キラキラと輝いてるのを見てくれよ
温泉街のアーケードをくぐっただけで、泣きそうになった。
新居から車で約5分。私にとっての小さな観光地が、『近所』に昇格したと自覚して胸が踊った。
ここの温泉に来るたびに「ポイントカードをお持ちですか」と、朗らかな顔で聞いてくれる受付のおばあちゃんがいた。
いつも断っていたのに、やっと、作った。やっと、作れた。
私は移住して、スタートラインに立てた。
引っ越して1日目。引っ越し作業の疲れを取るために温泉に来たはずなのに、もしかすると『近所』であることの確認をするために来たのかもしれない。
不安混じりの身体は、すべてあたたかいお湯が流してくれた。
ーーー
田舎暮らしをしている人、あるいはしていた人なら、飽き飽きする空気なのかもしれない。近くにある田んぼを嫌い、虫の鳴く夜から耳を塞いでいるのかもしれない。
若者だとなおさらそう思うだろう。高校を卒業して田舎に行きたいという人はあまり聞かない。
なんやかんやで人間は、都会に人間を流していく。どんなに地方が頑張っても、インターネットが普及してリモートワークが発達しても、得られるものが多いのは都会なのだ。
私もずっとずっと都会に住みたかった。都会に住めば人格が大きく変わり、充実した人生を送れると思っていた。
でもそんな尖った感情は、夕焼けに染まる穴道湖を眺めているうちに薄くなっていった。
あなたならできるよ。
そう微笑む表情で私を見ていてくれたような気がした。
晴れた日なら必ず観ることができる穴道湖の夕陽が、まちじゅうを遠くまで癒してくれる。いつか来る暗闇に飲み込まれそうになったら、この夕陽を観るんだと誓った。
ーーー
島根県出雲市に移住して1週間が経った。
すずしい風を思いきり吸って、右に、左に、あたりを見渡しながら、ゆったりと流れる新建川沿いを歩く。国道を走る車や、たった2両しかない電車の音が清々しく響いた。
少しずつ、少しずつ、この街に溶け込んでいく。
私だってこの町から、穴道湖のような、立派な夕焼け色のように輝きたいんだよ。上京だけが全てじゃないと、この町から証明させたい。
自分が選んだ道を『正解』にするんだ。
小さな田舎町でも、キラキラと輝いてるのを見てくれよ。
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