練習ショートショート お題「階段」

 気づくと私の目の前には、幅の広い階段があった。白いコンクリートでできたそれは、真っ青な空へ向かってどこまでも続いていた。階段が示す目的地は、遠く青空の向こうに溶けて消えている。
 ふと、自分の姿をよく見ると、真っ白な薄手の着物を羽織っていて、すぐに死装束だとわかる。
 そうか、私は死んだのか。
 不満はなかった。むしろ生を全うした充足感が確かに私の中にあった。満たされた感覚と共に目の前の階段を見つめていると、どこからか声がした。
「登れ。この階段は天国へ続いている。天国へ行きたければ、一段いちだん登るのだ」
 私は反射で階段に足をかけていた。そこには何の疑問もなかった。私は階段を上り始めた。
 上り始めてすぐ、いくつかのシルエットが前方に見えた。それは腰が曲がっていたり、片足を引きずっていたり、背が小さかったりした。彼らもまた同じように天国へと続く階段を上っているのだろう。
 ふと、自分の姿をもう一度確認する。亡くなった時とは打って変わって、足腰は丈夫だし、体力はあるし、なにより体が軽かった。私はツイていた。
 のそのそと階段を歩く彼らを飛ばしながら進んでいくと、四本足のシルエットが前方に見えた。それは犬の形をしていた。
 思わず目をそらす。私はその昔、大型犬の赤子を捨ててしまったことがあった。みるみるうちに大きくなっていく彼が、怖くなったのだ。
 足裏に勢いをつけ、その影を目に入れないようにして、階段を上り、追い越した。すると、また前方に、今度も四本足の影が見えた。 
 しかし、やたら進みが遅い。近寄ってみると、それは人間の赤子だった。
 なんと酷な。こんなちびっ子まで登らせるのか。
 私は無意識のうちに彼を抱きかかえ、階段を上っていた。
 彼は軽かった。しかし、ある一段を上った瞬間、ずしりと彼が重くなった。慌てて抱きかかえ、もう一段上ると、今度は彼の背丈が伸びた。
 みるみるうちに、彼は重く、そして大きくなり、気づけば大人と何一つ変わらなくなっていた。
「おい、もう自分で歩けるだろう」
 私が口にしたその時だった。彼の全身の体毛があっという間にふさふさに伸びきったかと思うと、手足は柔らかくなり、耳は垂れ、しっぽが彼に生えた。
「やっぱりおまえさんは、俺を捨てるんだね」
 変わり果てた彼はそういうと、私の手元を離れ、階段を駆けていき、すぐに視界から見えなくなった。私の手元には、生暖かい感触だけが残り、私はもう、この階段を登れなくなった。

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