(85)。同委員会では,見解が分かれた決定の中で,非同居親とその親の子らとのコンタクトを認めず決定を順守しない親の悪影響を避けることの重要性を主張する一方で,当該状況を「段階的な疎外」の一つだとしている(86)。複数の専門家は,このような病気の診断をするようなやり方で決めつけを行うこと は遺憾であるとコメントし,同委員会は,高度に複雑な家族法に関する紛争において,父母の態度によってさらなる虐待や父母の虚偽の態度の表示の原因となるような先例を作ることを避けるべきであったと指摘した(87)。

35 同様に,ベレン・ド・パラ条約(翻訳者注:女性に対する暴力の防止,処罰及び根絶に関する米州(米州機構,OASの)条約)メカニズムに関しフォローアップするための専門家委員会は,特に議論のある片親疎外という疑似外延の使用という点において,「女性に対する暴力への寛容や存続をもたらすような既存の法律及び規制の改廃,またはそのような法的ないし慣習的な実務を修正するための立法措置を含むあらゆる適切な措置を講じる」という締約国の義務を強調した(88)。2022年,同委員会及び特別報告者は,締約国に対し,子ども及び母親が脆弱な状況に置かれることを防ぐために,片親疎外症候群を司法手続で用いることを禁止するよう明確に要請し(89),片親疎外症候群を用いることで,ジェンダーに起因する暴力の継続手段として用いられる可能性及び制度的暴力に対する国家の責務を問われる可能性があると付言した(90)。

C.国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(翻訳者注:いわゆるハーグ子奪取条約の日本での正式名称)のジェンダーに配慮した適用
36 1980年の国際的な子の奪取の民事上の側面に関するハーグ条約は,国際的な親による子の連れ去り(翻訳者注:日本での訳は「連れ去り」。)を対象とし,親により同条約締約国領域内の常居所から国際的に連れ去られた子につき,他の締約国の領域に返還するための手続を規定することで,当該(返還された)管轄の裁判所が監護権(custody)に関する紛争を解決することができるものである。しかしながら,同条約は,DVに関しては言及がなく,かつ,虐待された母親の保護も含まれていない(91)。結果として,母が子をつれて国境を超える形で避難すると,同条約に基づき,締約国の裁判所において「誘拐」した親として扱われるおそれがある。

37 同ハーグ条約に基づき提起された訴訟の約4分の3が,母親を相手方とするものであり,その母親の多くがDVから逃れ子を虐待から保護することを目的とする者であった(92)。同条約13条は,害悪を受ける「重大な危険」(翻訳者注:外務省の条約訳と同じ)が存在する場合には,締約国は子の返還を拒否することができると規定する。しかしながら,裁判所は、DVにさらされることを締約国への返還拒否事由として認めることに消極的であった。いくつかの事例では,裁判所は子に対する暴力があったと認定した場合でも子を常居所地に返還しており(93),女性や子どもが虐待又は声明に危害を及ぼすような状況に戻ることを強いられている(94)。親族による援助を求めて母国に帰国することを求める移民女性は,子の連れ去りの告発により母国からの帰国を呼びなくされた場合,更なる障害に直面することになる(95)。

38 ただし,いくつかの管轄裁判所は,同ハーグ条約の解釈に際し,親族内及びDVを考慮している。ニュージーランドの控訴審裁判所は,親族内及びDVのサバイバーである母親の経歴及び同人のオーストラリアでの将来の双方を,返還拒否事由である重大な危険の解釈に関連するものと判断し,子の返還を拒否した(96)。

39 同ハーグ条約の問題点に対処する試みとして,オーストラリア政府は,同ハーグ条約に基づく返還命令がなされるまえに,同国の裁判所に対し,親族及びDVに関する申立てを考慮することを義務付ける法律を施行したことが挙げられる(97)。

VII. 片親疎外と子どもの性的虐待の関連性
40 片親疎外と子どもの性的虐待の関連性は,そのまがい物概念としての起源からも,またDVの文脈における子どもの性的虐待の高い発生率からも明らかである。ガードナーは,監護権(custody)訴訟における子どもの性的虐待の主張の普及を認識しながらも,これらの主張の多くを,子どもを父親から疎外するために母親が行った虚偽の主張としてはねつけた(98)。母親のことを,子どもを「精神的に虐待」する嘘つきであると捉え直すことによって,片親疎外というラベリングは,父親の虐待の有無という問題から裁判所の注意をそらし,代わって嘘つきあるいは妄想にとらわれているとされる母親や子どもの方に焦点を向けたのである(99)。

41 身体的,性的,または精神的虐待の嫌疑を法的手段によって無効にするために,片親疎外症候群が男性によってどのように利用されているかが,アルゼンチン,ボリビア(多民族国),ブラジル(100),コロンビア(101),アイスランド(102),メキシコ,プエルトリコ,ウルグアイ(103)の提出書類で論じられている。フランス(104)からのある提出書類は,心理検査によって裏付けられた性的虐待の露見を報告した母親たちが,父親(加害者)が片親疎外を持ち出した後に排除され,父親が監護(custody)することになった過程を説明している。

42 児童に対する性犯罪者は,被害児童の権利保護の進展を制限,妨害,委縮させるために,片親疎外を持ち出してきた(105)。ブラジル(106)では,法律で片親疎外を認め(107),片親疎外行為に制裁を課すことで,性的虐待に対する抗弁としての利用も促進された。

VIII. マイノリティグループの女性への不均衡な影響
43 マイノリティの女性は,片親疎外に関して,司法へのアクセスやネガティブなステレオタイプなどを含んださらなる障壁に直面している(108)。グレートブリテン及び北アイルランド連合王国でのある研究では,アフリカ系カリブ海の女性は裁判官が冷たくて批判的であると見ており,南アジアとアフリカ系カリブの女性は,男性が繰り返し信頼を欠いていたり,実刑判決を受けていた場合であっても,裁判所が任命した福祉官から男性にチャンスを与えるようにと圧力を受けていた(109)。ほとんどの女性は,再び被害を受けたように感じ,専門家から「とても軽んじられ,とてもないがしろにされ,あまり話を聞いてもらえなかった」と報告している(110)。

44 寄せられた提出資料によると,イタリアでは,人身売買の被害女性や移民の女性において,二次被害がより顕著である(111)。移民女性は,「しばしば不十分な母親と判断され,子どもを守り,世話することができない」ため,しばしばグループホームに入れられる(112)。アイルランドでは,パートナーがアイルランド出身である移住女性も課題に直面している(113)。ポルトガルでは,移民女性は片親を疎外する者とされる一方で,教育を受けた女性はDV被害者の主流なイメージに当てはまらないとみなされている(114)。オーストリア(115)と日本(116)では,言葉の壁と移民ステータスの脆弱さにより,移民の母親は特に不利な立場に置かれている。イギリスでは,人種,障害,移民の地位,セクシュアリティが交錯する脆弱性が,子どもの監護(custody)事件でDVを経験する女性が直面する困難を複雑にしている(117)。構造的に不利な立場にある母親は,子どもから引き離されたり,子育て能力を厳しく判断されたりしやすい(118)。ニュージーランドでは,マオリ族の女性たちは非マオリの女性に比べて,家庭裁判所の手続きで児童保護機関の関与がなされる傾向が強い(119)。さらに調査データでは,マイノリティの女性は差別と性差別,人種差別,能力差別を組み合わせて経験している(120)。

IX. 司法制度における片親疎外の採用の広がり
45 片親疎外の偽概念または類似の反復概念は,異なる法域で広く使用されている。2010年,ブラジルは法律No.12.318を制定し,片親疎外を明確に定義し(第2条),片親疎外とみなされる行為に対する制裁を規定した(第6条)。これは,片親疎外をする者への警告に始まり,片親疎外された者と子どもの接触時間の延長,片親疎外をする者への罰金,監護取り決めの交換,片親疎外をする者の権限停止にまで至る。

46 片親疎外を「高葛藤紛争(121)」「親による操作(122)」「愛着不寛容(123)」「親子関係問題(124)」などと言い換えて使用する法域もある。アメリカでは,『精神障害の診断と統計マニュアル』が,2つの新しい診断分類を導入したことで,家庭裁判所での片親疎外の使用はさらに後押しされた。「親子関係苦悩の影響を受けた子ども」と「子どもの心理的虐待」という分類であり,片親疎外症候群を支持する専門家が疎外を確認するために使用する(125)。片親疎外や片親疎外症候群という言葉は,もはや「診断と統計マニュアル」に含まれていないが,マニュアルの著者数名は,親子関係における苦悩の見立てが片親疎外の行動と結果を幅広く包含することを明らかにしている(126)。

47 ポルトガルでは(127),高葛藤の離婚は片親疎外の婉曲表現として扱われ,アイスランドでは片親疎外は現在「接触の差し控え」と法的に定義されている(128)。ニュージーランドでは,片親疎外という似非概念を効果的に導入するための「もっともらしい反証」として,「抵抗・拒否」「巻き込まれ」「子供への指導や汚染」「ゲートキーピングしたり,過剰に心配したりする母親」といった異なる用語が用いられている(129)。イタリアでは,最高裁がいわゆる片親疎外の概念の有効性に疑問を呈し,イタリア心理学会や保健省が否定しているにもかかわらず,片親疎外は「同じ似非概念を繰り返すだけの新しい表現(130)に置き換えられて」いる(131)。

48 現在までのところ,片親疎外の利用が法律で明確に禁止されている例は,スペインだけである。スペインでは,これらの理論上の似非概念の利用は,科学的根拠がないとして禁止されており(132),「似非科学」と明確に呼ばれている。この禁止にもかかわらず,また法律やスペインの司法総会の助言に反して(134),片親疎外は監護権(custody)に関する事件における決定を正当化するために用いられてきた(135)。

49 同様の状況はコロンビアにも存在し,ジェンダーに基づく暴力に関わる事件で片親疎外を利用することに反対する司法総評議会の助言にもかかわらず(136),最高裁は,特に母親が子どもの性的虐待に関する告発をしたケースで,母親が精神的問題に苦しんでいるとか虚偽の告発を行ったとするために,この理論を支持する法学的見解を示している。片親疎外はまた,ギリシャ(137),イタリア(138),スペイン(139)の事例で見られるように,一方の親(通常は母親)が,もう一方の親が子どもとコミュニケーションをとる権利を侵害していることを立証するためにも用いられてきた。

50 いくつかの制度では,主たる養育者に接触を促進するための追加的な義務を課している。ドイツでは,両方の親と接触することが一般的に子どもの最善の利益であるという法的推定を組み込んでいるが,それぞれの親は,子どもともう一方の親との関係を損なうような行為を控え,接触に対する前向きな態度を促進しなければならないという善行条項を加えている(140)。しかし,この推定は,暴力のために愛着許容度が少しでも欠如しているとみられた場合に,監護権(custody)の配分に影響することがあるという点で,DV被害者に対して不利に働く。ギリシャでは,一方の親は,子どもがもう一方の親と定期的にコミュニケーションをとることを促進・支援する義務があり,これは安全よりもコミュニケーションを優先するもので,これを怠った母親たちに重い罰金や収監が科せられている(141)。同様の判決がクロアチア(142),アイスランド(143),アイルランド(144),スペイン(145)でもなされていると報告されている。イングランド及びウェールズでは,別居後の両親の関与を,子どもの最善の利益として考慮するよう裁判所に義務付ける法定推定が導入された(146)。複数の下級裁判所がDVのケースでこのアプローチを適用し,母親達に接触に同意するよう圧力をかけている証拠が存在する(147)。

51 一部の法制度では,国が出資する評価者の実務に片親疎外を組み込んでいる。例えば,イングランド及びウェールズでは,家庭裁判所に子どもの最善の利益に関する独立した報告書を提供するCafcass(子供と家庭裁判所の助言・支援機関)が,「子どもともう一方の親との関係を弱めたり妨害したりする可能性がある,またはその意図が表明されている,一方の親(または養育者)の否定的態度,信念,行動パターンが継続して存在する状況」を表すために「疎外行動(148)」という用語を使用している。これは,「子どもが別居後に一方の親と過ごすことを拒否したり,抵抗したりする理由のひとつである」という(149)。

52 他の法域では,片親疎外という似非概念を法制度に正式に組み込もうとする試みに対し,この問題についての追加調査を行ったり,その採用に人権法を適用したりすることでより慎重な反応を示している。カナダ司法省は,集中的な調査の結果,片親疎外症候群のようなラベルや用語の使用は,親同士の対立を激化させ,子どものニーズや希望を考慮することに大体において失敗するという結論を出した。また,このようなケースに関わるすべての人が,高葛藤の別離で起こったことを,これらのラベルを使って説明する傾向があると指摘した(150)。アイルランド政府は,2021年に他の法域が片親疎外にどのように対処しているかについての調査を委託し,法律や政策の変更が必要であるかどうかについての公開協議を発表した(151)。

53 このようなアプローチが引き起こした負の結果に取り組むグッドプラクティスとして,オーストラリアは,不当な結果を招き,子どもの安全を損なう可能性があるとして,親責任を平等に分担するという推定を削除することを発表した。この法案では,従来のテストに代わって,子どもの最善の利益を判断するための6要素からなるテストが導入される。すなわち,子どもと養育者の安全の促進,子どもの考え,子どものニーズ,安全であればそれぞれの親やその他の重要な人との関係を維持することの利点,子どものニーズにこたえる各養育者の能力,およびその他の関連要素の6点である(152)。

54 さらに,イタリアの最高裁判所は,単独監護権(custody)は,片親疎外症候群または「悪意ある母親」症候群の診断のみを根拠とすることはできず,裁判官は,公的な医学から逸脱した助言の根拠を,科学レベルで検証しなければならないと述べている(153)。

Ⅹ 法制度上の問題
A. 法律及び司法制度におけるジェンダー不平等
55 法律や政策においてジェンダー不平等や差別を根絶できていない国や地域もある。例えばイラクでは,2020年から反DV法案が審議されてはいるが,DVを受けた人を法的に守る仕組みはない。子の監護権(custody)に関する事件では,母親が子どもと父親との面会を妨害した場合,父親は母親を告訴することができ, 令状が発付される可能性があるが,父親が同じことをしても,そうはならない。

56 ロシア連邦など,DVが法律で明確に定義されていない国や地域は,課題を抱える(154)。政府は,親としての私的な領域,あるいは親の信念に従って子どもを育てる自由,といったものを尊重すべきとの,ロシア正教会が指示する懸念に言及し,家族法の不明確な部分を明確にしていくことをやめた。2017年,法改正により,DVは一部非犯罪化され,被害者が入院した場合のみ犯罪とされた。

57 多元的な家族法制度を持つ国や地域においては,その制度によって,女性が不利益を受けることがある。宗教的な法律を持つ一部の国や地域では,父親に,どんな場合であっても自動的に監護権(custody)が与えられる(155)。母親が監護権(custody)をもったとしても,再婚したり,社会規範に反する行動をとったり,別居を始めたりするだけで,監護権(custody)を失う,というところもある。このような場合,宗教的な裁判所や指導者が監護権(custody)に関する最終的な意思決定権を持つ。宗教裁判所や指導者は,子どもの訴えに耳を傾けることはあっても,必ずしも子どもの意見を考慮するとは限らず,時にはそれに積極的に反する判断をすることもある。多少なりとも宗教的な教義に基づく家族法の改革には課題があるものの,エジプト,ヨルダン,パレスチナなどの一部の国では,婚姻適齢が18歳に引き上げられ,両親が監護権(custody)について同等の権利を持つという重要な措置がとられている。


B. 家庭裁判所における評価者の役割
58 家庭裁判所には,子どもの最善の利益を報告する役割を担う評価者として,精神科医,精神分析医,心理学者,ソーシャルワーカーなどが関与するところ,片親疎外とそれに関連する似非概念は,法制度にも,こうした評価者にも,組み込まれてしまっている。片親疎外は,正式な研修を通じて支持され,これらの専門家のネットワークや,最近では学術雑誌によって広められている。他方で,司法制度の専門家に対しては,正式な研修が行われていない。加えて, 片親疎外の疑いと,DVの力学との間には,強い結びつきがある。これらのことによって, 片親疎外の利用が深刻化している。

59 子をめぐる父母間の紛争において,家庭裁判所は,適切な判断をするため,独立した立場にある子どもに関する専門家の助言を求めることが多い。最終的な判断は裁判官が行うものの,こうした評価者の勧告は,実際には非常に強い力を持ち,ほとんどの裁判官がそれに従い判断をする。提出された資料によると,フィンランドでは,片親疎外の疑いのほとんどが,ソーシャルワーカーによる報告から生じている(156)。また,イタリアでは,裁判所は,裁判所が選任した専門家や心理学者の提言を,批判的に検証することのないまま判決に採用することが一般的である。その結果,虐待があるにもかかわらず監護を共同(shared parenting)させることが多くなっている(157)。

60 子どもの最善の利益の評価に関与する公務員や公的機関が,片親疎外概念を押し進めようとする人たちによる研修を受けたり,ロビー活動をされることもある(158)。 例えば,ポーランドの子どもの権利保護委員会は,「疎外された子どもとその家族の認識と対応」と題した2日間の実務者研修を開催した(159)。 アイルランドでは,心理学者や心理療法士が,疎外された子どもとその家族との接し方について,研修を受けている。ブラジルでは,国家司法評議会が,司法関係者などを対象に親子疎外概念の取扱い方に関する講座を開いており,母親たちが,裁判所の命令によりこうした講座の受講を余儀なくされることもある(160)。

61 片親疎外という似非概念は,多くの法領域において正式に認められていないのであるが,評価者の中には,片親疎外の専門家であると公然と宣伝し,関連するケースの評価者として任命される者もいる(161)。 また,資格を有さず,あるいはなんら規制を受けない専門家が提出する証拠についても懸念が示されており,中には「自身の利益や政治的意図のために,その立場を悪用する」ようにみえる人もいる(162)。例えば,イスラエルの民事裁判所とラビ裁判所は,診断と治療という,利益相反する両方の役割について,同じ専門家を任命する傾向があると報告されている(163)。こうした専門家は,金銭的な動機から,片親疎外と認めて治療の継続を勧めることがある。彼らは,大人に対しても子ども対しても,不適切で,再度のトラウマを植え付けるような心理評価を押しつけ,DV被害者に対して断定的で見下した態度をとる(164)。そして,子どもの福祉と権利に必ずしも適合しない解決策を推奨する。それは例えば,監護権(custody)を別居親に変更することや(165),「再統合キャンプとセラピー」(166)の利用などである。子どもは,それに意思に反して拘束されたり,精神的に強く結びついている方の親による影響を拒絶するように圧力をかけられたりする(167)。

62 片親疎外概念は間違いなく,専門家にとって,家庭裁判所での手続きに有料でサービスを提供することを可能にする,儲かる試みである。ここ20年ほどの間に世界規模で急増したトレーニングプログラムや研修会は,さらに別の収入源となる(168)。このことは,学術文献にみられる,片親疎外概念を批判することに対する反発を部分的に説明するものといえよう。この反発は,片親疎外の主張とDVの関連性を証明する研究(DVが背景にあることが,片親疎外の主張を誘発するリスクをいかに高めるか,といったもの)の信頼性を否定する(169,170)。学識経験者は,心理学の分野で定評ある学術雑誌が,査読における通常の科学的厳密さの基準を適用することなく,またそのような批判の対象となった研究の著者に反論の権利を与えることなく,「疎外行動」という概念を助長する論文を掲載しているという事態を指摘し,懸念を表明している(171)。

63 このような問題に対して,イングランドとウェールズの家庭司法評議会は,家庭裁判所が専門家による報告書の提供を受けることに関し,英国心理学会との共同ガイダンスを発表した(172)。その中で,そのような専門家はすべて,2つの指定専門機関の規制を受けるべきであることを定めた(173)。さらに,家庭局長は覚書を発表し,専門家は,問題解決のため裁判所を手助けする必要があるときにのみ,依頼されるべきであることを裁判官に念押しした。また,審議会は,2022年,疎外行為の主張への対応に関するワーキンググループを設置し,疎外行為の主張や利益相反があった場合の専門家証人に関する暫定ガイダンスを発表した。そこでは,裁判所に対し,同一または連携する者が評価(診断)と治療とをパッケージで提供している場合には,その採否の検討は慎重にするよう注意を促している。しかし,家庭裁判所長は,特定の専門機関によって規制されていない専門家の使用を禁止するには至らず,代わりに,規制されていない心理学者への依頼が正当であるかどうかを,適時に判断すべきであると述べている(174)。

C. 司法官及び法専門家の行為
64 暴力の被害者は,裁判官や法的専門家から軽視されていると感じており,DVの影響や力学に関する理解が欠如した専門家により二次被害を受けているということが報告されている(175)。女性たちは,裁判官が暴力を振るう父親に共感を示していること,専門家が虐待の加害者によって操られていることに対して怒りを感じていることが研究によって明らかになった。こうした加害者は,魅力的に見える方法で振るまい, 最高の行動を取る(176)。
DVの被害者は,また,裁判所や専門家が,それぞれの親について異なる取扱をしていると認識してきた。裁判所において,母親は温厚で 柔軟であることを期待される一方,父親の攻撃的な振る舞いは容認されてきたのである(177)。

65 女性は,自らの法的代理人から,自分が不利になるのでDVを主張しないように助言されてきたことが報告されている(178)。ドイツやイギリス(179)などの研究ないし報告書では,女性が裁判所や自らの代理人弁護士から, 面会交流に関する取り決めや調停への出席について相当の圧力を受けた経験を有することが実証されている。これらの事例の中には,子どもの福祉に与える懸念について何らの評価も行われず,子どもの意向を聴取することをしなかったものも存在する(180)。ハンガリーでは,調停手続に非協力的だと判断された女性は,過料を払うよう求められる(181)。

66 2020年,イスラエルの最高裁判所は,親子関係を確保するための手続を処理するため,裁判手続を迅速化する一時的な実施要項を発表した。その中には,子どもの安全が脅かされている事案も含まれている。しかしながら,実際のところ,この実施要項は,片親疎外の主張がなされている事案に専ら用いられている(182)。

67 司法を担う構成員や法的専門家が専門的な訓練を受け,専門性を高めることの必要性は明らかであり(183),これはドイツ(184),アイルランド(185)及びイタリア(186)の報告書からも根拠づけられる。オーストラリアでは,2021年に家庭裁判所が通常連邦裁判所と統合されて連邦巡回裁判所になった。そこではもはや家庭裁判所における専門家というのは存在せず,家族法に関する事件は家族間暴力に関する専門的知見を必ずしも持ち合わせてない裁判官によって審理されている(187)。

68 よい実践例としては,欧州評議会は,家族法やDVの事件に関与する法律専門家を支援するために,さまざまな言語で提供されるいくつかの無料の教科課程を開発した。そこには子どものことを考えた司法,基本的人権及び家族法が含まれる(188)。

69 ドイツ政府は家庭裁判所の裁判官や未成年者の訴訟における代理人対して,暴力が子どもに与える影響や,片親疎外という似非概念について専門的知識を身につけることを求めている(189)。イングランドとウェールズでは,Domestic Abuse Commissioner(家庭内虐待委員会)が,子どもの監護権(custody)に関する民事手続において,家庭裁判所が正しく機能しているのかを監督し,定期的に報告するため,家庭裁判所における定期的なモニタリングを試験的に始めている(190)。

D. 家族法手続きにおける手続き費用の助成が不足していること
70 監護権(custody)や面会交流の手続に参加するためには費用がかかる。そして,特にDVの被害者にとって,代理人弁護士に依頼するだけの経済的余裕がないことが,構造的に不利益に働いている。社会的にも経済的にも不利な立場に置かれている女性は,裁判その他の法的支援を受けることが制限されているか,あるいは支援を受けられることが保障されていない(191)。家族法の制度は,制度の一部が調和していない場合,あるいは各々が相互に矛盾した形で機能している場合には,特に運用が困難になる(192)。いくつかの国では,同じ制度に関する部署が異なる方法論を採用しており,情報共有がなされていない。これにより,紛争や相矛盾する決定がなされてきた(193)。

71 法的支援を受けることが制限されることによって,被害者には二次被害が生じうる。イングランド及びウェールズでは,法制定により,民事の家族法手続の大半について,法的支援がなくなった(194)。その附則では,DVの被害者は,所定の証拠を提出することができれば支援を受けることができるという基準が定められている(195)。しかしながら,研究によって,女性のうち40%が家族法手続における法的助言や代理人活動を断られたことが明らかになっている(196)。

72 代理人を選任するだけの余裕がないことで,DVの被害者は,自らの事案について譲歩や妥協による解決を余儀なくされている。ニュージーランドでは,女性は家庭裁判所の手続で不利な立場に置かれている(197)。しかしながら,これらの欠点に対処するための試みについても報告されている。スコットランドでは,Edinburgh Women’s Aid(エディンバラ女性支援の会)が,DVの生存者に対して,民事紛争手続において無料の法的助言や支援を提供する1年間の試行的な取り組みを行っている。

73 本報告書によって,信用性の無い,非科学的な似非概念である片親疎外という概念が,いかにして,虐待の加害者により,虐待や強制を継続し,子どもの安全を確保しようとした母親によるDVの訴えを封殺し,信用性をおとしめるための道具として用いられてきたかということが実証された。これにより,また,DVの証拠がある場合にすらも,子どもと双方又は一方の親との接触が強制され,そのような場合ですら,子どもの最善の利益よりも子どもと親との接触の方が優位に置かれることによって,いかにして,子どもの最善の利益という基準が,侵害されているかということも明らかになった。専ら研鑽不足,ジェンダーに関する予断と偏見及び法的支援へのアクセス不足のために,DVや性的虐待若しくはその双方が過去に行われたことの証拠がある場合ですらも,子どもの監護(custody)は暴力の加害者に与えられうる。こうした結果の持つリスクは,社会の周縁に位置づけられた(マイノリティ)の女性にとって特に悪い結果をもたらす。本報告は,司法による解決を得るにあたってのさらなる障壁を引き起こす構造的な問題について説明を行っている。裁判官や評価者は,心理学の分野において論争となっている行動を特定することに注力することをやめて,事案毎に,特定の事実や文脈を丁寧に検討することが必要である。

74 これら本報告書で明らかになったことに基づいて,特別報告者は以下の通り提案する。
(a)締約国は,立法により,家族法に関する事件において,片親疎外概念ないしこれに類する似非概念を使用すること,及びいわゆる片親疎外ないしこれに類縁する概念の専門家を使用することを禁止すべきである。
(b)締約国は,家族法制度が家庭内における虐待の被害者にとって効果的に機能しているか否かを監視するための定期的なモニタリングの仕組みを構築することによって,国際人権法の下において,その責任と義務を果たすべきである。
(c)締約国は,司法官及びその他の司法制度の専門家に対して,ジェンダーバイアス,DVの力学及び家庭内における虐待の主張と片親疎外ないしこれに類縁する概念の主張との関係性について,研修を行うことを義務づけることを確実にすべきである。
(d)締約国は,司法に対して,各々の事案について,どのような結論が子どもの最善の福祉に資するのか,提示された証拠に照らして事実に基づく調査を行い,公正な判断をすることが必要であることを踏まえ,特定の指針を策定し,運用すべきである。
(e)締約国は,公的資金を用いて裁判所に対して子どもの最善の福祉に関する情報を提供するための専門家による仕組みを作り,当該専門家はDVの力学や,DVが子どもを含む被害者に与える影響に関して定期的に研修を受けるようにすべきである。
(f) 締約国は,家族法システムに関する認可された専門家のリストを管理運用し,公的な不服申立制度を導入し,利益相反の問題とこの分野で実務を行うための専門性の認定に対処するための強制力をもった行動規範を導入すべきである。
(g)関連する刑事法または児童保護手続若しくはその双方を考慮することなしに,家族法手続における判断がなされてはならない。
(h)成人であると子どもであるとを問わず,DVや性的虐待に関するあらゆる主張や証拠は,判断にあたり明確に言及されなければならない。そして,仮に面会交流や監護権(custody)を認める場合には,そうした主張や証拠がどのように判断の中に組み込まれたのか,十分な説明がなされなければならない。
(i)締約国は,司法に対して,家族法の事案において公的資金による仕組みの外で専門家が用いられるべきなのはどのようなときなのかという点に関して指針を発表し,そうした専門家が採用される場合には,資格を有し専門家としての制限に服していることを保証しなければならない。
(j)片親疎外とDV,性的虐待の各主張の関連性について,全ての家族法に関する司法に携わる専門家に対して,研修が必修化されるべきである。当該研修は,また,ジェンダーに関する固定観念を打破し,女性や子どもに対する暴力についての法的基準に対する理解を確保するものとしてこうした点から実施されなければならない。
(k)ハーグ条約は,家族間またはDVがある場合には,より強固な返還拒否事由とすること,及び子どもの返還命令が,虐待の被害者に対し,暴力や加害の渦中に連れ戻すことを強いる可能性があることについて理解すること,条約を管轄する裁判所は,条約の解釈・適用にあたり家族間ないしDVについて考慮することを要求することを盛り込むことによって,虐待された女性やその子どもがより保護されるように,改正されるべきである。
(l)法的手続における結果の一部として「再統合キャンプ」を使用することは禁止する。
(m)締約国は,全ての係属中の家事法的手続において,子どもが独立して法的代理人がつくことを保障すべきである。
(n)締約国は,適切と認められる場合には,片親疎外という似非概念及びその反復について,独立した調査期間を設置することを確保すべきである。
(o)締約国は,家族法手続において,年齢,成熟度及び理解度を考慮の上,子どもの見解が十分に,かつ独立して表明されること,可能な場合には,子どもが当該手続に参加できること,子どもの権利条約に規定されている全ての児童保護及び義務の履行を確保すべきである。
(p)司法制度の全ての期間及び構成員,法定のサービス及びDVに関する部門が,縦割りではなく,相互に協力して運営されるべきである。また,協同を法的に必要的なものとする制度を作り,統合された裁判の仕組みを利用することによって,刑事,児童保護,家族法制度が適切に協力し合うことが保障されるべきである。
(q)全ての当事者が,武器対等の原則の下に家族法手続に関与できるよう,家族法手続において,より広範に法律扶助が受けられるようにすべきである。(r)家事事件において,家庭内における虐待がどの程度の頻度で存在するか,そうした事案における申立人及び相手方の属性(ジェンダー,人種,生物学的性,宗教,障害の有無,性的指向を含む)に関する詳細なデータの収集を行うべきである。
(s)締約国は,マイノリティに属する女性における家族のもとでの人権保障に関して,政策や手続が具体的にどのような影響をもたらしているのかについて,これを評価するためのモニタリングの仕組みを導入すべきである。
                               以上
                                 

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