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「銀海」

 
 田島さんという友人から聞いた話。

 田島さんは高校卒業までお爺さんと同居していた。お爺さんは当時80代に掛かっており、長く続けいた漁師を辞め、船や漁具などを処分してからはめっきり出歩くことも減っていたが、まだ心身の調子も良く頭もしゃんとしていたそうである。

 ある日のことである。家族で夕食をとっていた。田島さんがチャンネルを回すとスタジオジブリの『崖の上のポニョ』が放映されていた。見るとは無しにそのまま食卓で流していると、あるシーンで祖父がはっと息を呑んだ。

 ポニョの父が潜水艇に乗り、ポニョの母「グランママーレ」に会いに行くシーンであった。海の女神である母は自在に大きさを変えることができ、海上にその大きな姿を横たえ、まるで涅槃仏が海に浮いているような幻想的な場面である。

 祖父曰く、それと似た状況に自分は遭遇したことがあるのだという。

 40年は昔のこと。当時祖父は小規模な定置網の漁に従事しており、同業者と二人で船に乗ることが多かった。
 ある小潮の朝、漁場に向かって出発したが、どういうことか、いっこうに漁場に着かなかった。
 背後に自分の出た港が見え、その背後に自宅裏の山まで見えているのに、なぜかすぐそこにあるはずの網の目印を見失った。前日も網が流されるような天候でもなかった。

 おかしい、と辺りを見回すうち、空間そのものの色彩がすこし薄れたような淡い色合いになっていた。陽はなぜか中天にあり全く動かず、にも関わらず暑さは感じなかった。

 水面は銀色に輝いていて、まるでビロード生地のように波打っている。身を乗り出すと、たくさんの魚影がひしめき合って、すぐそこを泳いでいた。

 しかし、見えるのはすべて魚の腹であった。
 背を下にした何千もの魚影は青白い腹を見せながら、音もなく彼の小舟を追い抜いていった。それが中天の光を受け、きらきらと光っていたのである。
 逆さの魚たちはすべて、彼の船先の向く方向へ、つまり沖合へ向かって進んで行った。
 同乗者とふたり、呆然と口を開けて見ているしかなかったという。

 暫くすると、周囲から他の船のエンジン音が聞こえてきた。頭上にウミネコの声が戻ってきて、ふと頭を上げると早朝の青空が戻っていた。眼下の海は青黒く澄んでいたという。

 同乗者は震えが止まらないと言って、その日の漁には関わらず船室で横になっていた。上陸後、地域の僧職と神職に経緯を話したが、それらしい昔話などはなかった。一応神社にて祈祷を受けた。
 また、戦前から漁をやっていたという先輩に話したところ、古い漁師が似たようなことを話していた記憶がある、とおぼろげに首を傾げたが、結局何も分からなかったという。

 ーーこのマンガみたいに、べっぴんの神様でもおったんやろうか。それにしてもずいぶんと気味の悪いことだった。
 お爺さんは懐かしそうに語っていたそうである。

 今も田島さんは帰省するたびに、その海へ釣りに出かけるそうである。たいへん豊かで美しく、釣れる魚もまた美味しいのだという。


田島さんから聞いた話。

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