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刑事訴訟法改正点の概要~GPS端末装着で被告人の海外逃亡は防げるのか?~

編著者:King&Wood Mallesons法律事務所 
弁護士 加藤 賢(東京弁護士会所属)
弁護士 須貝周平(第一東京弁護士会所属)
弁護士 杉本茉永(第一東京弁護士会所属)

1.はじめに

 皆さんは、2019年末、海外渡航の禁止等を条件として保釈された被告人が、保釈中に海外に逃亡した事件について覚えていますでしょうか?

 この事件をきっかけの一つとして、保釈下にある被告人の逃亡を防止するための対応策について、新たな制度の創設がより声高に叫ばれるようになりました。

 そして、2023年5月17日、保釈中の被告人に対してGPS端末の装着を義務付けることを可能にする規定を含んだ刑事訴訟法の改正案(以下「改正法」といいます)が可決され、今後5年以内に施行される予定となっています。

 GPS端末の装着義務と聞くと、海外のように、裁判で有罪が確定した性犯罪者に装着させるイメージを持っている方も多いかもしれません。しかし、今回の改正では、有罪が確定する前の、保釈中の被告人のみが対象となっています。

 今回の記事では、改正法の概要、特にGPS端末装着命令制度について解説していきたいと思います。

2.改正法の概要

 今回の改正の主な目的は、被告人の公判期日への出頭を確保することにあります。この目的を実現するため、改正法ではいくつかの制度が創設されました。例えば、以下の①不出頭罪や②制限住居離脱罪の創設です。

① 不出頭罪は、保釈又は勾留の執行停止(以下「保釈等」といいます)を受けた被告人が、正当な理由もなく裁判期日に出頭しない場合等に2年以下の拘禁刑を科すものです。
② 制限住居離脱罪は、一定期間を越えて住居を離れることを禁止する条件付きで保釈等を受けた被告人が、正当な理由なくその条件に反した場合に、2年以下の拘禁刑を科すものです。

 これらの制度以外にも、保釈等をされている被告人に対する報告命令制度や、被告人の監督者制度も創設されました。
そして、被告人の海外逃亡を防ぐための制度として注目されているのが、次の3.でご説明する、GPS端末装着命令制度です。

3. GPS端末の装着を義務付ける規定

 冒頭にも記載したとおり、この制度は被告人の海外逃亡防止策として導入されたものです。その概要は次のとおりです。

⑴ GPS端末装着命令

 改正法では、裁判所は、保釈等を決定する際に被告人が国外に逃亡するおそれがあると判断した場合、これを防止するため、被告人に対してGPS端末を装着することを命じることができます。

 GPS端末装着命令が出されると、被告人は、保釈等がなされた後も、裁判が終わるまでの間、日常生活の中でGPS端末を装着し続けなければなりません。

 もし、GPS端末を装着した状態で、裁判所が定める「所在禁止区域」(例えば、空港などの被告人が海外逃亡可能な施設)に立ち入ったり、GPS端末を外したりした場合、GPS端末が違反行為を検知して、裁判所に被告人の位置情報を通知します。裁判所から連絡を受けた捜査機関は、被告人の位置情報を確認して、被告人の身柄を拘束します。これにより、被告人の海外逃亡を防ぐことができるという構造が想定されています。

 しかし、実際には、GPS端末が違反行為を検知してから捜査機関が現場に駆け付けるまでには時間的な間隔があります。そのため、被告人が事前に入念な準備をしたうえで海外逃亡を図った場合に、被告人の海外逃亡を防ぎきれるのか疑問が残ります。

 GPS端末装着命令制度の実効性を確保するために、どのような運用が行われるのか、今後の課題といえるでしょう。

 なお、上記の他にも、違反行為が行われた場合には、1年以下の拘禁刑が課される可能性があります。

⑵ GPS端末の形状

 改正法は、今後5年以内に施行されることになっていますが、現段階では、実際にどのような端末を装着させるのか決まっていません。

海外において、アメリカやイギリス、韓国などのいくつかの国では、保釈中の被告人に対してGPS端末を装着させ、位置情報を取得する制度を採用しています。

 例えば、韓国では、裁判所が、保釈の条件として被告人に対してGPS端末を装着することを命じる制度があります。被告人が装着するGPS端末は、大きめのスマートウォッチのような形状で、被告人の足首にこれを装着します。

 日本ではどのようなGPS端末が採用されるのか、装着方法はどのようになるのか等、今後、詳細が検討されてゆくものと思います。

⑶ GPSの位置情報の閲覧制限

 裁判所が、被告人に対してGPS端末の装着を命じた場合も、いつでも被告人のGPSの位置情報を閲覧することができるわけではありません。

改正法では、被告人のプライバシー保護のために、裁判所がGPSの位置情報を閲覧できるタイミングが制限されることになっています。

 しかし、具体的にどのような制限を設けるのかという点については、現在検討中となっています。

4. 終わりに

 今回の改正では、GPS端末装着命令の対象は、海外への逃亡を防ぐ必要がある場合に限定されています。そのため、国内での逃亡を防ぐ必要がある場合はGPS端末装着命令の対象とはなっていません。

 しかし、今後、GPS端末装着命令の実効性が確認されれば、さらに対象が拡大する可能性があります。

 位置情報は人のプライバシーに関わる重要な情報です。GPS端末の装着によって、常に公的機関に居場所を監視されながら日常生活を送ることを余儀なくされる被告人のストレスは決して小さなものではありません。特に、改正法は、裁判で有罪が確定する前の被告人に適用されます。その中には、えん罪で起訴された人もいるかもしれません。GPS端末装着命令の対象拡大については、慎重な検討が必要になります。

 他方、別の見方もできます。つまり、今後、GPS端末装着命令の対象が拡大した場合、GPS端末の装着と引き換えに、これまで逃亡のおそれありとして保釈等が認められてこなかったようなケースでも、保釈等が認められるようになる可能性があります。

 他にも、性犯罪者に対してGPS端末の装着を義務付ける制度の導入も現実味を帯びてくるかもしれません。

 このように、今回のGPS端末装着命令制度の導入は、今後の実務に大きな影響を及ぼす可能性を秘めています。プライバシーの保護と逃亡防止、という2つの要素のバランスをどのように実現していくのか、今後の重要な課題だと思います。


参照:法務省「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」
https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00197.html
法務省 法制審議会刑事法(逃亡防止関係)部会「諸外国におけるGPSにより被告人の位置情報を取得・把握する制度の概要」(https://www.moj.go.jp/content/001342412.pdf

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