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SHANKがくれた「はじまり」とともに #磨け感情解像度


色褪せた青色のウォークマンの灯りを点ける。

アーティスト欄を開いて「S」の文字を追う。スマートフォンに慣れた指先は、嬉しそうなリズムでボタンを押す。カチ、カチ、カチ、カチ。部屋の隅まで、かすかに響く。

午前1時になったので、急いで電気を消す。だらしなく閉めたカーテンから群青色の夜空がきらめく。扇風機の風力を「弱」に設定して、なんとなく冷えてしまった体にふわっと毛布を被せ、イヤホンを耳に当てる。しっかりと塞がった耳に触れながら、ゆっくり目を閉じた。

どの曲を、再生しようか。


ーーーーーー大切な過去を遡るために、今日はSHANKを聴こうか。



*****


驚 嘆

高校生活にもすっかり溶け込んだ、16歳の真冬。暖房の効いた部屋の隅で、散らかった教科書と明日の提出課題をととのえる。椅子に立ったりしゃがんだり、階段を降りたり上ったり、とにかく体をバタバタさせる。

シュポッ。

身体がしっかり温もったことを確認してから、「先輩の、オススメの邦楽ロックバンドを教えてください!」とLINEで送った。

まばたきの回数が増えて目をこすり、しゅぽっと響いた送信音がこだまする。冷たいすきま風が、固まった表情をゆっくりなぞる。

ピロピロピロリン。

明るくなったスマホの画面で目が冴える。送信する前の右手の振動を訂正するかのように、先輩は快く受け入れてくれた。何度もLINEを立ち上げては、また閉じる。表情がほっと緩み、すきま風がやさしく部屋を包んだ。


後日、心臓の音をごまかしながら、先輩との合流を待った。風のように現れた先輩は、ブラウン色の厚い袋を軽やかに渡してくれた。すらっとした体格と、艶やかな黒髪。パッチリとした瞳と、透き通った声。どうしても眺めたいのに、目線はそらすばかりいた。

袋を大切に受け取る。しわしわのタワーレコードの袋でも良かったのに、なんて言えずに頑張って笑い、つま先を上下に動かし、あごを引いてみる。顔の半分を、ピンク色のマフラーが守る。こんな後輩に対しても丁寧に接してくれる先輩の優しさを感じ、つたない上目遣いでお礼を伝えた。夕陽に染まる廊下が、いつもより淡い色に反射していた。


駅に向かって、明るい制服が走る。家まであと40分か。中身は家に帰るまで開けないと決めていたので、いつもより帰路が長く感じる。それでもルーティーンは崩したくなくて、ウォークマンの灯りを点ける。定刻どおり到着した電車に乗って、適当な音楽を聴きながら、明日の課題を確認する。ツイッターを開く。友達のLINEを返す。立ったまま眠ろうとするが、気がつけばブラウン色の厚い袋を眺めていた。

最寄駅を降りて、大股で人々をすり抜ける。駅前の電照看板が心の奥まで照らしてくれてるようで恥ずかしくなったけど、乱れたマフラーを直しながら自転車置き場に向かい、家に向かって駆け抜けていく。毎日通る商店街は、相変わらずやわらかに佇んでいた。


やっとこさ家に到着し、部屋に入ると思わず正座してしまった。2回深呼吸して勢いよく袋の中を開けると、3枚のCDが入っていた。1枚ずつ、ニヤリと顔を近づける。しかし、1枚だけ違和感のあるCDがあった。


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ぜんぶ、英語?


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全部英語だった。なんだかおかしい。私がリクエストしたのは「邦楽」のロックだ。


眉をひそめてもう一度CDジャケットを見る。頭がクラクラして、理解に追いつけない。バンド名はまだしも、曲名に日本語がない。どこの国籍か分からない外人も写っているけど、もしかして洋楽?洋楽なのか?

私は確かに邦楽をリクエストした。先輩に送ったLINEと、CDジャケットを往復して睨んだ。渡してくれたときの先輩のにこやかな顔がぼやける。暖房の効いた部屋が鬱陶しくて、手のひらがじんわり汗ばんだ。

ここで疑問符を投げても仕方ないと悟り、このCDをプレーヤーに突っ込み、1曲目を再生してみた。


予想通り英語しか歌っていなかった。けれど。


心地良く耳に馴染んできた。どうしてだろう。約3分間の新鮮なメロディが終わっても、繰り返し聴いてみた。

CDの中身を覗くと、英語の歌詞とは別に和訳が載っている歌詞も入っていた。さらに歌詞カードの後ろまでめくってみると、バンドメンバーの紹介が載っていた。日本人の名前が3人載っていた。

日本人…?このバンド、邦楽?頭がクラクラして、理解に追いつけない。

けれど。他の曲以上に、このアルバムの曲を聴いていた。

「SHANK」というバンドらしい。急いで検索してみたら、「シャンク」と読むらしい。2004年に長崎で結成されたスリーピース・ロック・バンドらしい。ただの日本人だし、めっちゃローカルバンドじゃないか。

2日で飽きて、また別の音楽を探すんだと思っていた予想は見事にハズレた。歌詞はなんて言ってるか分からないけど、こんな心地良い声と歌い方があるなんてと、目がテンになった。深い海に潜りこんだような感覚が、なんだか違う世界線にいる自分に恋しくなって、繰り返し聴いていたのだ。

理由なんて、たったそれだけだった。


*****


メロディックハードコア・パンクロック・スカパンクというジャンルに出会った瞬間を思い出した。

今まで、Hi-STANDARDもELLEGARDENも知らなかった。ましてやONE OK ROCKも避けてきた。英語ばかり歌う日本人バンドのスタンスがよく分からなかった。

日本人は日本語オンリーでいいんじゃないの。日本語ってカッコイイじゃん。

今までの常識がひっくりかえった。未熟な女子高生の偏見をぶっ刺された痛みが、今ではしっかり活かされている。本当に、どこで何が変わるか分からないもんだ。


ーーーーーー「Keep on walking」を再生する。


SHANKが2012年にリリースした「Calling」の1曲目。あの日、先輩が貸してくれたCDが「Calling」で、繰り返し聴いていたのがコレだ。出会いを導いてくれた特別な曲なので、とても思い出深い。

普段の生活はもちろん、落ち込んだときや、勇気が欲しいときなど、「ケジメ」を付けたいときによく聴く。驚嘆した出会いをくれた大切な曲だからこそ、初歩の気持ちに戻れるKeep on walkingを聴きたくなる。純粋な応援歌は、私の中でコレしかない。

高音のなめらかさと、眠たくなるようなゆったりさこそ、美しいメロディだと思い込んでいた。しかし、哀愁が滲むKeep on walkingのサウンドにも、一層心を惹きつけられた。

淡々とリズムを運んでいくのに、サビでの「I'm sure the morning〜」の「I'm」の「ア〜」を気持ちよく放つ。そんな情緒的な箇所が交差していて、ぎゅっと抱きしめたくなるメロディなのだ。

さらに惹かれるのは「歌詞」。

サビの和訳に、何度救われただろう。

止まることを恐れるな
大地に根を張れ
嫌われることを恐れるな
俺は敗者だ
変わることを恐れるな
きっと新しい朝は抱きしめてくれるだろう
だから俺たちは歩き続けるんだ

この言葉を読むたび、私は希望を見つめ直している。

つい人は、成長するたびに自分が偉いと認識してしまう。そこで止まるのではなく、まだまだ「敗者な」自分を認め、チャレンジを恐れず学び続ければ必ず人は変わるのだと思う。もっと自分に向き合うべきではないかと背中を押してくれるメッセージだと感じている。

「きっと朝は〜」の部分が、「I'm sure the morning〜」である。ここに力がグッと込められている。しゃがんで泣きべそかく日が訪れても、新しい朝を信じ続けたい。絶望感に浸っても、この曲を背負って生きていきたい。押し潰れた想いに希望を持たせてくれる、そんな曲なのだ。

おっと。この文章を書いているうちに涙が出てきた。

次の曲を再生しよう。


*****


追 求

なめらかな陽春の風によって、先輩が卒業した。生ぬるい空と、先輩がいない校舎が虚しく映り、目線は下ばかり落としていた。

「頑張ってね」

風に溶けそうになったエールをゆっくり咀嚼した。すらっとした体格と、艶やかな黒髪。パッチリとした瞳と、透き通った声。居なくなったって夜を越えることはできるけど、そんな簡単に受け入れられないから。もどかしい声は届かぬまま、校門を駆け抜けてしまった。


電車に乗って帰宅する。ため息とともに頬杖をつく。窓を見ると、自慢の長いまつ毛が湿り、綺麗に塗ったリップの色が、弱々しく変色していた。ボリュームを2つ上げた「Keep on walking」を耳に投下する。17歳の新学期に向けて、もう一度希望を見つめ直すために。

傾いた顔をゆっくり前に戻す。電車から降りてトボトボ歩き、自転車に重いからだを乗せたが、いつの間にか家とは違う方向に向いていた。いつもの表情に戻るまで、家に帰ることはなかった。


あの日の卒業式から1ヶ月。

相変わらず学年が変わっても、耳がSHANKを求めていた。想像を超えた出会いと、届かなかった想いと、思い出を消したくない執心と、やっぱり投げ出したくなる悔いと、それぞれが張り合って交差していた気持ちはうんと騒がしかった。定刻どおり到着した電車に乗って、耳にSHANKを流して、ツイッターを眺めてはふと我にかえる。

「ライブハウスで、SHANKを観たい。」

気づけば強く願っていた。生の演奏が聴きたい。フロアを体感したい。この欲情を満たすには、ウォークマンでは足りない。また一度Twitterを開いて、SHANKの公式アカウントを開いては、絶望する。所々で爪をいじって、窓からの景色をぼんやり霞ませた。


悶々と待機していたある日、ついに、SHANKが新しいCDのライブツアーを行うと発表され、なんと地元の岡山もツアー箇所に入っていた。ゆるやかな波が一気に高く舞い、大きくゆれる波に乗り遅れないように、チケットを購入。体がくるくると回る。心が躍る。はしゃぐ大荒れの海が燦々と輝いていた。

ついにSHANKのライブが観れる!

カレンダーをめくり、予定をじっと見つめる。ほっと安堵の声が出た。授業課題、部活動、友達との時間、17歳の女子高校生の日常はスピーディーだ。先輩の卒業式が、僅かに透明な思い出として置き去りになっていたことすら、忘れかけていた。


数ヶ月経ち、ドキドキする間もなくライブの日が来た。ライブハウスの中に入り、視線をあちこちに散らかせる。キャパは250人くらいだろうか。ステージも天井も高いがフロアが横に長く、どこにいてもある程度、演者が観えそうな気がした。

客層は20〜30代か、背が高くガタイの良い男性が多い。ライブハウスに行ったことがあっても、こんな客層は初めてだ。後ろに振り返ると、タバコとお酒の香りで少し酔った。土曜日の夜の、アンダーグラウンドに彷徨った空気に触れ、なんだか悪い大人になった気分だった。


ゾワゾワな心を無視するかのように、会場が咄嗟に暗転した。SEと同時に観客の熱が一気に籠り、タバコとお酒の香りが徐々に薄くなってきた。瞬時にきらめく照明でまばたきを繰り返していると、SHANKのメンバーが1人ずつ順番に、のんびり登場してきた。

数メートル先に、SHANKがいる。

会場の空気とは反抗したかのようなマイペースな風格に、頭がクラクラして理解に追いつけない。バンドってもっと、観客を煽って盛り上げるものだと思っていたのだが、そんな気配を感じない。


しかし、音を放った瞬間、フロアが燃え盛った。

バチバチにぶつかる演奏と照明、そして観客。まるで戦闘のような景色がなだれ込み、それぞれの汗が飛び散ってフロアに滲んでいく。頭がクラクラして、理解に追いつけない。衝撃的な温度で、ライブが進んでいく。



音楽とともに、人が人の上に乗って踊っている。周りに合わせて拳をあげる。握りしめた右手からじんわり異臭が漂う。誰の汗なのか分からない。隅から隅まで声が渡っていき、慣れない空間の中、爪先立ちでステージを直視して、独特の異臭をグッと耐えるばかりいた。けれど、SHANKの音楽が肌をつたっていったことを実感しては、笑顔が徐々に戻ってきた。


前半ブロックの演奏が終わった。SHANKのMCが始まろうとする。真剣な眼差しの数々が会場の空気を紡ぐ。鎮まっただけ、またもや異臭が気になってきた。喉が乾かないように、唾を飲み込んで体幹を整える。

どんなことを言うのかと妄想した自分の期待を、ぶん殴りたかった。

下ネタばかり言っていた。

SHANKが羅列した言葉は、17歳の女子高生にとって、隠れたいほどの過激さが絡んでいた。またもや頭がクラクラして、理解に追いつけない。

思考の整理を誰かに委ねたかったが、息継ぎをする間もなく後半ブロックが始まった。少し前の方に行くと、何かにぶつかった。ジリジリと鼻先が痛み、そっと後ろに下がる。

初めてココが「危険な場所」だと察した。頭がクラクラして理解に追いつけないことが、定番になった。



混乱しているうちにライブが終了した。思っていた以上にあっさりした余韻だった。

数分前に観た、きらびやかなステージがモワモワと頭をよぎる。

周りを見渡すと、楽しかったね、カッコよかったね、あの曲やらなかったね、各々の声が夜の繁華街に響いていた。ライブスタッフの「立ち止まらず帰ってください」という掛け声で、だんだんと観客の感想が遠のく。

またいつもの夜に戻る。私もいつもの家に帰る。また日常が始まる。

SHANKはいつも、期待の裏側をすり抜ける。多くの心を弄ぶ。

そんな彼らを、どうしても追いかけたくなった。


*****


初めてSHANKのライブを観たあの日の衝撃が、未だに感触として残ってる。「演奏がかっこよかった」「もっとライブに行きたい」という余韻より、「ふざけ倒すMC」の印象のほうが強い。初めて見たときはふざけいるのかと思っていたが、アレが彼らの「素」であることは、時が経ってから気付いた。

それでも追求したくなるSHANKの「魅力」が、今では私にとって大きなエネルギーなのだ。


ーーーーーー「Set the fire」を再生する。


先ほど再生した「Keep on walking」と同じく、こちらもSHANKの中では情緒的だ。「fire」が入っているとおり、炎の儚さが伝わるサウンドである。

しかし、Keep on walkingと違うのは、「歌詞の中身の無さ」である。というのも、SHANKの歌詞は全体的に、歌詞に意味を持たせず、「語感の良さ」で決めるそうだ。もちろん意味が通じない単語を並べても歌詞にはならないので、なんとなく意味は通じるものにするのだそう。

昔話は聞きたくないから
声を聞かせて
それが唯一の方法
写真を撮って壁に飾ろう
火を灯せ 火を絶やすな
朝が来るまで

Set the fireについて聞かれたインタビューの答えは以下の通り。

友達とよく焚火をするんですけど、その時にできた曲です。朝まで火を絶やすなって言う曲です。

確かに淡白といえば淡白だ。Set the fireはもちろん、他の曲もほとんど意味を持たせていない。インタビューの答えも淡白である。

しかし、多くのことを語らず、歌いたい音楽を歌いたいだけ歌うスタンスが、やはり自然体でカッコいい。歌詞にあまり意味を加えないことで、聴く人の想像力を掻き立て、それぞれが意味をつけることができる気がするのだ。


歌詞の中身が無いのに、それでもメロディが映えている。ゆっくりと光が差し込むようなイントロにいつも胸を掴まれ、道を外した情熱をサッと沈着させるメロディ。SHANKは速い曲が多いからこそ、ライブの定番曲として変わらず輝いているのかもしれない。

ライブのとき、トップにくるSet the fireは、朝陽を浴びるような清々しさを感じる。後半にきたときは、夕陽が沈むような切なさに呑み込まれる。ライブの曲として、表情が豊かだ。まったく飽きない。

速い曲が多いと言いつつ、速い曲を流していないことに気づいた。夏の夜は情緒的なメロディが合うからさ。

次の曲を再生しよう。


*****


熱 望

18歳の春。走っても追いつかない地平線のような、遠い話だと思っていた卒業式当日が訪れた。ぬくぬくとした風が頬に突き、こんなにもあっさり到着するこの日にキョトンとした。

制服を着て電車に乗り、左ポケットにウォークマンを忍ばせることもこれが最後になるのか。そんなことを考えながら、じっと電車を待つ。

定刻どおり到着した見慣れた電車が、少し褪せた色味に見えた。乗車した瞬間の1曲目に「Keep on walking」を流して、スマホを覗く。ツイッターのタイムラインはいつもより華やかだ。瞬きを繰り返す。反射する午前8時の光が、今までで一番眩しく感じた。


卒業式が、さらりと終わった。

校舎を駆け回り、親しい友達や先生と会うたびに写真を撮って、画面を確認すると、並んだ顔がきらきらしていた。達成感あふれる顔、なにか満足げな顔、キリッと大人びた顔。涙が混じりながらも、うんと晴れた外の空気にとてもよく似合っている顔ばかりだった。

それぞれの道に行っても、これらの笑顔が消えませんようにと小さく呟き、校門を駆け抜けた。


特に18歳になってからSHANKのライブをよく観に行った。さっき撮ったばかりの写真を確認しつつ、過去のライブの思い出写真をたどってみる。小さなライブハウスから、大きなフェス、地元はもちろん、日帰りできない場所にまで、身体中がSHANKの音を追いかけていた。

それでも欲情は止まらない。卒業してから社会人になる前の1ヶ月間の春休みに、SHANKがツアーを行なうのだ。細い財布とにらめっこしながら、5カ所行くことに決めた。このツアーでしっかりSHANKのライブを浴びよう。こんな楽しい春休みはもう人生で来ない気がするんだ。またいつものように、SHANKを音楽を聴き、すっかりオタクな人生を謳歌していたのだ。


5カ所行った最終日のライブのこと。

開場すると、たまたま最前列の下手側、Ba/Vo.将平さん側につくことができて嬉しくなったのと同時に、今日で「私のSHANKのツアー」が終わってしまうんだと虚しくなっていた。最前列にある転倒防止の柵をギュッと掴み、止まったままの照明が青く映っていた。

ステージに向かってたそがれていると、後ろから騒がしい声と晴れやかな表情が集まってきて、ライブハウスらしい空気に仕上がっていく。徐々に自分の体が柵に近づき、ピタッとくっついて動けない。今日ってこんなに人が多いのか。

この空気感が、時間の経過を恨んでしまうくらい、いとおしい。刻々と動く時間が、私たちの鼓動を加速させていく。初めてSHANKを見たときの「ゾワゾワさ」はとっくに無くなっていて、体はもうライブハウスに慣れ親しんでいた。だけどたまに思い出すのは、初心の頃の思い出だった。


会場が咄嗟に暗転した。SEと同時に観客の熱が一気に籠り、変わらずSHANKがマイペースに登場する。同時に後ろからの人々が前に詰め、柵に当たる腰に痛みが走る。スピーカーが近く、音が鼓膜をブチ抜いていき、心臓まで轟かせる。約2時間、コレに耐えねばならない。

しかし、メンバーの表情や目線、髪の毛や輪郭や腕の血管、楽器の色味、ステージからの熱気、明るすぎる照明、後ろからではまともに見えない細部がしっかり見えるのが「最前列」だった。そこにいる自分は、たっぷりの優越感に浸っていた。



フロアが燃え盛る。

変わらない戦闘のような景色にもすっかり慣れ、この空気に安心感を覚えてしまった。体を保たせるようにギュッと柵を掴んでは、SHANKの魅せるライブにずっと見惚れていた。このあと起こる、強烈な体験をすることも知らないまま、じっと前を観ていた。




後半のMCの時のこと。将平さんがいつものように、マイペースに、観客に向けて喋っていた。

「今日はありがとうございましたー。なんか言いたいことある人いる?」

会場が鎮まりかえった。


何を考えていたか、まったく覚えていない。

ただ、私にとってこれが最後のツアーで、高校生活をたくさん支えてくれたSHANKの音楽になにか余韻を残したくて、高校生活を終えた自分にお疲れ様って言いたくて、これらかの社会人生活に希望を持たせたくて、ええっとあと、出会えた先輩にもお礼が言いたくて…?

ごっちゃごちゃに混じった心の反動で、なぜか自分の右手が挙がっていた。


私の右手に気づいた将平さんが言う。


「はい、どうぞ。なんかある?」


私の右手に、視線が集まった。前しか観ていないはずなのに心の目線が揺れ動く。右手の振動が治まらない。

どこを見れば良いのか分からない。どうしよう、どうしよう。手を挙げてしまった。あれ、私、当てられた?どうしよう、どうしよう。

息を飲み込んで、小さく深呼吸して、将平さんの目の少し上にピントを合わせて、大きく口を開ける。


「3月に高校卒業したんですけど、あの、えっと、卒業祝いにKeep on walkingが聴きたいです!」


会場がさらに鎮まる。

会場の空気が、震えた声をしっとりと包んでいく。


「おお、卒業おめでとう!名前なんて言うん?」


「あ、えっと、えっと、ゆかって言います。」


「ゆかちゃん〜!ちゃんゆかに贈る、Keep on walking!」


Keep on walkingが始まった。


いまだかつてない、予想もしていなかった展開に、頭が何ひとつ、つていけない。


え?私の名前を呼んでくれた?

そして、私のリクエストが通った?

一体、どういうことだ?


Keep on walkingが、会場中に響く。


ずっと掴んでいた柵に、ポタポタと涙が染み込んでいた。赤っぽい頬に手を添えて、ただただ前を向く。照明が一気にきらめく。会場の熱気がさらに燃え盛る。このドキドキが天井まで届いている気がして、いますぐフロアのど真ん中へ逃げてしまいたい恥ずかしさがあった。


先輩からCDを受け取った、あの日を思い出す。


初めてKeep on walkingを聴いたあの日を思い出す。


SHANKの音楽に魅了された日々を、思い出す。


湿気でペタっと貼りついた前髪をさわりながら、全身で歌を吸収し、熱くなった瞳に今日という日をしっかり焼き付けた。自惚れだと思うけど、何度か将平さんと目が合った。

今まで聴いたKeep on walkingの中で、いちばん心に響いた。いつか命が終わるなら、この体験をギュッと抱きしめて目を閉じたいと思った。


*****


3年前の、広島でのツアーのことだった。こんな強烈な体験はもう二度とないんじゃないだろうか。この体験が今の人生のエネルギーとなっていて、色褪せない思い出として大切に閉まっている。思い出すたびに、ちょっと顔が綻ぶ。

SHANKのMCはかなり適当だ。ロックバンドでよくある「勇気づける系のMC」がほとんどない。将平さんは「喋ることないんよね」と言って、メンバーや観客に向かって「何か言いたいことありますか」と振ることがある。そこで、観客がやってほしい曲のリクエストに応える時がある。けれど頻繁にリクエストに応えている訳ではない。気分で応えている印象が強いし、できない曲は「できません」とハッキリ応える。

Keep on walkingは、ライブ定番曲ではないが、稀にやる曲である。

偶然なのか、神様のいたずらなのか、それとも積み上げてきた私の熱望なのか、それは将平さんに直接聞かないと分からないけれど、特別な曲であるKeep on walkingを、自分の声で「聴きたいです」とリクエストできて、演奏してくれたことが本当に奇跡である。


ーーーーーー「Two sweet coffees a day」を再生する。


ふと切り替えて、ノリノリの曲を流そう。頭が冴えて眠くなくなってしまうが、そんなことは気にしない。Keep on walkingと同じアルバムに入っている、Two sweet coffees a day。

1日に甘ったるいコーヒーを二杯
それと何かギトギトした食べ物をくれよ
それ以上は望まないから
ベッドは狭いけど、快適だよ

またもや淡白といえば淡白な歌詞だが、それ以上にメロディが勇敢だ。

豊富な疾走感をたった2分20秒のなかに収めている。同じ歌詞が繰り返されるているにも関わらず、曲調がバラバラなのに統一感が保たれている。

なんといっても、Two sweet coffees a dayをライブで聴くのがたまらない。「ジャジャッ」というイントロドンで跳ね上がって顔がブスになる。会場全体の偏差値が2になる。そしてとても細かいが、「I try and try to understand myself〜」の歌い方を変えていて、エンターテイナーで魅力的だ。

「長い曲は飽きるから嫌い」と公言しているほどの飽き性を、逆手にとって武器にし、思わず「天才かよ」と嘆いてしまう曲である。


*****


さまざまな日々が蘇ってきた。毛布を被せても目が冴えていたのに、だんだんと眠たくなってきた体を、あともうひと踏ん張り起こして、改めてSHANKの魅力を振り返ってみる。


SHANKの魅力は、けっこう分かりにくい。ファンとして何言ってんだろう?

でもね、観れば観るほど、聴けば聴くほど、

分かってきたことがある。

一番惚れ込んでいるところは、Two sweet coffees a dayでも触れた、SHANKの「歌い方」なのかもしれない。

音楽やライブが好きな人はよく歌詞を重視する人が多い気がする。という私も、SHANKに出会う前までは歌詞を重視していた。歌詞に共感した曲にはよくハマっていた。

しかしSHANKは歌詞をあまり重視せず、「語感」「気持ちよさ」を重視するのびのびとした音楽を創って、歌っている。その姿をライブで見るこっちまで気持ちよくなる。特に濁点の発し方が綺麗で、うっとうしさを跳ね除け、まさに気持ちよく歌えるように微調整をしているのではないだろうか。

そして音域も広く、高い音を歌うときの声も一層美しい。裏声を使うというより、そのままの声を大空に向かって放つような、瑞々しい歌声で歌う。

メロディがスラスラとからだ中に浸透し、気が付いたときにはノっている。そんな音楽をあまり通ってこなかった私は、自分の音楽観に「革命が起きた」のではないかと感嘆した。

他には、いい意味で「気取らない」ところだろうか。今のSHANKの髪色は黒で、白か黒のTシャツに半パン。シンプルだが、あまりにも普通すぎて華がない。MCも歌詞も言葉を多く語らず、いつだってマイペース。なのにライブで奏られる熱量はいつも力強く、年に200本おこなったことがあるなど、生粋のロックスター魂がある。

だからこそ私は大声で、SHANKの音楽の魅力を伝えたい。とか言いつつ、夜の暗い時間にボソボソ言うなんて、と思うかもしれないが、広めたい想いより、私はSHANKのファンですと証明しただけなのかもしれない。それだけでもいいじゃないか。ファンのスタンスに正解はないし、広め方にも正解はない。

そして私は、SHANKがくれた音楽をこれからもずっとずっと大切にしたい。これはもう、何時間語っても、何字綴っても、足りない想いなのだ。それだけSHANKは偉大で、とっても美しい。


真冬に出会ったSHANKの音楽がいつの間にか、あたたかい春のような、たくさんの「はじまり」をくれた音楽になった。

そのはじまりはいつだって私の原動力となり、今の人生を紡いでくれた。これからも、SHANKの音楽と辿ってきたエピソードを大切に抱きしめて、挫けそうなときが来ても、どうかあたたかい陽の差すほうへ、ともに歩き続けたい。




*****


うーんと次は何を再生しよう。

カチ、カチ、カチ、カチ。おっと。ウォークマンを確認すると、電池マークが点滅している。相変わらずバッテリー消耗が早い。

もう一度、ゆっくり目を閉じる。

色褪せた青色ウォークマンの灯りを消し、いつの間にか、幸せな夢のなかへと潜っていった。





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