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IT業界冬の時代、Googleでも退職勧奨~注意すべきポイントと裁判例~

編著者:King&Wood Mallesons法律事務所 
弁護士 山本雄一郎(第一東京弁護士会所属)
弁護士 岸知咲(第二東京弁護士会所属)
弁護士 志村翼(第一東京弁護士会所属)

1.はじめに

現在、アメリカのIT業界では、不況の影響で、大幅なリストラが行われています。

米Googleは、今年の1月に、世界で約1万2000人の従業員を削減すると発表しました。

また、今月9日の新聞報道[1]によれば、Googleの日本法人において、「退職勧奨」が行われたようです。

この点、日本においては、法律上、リストラ(整理解雇)のハードルは高く、景気が悪くなったからといって、簡単にリストラは認められません。そのため、日本の会社が、人員削減をする際には、「退職勧奨」という方法がとられることが相当程度あります。

しかし、特に、外資系企業の日本法人などは、こういった、日本の方法に不慣れな面もあるかもしれません。

そこで、今回は、Googleの日本法人のニュースにも出ていた、「退職勧奨」とは、一体どのようなもので、どういった点に注意すればよいのか、説明していきます。

2.退職勧奨とは?

退職勧奨とは、会社が社員(労働者)に対して、会社を辞めてもらうように依頼(お願い)することです。社員は退職勧奨に応じて会社をやめることもできますし、断って会社に残ることもできます。

このように、退職勧奨は、あくまでお願いであって、解雇のような一方的に契約関係を解消するものではありません。そうすると、一見して、退職勧奨の実施について法律上の問題はないようにも見えます。

しかし、退職勧奨の方法や内容が、常識的に認められる範囲を超えたものである場合、違法と判断される可能性がある点には注意が必要です。会社が違法な退職勧奨を行った場合、状況によっては、対象社員に対して慰謝料などの賠償責任を負うことがあります。また、場合によっては、労働者の退職の意思表示が無効・取消しになるリスクもあります。

3.退職勧奨の適法性

 退職勧奨は、常識の範囲内で穏便に行われれば、特に問題はありません。違法となるのは、退職勧奨の方法や内容が常識的に認められる範囲を超えている場合です。では、実際の事件において裁判所は、具体的にどのような点を考慮して、退職勧奨の適法性を判断しているのでしょうか。この点について、参考となる裁判例をご紹介します。

下関商業高校事件(最判昭55年7月10日労判345号20頁)は、退職勧奨が違法となったケースです。

【事案】

市立高等学校の男性教諭2名(X1、X2とする)が、退職勧奨の基準年齢になったとして、初回の勧奨以来一貫して応じないと拒否しているにもかかわらず、執拗に退職を勧奨されたことを理由に、市などに損害賠償を請求した事案。

【退職勧奨の態様】

  • Xらは、一度退職勧奨を拒否したのにもかかわらず、退職勧奨が繰り返された。

  • X1については約2ヶ月の間に11回の出頭命令を受け、そのうち10回退職勧奨を受けた。

  • X2については、約3ヶ月の間に13回の出頭命令を受け、そのうち11回退職勧奨を受けた。

  • 退職勧奨は、1人ないし4人の勧奨担当者によって、1回につき短い時でも20分、長いときには2時間15分行われた。

【判決概要】

  • 今回の退職勧奨は、多数回かつ長期にわたる執拗なものであり、許容される限界を越えている。

  • そのうえ、退職するまで続けると述べて、限りなく勧奨が続くのではないかとの心理的圧迫を加えたものであって許されない。


日本アイ・ビー・エム事件(東京地裁平成23年12月28日、東京高裁平成24年10月31日労経連2172号3頁)は、退職勧奨が適法と判断されたケースです。

【事案】

リーマンショックの影響で業績の悪化した会社が行った退職勧奨について、その対象となった従業員4名が会社に対し損害賠償を請求した事案。

【退職勧奨の態様】

  • 退職勧奨に伴い退職者支援制度を用意した:

①退職者に対して退職金に加え最大で15か月分の月額給与相当支援金を支給する。
②退職者が自ら選択した再就職支援会社から再就職支援を受けることにつき、再就職実現まで会社が全額費用を負担する。

  • 退職勧奨を実施するうえでの留意事項を定めた:対象者の基準、対象者とのコミュニケーションに関する注意事項、勧奨担当者に対する研修

  • 退職勧奨を拒否した対象者について、拒否後も面談が行われているが、これは会社からの業務改善要求であることを確認したうえで実施されている等の経緯がある。

【判決の概要】

  • 退職勧奨の対象者を選ぶ基準が合理的であった。

  • 対象者が退職に消極的な意思を表明した後も、勧奨が引き続き行われているが、対象者の中には、⾃分の置かれた位置付けを⼗分に認識せずにいたり、充実した退職⽀援を受けられることの利点を⼗分に理解していないものが存在することは否定できない。対象者の業績を踏まえると、充実した退職者支援制度を推奨することは当然のことであり、引き続き勧奨が行われていることだけで違法とはならない。

  • 自分の置かれた状況や退職支援について十分に検討したうえで、明確に拒否した対象者に対しては、その後退職勧奨は行われていない。

4.理想的な退職勧奨

上記の裁判例を踏まえると、いくらお願いと言っても、安易に退職勧奨をするのではなく、事前準備の上、慎重に進めることが必要です。

具体的には、次のような退職勧奨が実施されることが理想的です。

・業績不振といった合理的理由に基づき退職勧奨の対象者を選んでいること。

・退職勧奨対象者に支援制度を設けること。

・退職勧奨を行う際に注意すべき事項を社内で定めること。特に、心理的圧迫にならないような対応方法(面談の回数、時間、担当者の人数)について、あらかじめ十分に検討し、マニュアル化するなどしておくこと。

・対象者が退職に消極的な意思を表明した後に行われる面談は、対象者に退職しないデメリット、退職するメリットを具体的かつ丁寧に説明し十分に理解させるために行われるものであること。

・対象者が退職について十分に検討したうえで拒否した場合には、勧奨をあきらめること。


[注釈]
[1] 「Google、日本で退職勧奨進む カギは『回避努力』」日本経済新聞(電子版)、2023年4月9日https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC281A20Y3A320C2000000/


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