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初めて人を頼ることを覚えたとき、新しい世界が見えた。

いつのまにか、高い所にあるものは
中学生の息子に取ってもらうようになった。

夕方、私が爆睡している間に、
黙ってさっさと用意して習い事に行くようになった。

夜、私が先に寝ると、電源と戸締りを確かめてから寝るようになった。

ああ、任せられるっていいな。



息子が生まれたときは、夫は出張で週の半分は家を空けていた。遠方だったため、夫と私のどちらの実家にも盆正月しか帰れなかった。

初めてのことばかりで慣れないこと、わからないことだらけだけど、自分でその場で判断しなければならなかった。だから、いつも気が張っていた。毎日同じことの繰り返しだけれど、よく泣く日もあれば、あまり寝ない日もある。その理由も同じじゃない。だから、昨日これでうまくいったから、というのが役に立たない。

そんな状態が何ヶ月か続くと、心のどこかがいつもぴんと張りつめたような、こんな状態を続けていたら、さすがに体が持たないと思うようになった。

ひとりでできることは限られている。


こんなことを思ったのは、生まれて初めてだったと思う。
今までは睡眠時間を削ったり、動作効率をあげるためにタイムスケジュールを見直したりしたら、どうにかできたのに。

私が倒れてしまうと、まだ授乳の必要な息子はどうなるのか。
出張ばかりの夫が有休をとることができるのか。
遠方の両親は近くの甥や姪の面倒もみていたし、新幹線で2時間の距離にすぐに駆けつけてもらえるかはわからない。

じゃあ、自分の体を守るしかない。
私の場合はどうすればいいのか。
気を張らずに過ごせることがいちばんの優先事項だった。

         *******

まず、近くの保育園で一時保育を利用することにした。
この園では「お母さんに用事がなくても休んでいいのよ」と、利用する理由を聞かれなかった。今思えば、それが本当にありがたった。あとで知ったのだが、仕事等の「預けないといけない理由」がある人が優先される園もあったからだ。

はじめて預けた日。自分ひとりしかいない静かな部屋で、涙が止まらなかった。肩から重いものが外れていったような身の軽さは、息子が生まれて以来初めて感じたものだった。

         *******

そして、この保育園に併設されていた子育て支援の遊び場に通った。
常駐の保育士さんは私の母の年代に近い人で、頼もしくて何でも聞いてくださった。いつのまにか、私は先生とお喋りをするために通うようになっていた。

その遊び場には、同じ月齢のお子さんがいつも何人かいた。
よく顔を合わせるママ達と仲良くなると、一緒にお昼ごはんを食べたり、家を行き来するようになった。

大人何人かと一緒に行動すると、楽になれる。
じゃあ、誰かと一緒にいる時間が長い方がいい。


そんな中、あるとき何人かの大人と一緒にいたら、ほんの数分でもホッとできることがわかった。大人の目が増えると子供を見る目が増える分、トイレに行ったりするのも楽になる。

そして、コーヒーが温かいうちに飲めた。

この頃、コーヒーを飲むことが唯一の「大人の時間」だった。それ以外は、Eテレの番組を観ながら、手に取る本も子供との会話も全部ひらがなだったから。今まで、当たり前のようにやっていた読書や動画鑑賞が遠い世界に感じていた。

コーヒーをゆっくり飲みたいという、私の個人的な事情とその意図を理解してくれた友人は、それから持ち回りで家に招待してくれるようになった。うちと同じでダンナさんの帰宅が遅いうちのママ友とは、これまた持ち回りで夕食を一緒にして、あとは「子供をお風呂に入れて寝かせるだけ状態」まで済ませたところで解散する日を作った。

ダンナさんが単身赴任だとか、親御さんが亡くなられたので頼る人がいないとか、皆それぞれの状況の中で、皆似たような思いを抱いていたことを知ることができたのもよかったと思う。大変なのは自分だけじゃない、と思いを共有できただけでも随分と救われた。

誰かと一緒にいたことで得られたもの。


この時期、人に精一杯頼りながら私なりに乗り切った。

実際には「人に頼る」というよりも、
「サービスを利用する」「誰かに一緒にいてもらう」という方が
合っているような気がする。
人に頼るのが上手な人は、もっと大きな声をあげて
もっとしっかり甘えると思う。

私はそこまでできなかった。これでも甘えているつもりだった。

それでも、誰かと一緒にいておしゃべりするだけでも、
一緒にコーヒーを飲んだり、ご飯を食べたりするだけでも、
日々の緊張感が薄れていた。
いつのまにか「今日は何を話そうか」「今日は何を食べようか」
と、ささやかな楽しみに変わっていった。
息子と一緒にいる時間も前と変わらないけれど、なんだか安心できる時間が増えてきた。可愛いと思える時間が少しずつ増えてきた。

寝不足は相変わらずだし、やっぱり読書もできないし映画も観られない。
相変わらず毎日バタバタしていて状況は変わらないけれど、
日々心の中が温かいのだ。

この温かさ。
ひとりでは得られない感覚。

この感覚があるだけで、
いつもドキドキしながら過ごしていた時間の中に、寛げる時間が作れるようになった。
いつもの何てことない日常の中に、ささやかな楽しみができた。

ひとりでいる時間が好きで、ひとりでいても苦にならない私にとって
初めての感覚だった。


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