評⑦唐十郎『泥人魚』S11000円・コクーン舞台に首傾げ
唐十郎『泥人魚』(演出:金守珍)シアターコクーン、S席11000円。
芝居は、その値段に比して観る価値があるか費用対効果は大事。
宮沢りえ(48)が主演、二番手が磯村勇斗(29歳)。
※一部ネタバレ?
唐十郎、1940年生まれ、現在81歳。
演者的には、宮沢りえがすべて持っていく
『泥人魚』。風間杜夫やら岡田義徳やら芸達者たちの濃い芝居の中で、若手では演技力があると評されているらしい磯村勇斗がもまれて、やはり先輩たちの中ではかすんだきらいがある。
途中で出てきた宮沢りえ(48)が自分の中では全部持って行った。宮沢りえを生で見たのは初めて。10代20代の頃はどんなに輝いていたかと思う(演技力でなくその肢体が)。遠めに見ても、顔だけでなく身体全体が白いというか銀色のようで(何か塗ってたか?)、光ってる。若いパンパンに張った肌ではなく、中年の崩れかけた肢体を綺麗に保ったものなだが、それが動く時は曲線で、なまめかしいというのともちょっと違うというか。
先日、NODE・MAP『THE BEE』で長澤まさみを見て、それはそれで長い手足が色っぽかったが「前は、その役は宮沢りえがやった」と聞き、どう違うんだろうと思ったが、多分違う。手足は長澤まさみの方が長いし健康的だが(34歳で宮沢りえより10歳以上若いし)、なにかが違う。
声はやや高めで、決して通りがいい高さではないが、響く。
動き回る感じは、前に『Q』で見た広瀬すずに曲線の動きがつけば、とも勝手に思ったが。
やはり、宮沢りえ、なんだな(分析不可能、放棄)。
また、とんでもなく、スタイルのいい、動きのきれる、足の細い、腰の位置の高い、綺麗な舞台的な人がいて、宝塚かなと思ったらそうだった。愛希れいかさん、すみません。やはり圧倒的に違います。りえとは違う意味で。
『泥人魚』、シアターコクーンでやる意味はあったか
初日には唐十郎さんも観に来ていたようだし、唐さんがシアターコクーンで満足しているならそれはそれとして、果たして劇場をシアターコクーンでやる意味は、客を大勢いれる以外にあったか。
シアターコクーンでやるなら、舞台上は3階建て(上に3層)くらいの感覚で作ったものを今まで見てきた気がする。少なくとも2階建て的な。
ただ、唐十郎はテント芝居スタートだし、今回の『泥人魚』も背景で少し工夫していたが、基本的に1階(平屋)仕様で十分だった。また、アングラ特有の無茶ぶりで怪しい奴が変なことやってるぞ感も、小さな劇場の方が観客が臨場感を持って「こんな小屋に来るんじゃなかった、やばい」と感じられる気がした。テントとは言わずとも本多とか紀伊国屋とか。コクーンは広すぎて、やばい人間からの距離感があり過ぎた。人気俳優が出るし商業的な面もあるのか。
唐さんがそこでやりかったか。
批評しない演劇「批評」
……と、この辺まで書いて、ある媒体の批評を見たら「空間を生かした」と書いていて、「嘘だろ!」と内心叫ぶ。ええええええ。
で、後日、泥人魚を見た他の人と話したら、「テント芝居のままの演出だった。金さんがそのままやってしまった」という感想だった。
ほら(少し偉そう)、少し演劇見てれば、そう思う程度のことだ。
既存媒体の演劇批評はもはや「批評」できないのか。
自腹で見た自分の感覚をある程度信じたい。
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