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文化祭の撮影。人の営みを実感。

(タイトルの写真は私が撮影したものではありません)

みなさんこんばんは、カワハラユウヤです。

福岡県のとある写真館にてカメラマンをやっております。

今日は、文化祭の撮影でした。撮影で感じたことなどをお話しようと思います。

撮影は楽しかった。ごはんも食べれて満足。

まずは撮影そのものについて。

実を言うと文化祭の撮影は昨日と今日での2日間でした。

昨日が校内での発表と準備、今日が一般公開という感じでした。

両日撮影に行って、昨日は朝から夕方までいたので結構疲れました。

今日は朝から午後まで。

でも二人体制で臨んだのもあり、結構余裕のある撮影ができました。

お昼ごはんを撮影の合間に食べたり、昨年度に卒業した子たちに会ったりと純粋に楽しめるものでしたね。


さて、そんな撮影だったのですが、ふと感じたものがありました。

「文化祭って、人の営みに似てる」ということです。

文化祭は社会の縮図?

露店がたくさんあって、売り子は食べ物を販売し、お客さんは選んで買っていく。

展示を行い、そこに人が来ては見て、感想を書いていく。

体育館ではファッションショーがおこなわれている。

・・・

なんというか、現実社会に似てません?


各々が各自やりたいことをやって、それをアピールしてお客さんに来てもらう。


これってお店、美術館や博物館、イベント、それらと構造的には同じですよね。

それに気づいたら、「文化祭も高校生のこれからの人生経験の一端を担っているんだな」と感じました。

学校内という小さな世界ではあるのですが、そこでみなが一生懸命やれることをやっている。実にいい事だと思います。

実は現実社会も文化祭も作りは似たものだということですね。

責任だとか、売上だとか、そういうところは違いますけどね。本質は一緒かなと。

体育祭は一致団結、文化祭は個性重視

学校の二大行事とも言えるこの2つ。

今年はどちらかがなかったり、どちらとも開催できないところもありました。

作り上げるまではどちらも大変で、教育に関係ないように見えることもあります。


でも、これは「作り上げる」という努力することそのものが大事なわけです。


体育祭はそれが全員一致団結して相手ブロックと戦うことで、

文化祭はそれが自分たちの出し物を考えてお客さんに喜んでもらうことです。


受験というのは最終的には一人での勝負ですから、勉強ばかりではこの力は身につかないのではないでしょうか。

二大行事が今も根強く学校行事として残っている理由が見えた気がします。

(ぶっちゃけ話)卒業アルバム的にも文化祭あってよかった

今年っていろんな行事が中止になって、例年通りのページでは卒業アルバムが作れなくなっているんです。

とある学校では体育祭が中止になったので、去年まで体育祭のページがあったところを別のもので埋めないといけません。

やっぱり卒業アルバムにおける行事というのは大きく、今年はそれもあってとにかく悩みました。

だから、文化祭が無事開催できたのでほっと胸を撫で下ろしたところです。

これでもし中止なんかになったら、じゃあまた空いたページは何で埋めるかという話し合いをせねばならないところでした。

2日間撮影したので枚数も1500枚を超えました。

また月曜日、写真のセレクトからがんばります。

それではおやすみなさい。


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