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支えてくれるもの、頼みとするところ



 わたしが19歳の時に癌で亡くなった父との思い出の話。
 父の好きなもの。サーフィンと海、川遊び、金魚や小魚を水槽で飼うこと、レゲエ、稲中卓球部、ゴルゴ13、少年漫画、ワンピース。子ども目線から見ても、子どもとの距離が近い、愉快で楽しい父だったと思う。平日は普通に会社で働き、とても忙しそうだったけど、土日は毎週のように、子どもたちを川や遊園地や外食に連れて行ってくれて、一緒に遊んだ記憶も多くある。

 父が病気で入院する前だっただろうか、ワンピースのDVDが欲しいと話していたことがあった。当時家族の中で、子どもの方がネットに強く、通販で買って欲しいとのことだった。「えーめんどくさいなぁ」と普段の感じで流してしまい、すぐに買ってあげることは出来なかった。

 入院中のクリスマス間際、ワンピースのDVDを欲しがっていたことを思い出し、クリスマスプレゼントで買おう!と決めた。わたしはワンピースをあまりちゃんと観ていなかったので、父に直接DVDのどの巻が欲しいのか聞きに行った。その頃の父は高熱にうなされることも多く、常に辛そうだった。けれど、必死に絞り出したような声で、「エース、インペルダウン」と教えてくれた。

 その後容体が悪化し、父は声を出せなくなった。つまり、わたしと父の最後の言葉での会話は、ワンピースのDVDの欲しい巻数を教えて貰った時で、最後に聞いた父の声は「エース、インペルダウン」なのだ。こんなに好きだったのか、と思うほど、入院中はずっと病室でわたしがあげたワンピースのDVDを観ていた父。主人公ルフィの兄貴分であるエースが亡くなる話は、何となく知っている。自分も死ぬかもしれないという時期に、どんな気持ちでエースとルフィの別れを観ていたのか、わたしには理解することはできない。心身共に辛かっただろうに、声が出せなくなっても、父は最後まで、明るい父であろうとしてくれていたと思う。父が最期に心の拠り所としていたもの、大好きな作品「ワンピース」であったことを、忘れない。

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