北大サマーセミナー2023 Day 2午前田村善之先生「特許適格性要件の機能と意義」について
北大サマーセミナーの現地参加は今回初めてで、生でライブの田村善之先生を堪能。演題は「特許適格性要件の機能と意義」。
このブログ記事は、出典など明記していない感想や今後自分がすべきことのメモです。田村善之先生がこう話していたという事実ではなく、私の理解力の範囲での記載です。ご了承下さい。
さて、田村善之教授は、特許適格性(発明該当性)について、物(プログラムを除く)の本来の機能論を唱えておられる。これは、発明の要素(構成要件,発明特定事項)が物の本来の機能を発揮しているにすぎない場合、発明全体として自然法則の利用に該当しないとし、特許適格性を認めない立場である。
特許庁は、現在、ハードウエア資源の利用が明記されているべきとしており、発明成立性として、課題を解決することは求められていない。
田村先生の物の本来の機能論によると、寄せ集めたもの、寄せ集めたものに加えられたのが精神的・社会的・経済的な新しさだけのものなどは、特許適格性をもたない。田村先生は、そのような立場は、表現は様々だが、多くの判決例や審決から抽出しうると論証していく。
「物の構成の創作であるか、または物の変化をもたらす創作」が発明該当性を満たす。新規性、進歩性のある部分は、人間の精神活動の部分ではなく有体物に特徴があるべきとという意味である。
この「有体物本来の機能論」の立場では、特許庁と異なり、ソフトウエア関連発明について、ハードウエア資源という有体物の部分が進歩性の裏付けとならなければならない。今日、明言なさったわけではないが、「ハードウエアが変化せず、ソフトウエアのみが新しい場合特許の対象とならない」という厳格な立場である。
例えば、田村説では、ソフトウエアの処理内容に特徴があり、その結果、ディスプレイというハードウエア資源への表示内容が新しくても、特許の対象にならない。この「(有体)物本来の機能論」は、アメリカの”machine-or-transformation test”の日本版・田村先生版と位置づけられる。
田村善之教授が、そのような厳格な解釈にいたるまでに、ビジネスが先にあっての戦略的な特許出願へのある種の嫌悪感があった様子。特に、事後的に競合品にあてていくような分割を繰り返すことができるような特許出願群で、良い意味ではない「戦略」を、一部の日本企業がしていることを把握しておられて、これはアメリカで指摘されているような「機会主義的」な特許の戦略であって、保護する価値があるのかと、疑問を増やしてこられたのかなと、想像できた。
田村先生は、損害論では一貫して損害額を適正額へと増加させていく方向の論理を構築してくださってきており、それに見合うような価値の高い特許出願を期待しておられるのではないかと想像する。当然のことだろう。
2022年10月に、日本弁理士会 関東会 神奈川委員会の企画で、弁理士向けに「特許適格性(特許発明の定義)」というライブ研修があり、これは神奈川委員会でのご指名で私が企画や田村先生との調整を担当することとなり、結果的に、後半、田村先生と質疑をすることになった。そのときには、ハードウエア資源を利用しているだけではだめで、ハードウエア資源を利用している部分にこそ、進歩性がなければならない、という田村先生のお考えを確認できた。
ちなみに、受講弁理士に電卓をもってきてもらって、田村先生と一緒にテストケースで損害額の計算をしてみよう、という企画は真っ先に委員各位から却下された。
そして、本日、2023年8月27日の質疑では「物の本来の機能論」の「物」に「プログラム」が入るのかどうか、特に、特許法2条3項を参照したら原則的に入るのではないか、という素晴らしい質問があった。
田村先生は構成要件(発明特定事項)の有機的な結合のうち、プログラムの部分を中心として新しさや進歩性があっても、特許適格性がないと判断する厳しい立場であることが明確となった。同時に、田村先生がそのような厳しい立場に立つことで、2条1項の趣旨からの解釈論が引き出され、保護対象が適正化し、欧州とも米国とも違う日本の実務を進化させようという、天邪鬼ドリブンな親心もありそうで、それは、田村先生が田村先生である田村先生本来の機能でもある。
2022年10月に続いて、2023年8月に同じスライドで同じ話を聞いている部分もあったが、今日も新鮮だった。個別の内容はもちろん、体系性と、常に進化している部分が新鮮なのだろうし、私の理解の程度に応じて発見があるのだろう。
「物の本来の機能論」の物にプログラムを含んだらどうなるか、質疑の時間にぼんやりと考えていた。プログラム自体に新しさがあり、その新しい部分こそが課題解決に主体的に貢献する場合に、他の部分が既存技術の寄せ集めでも、特許適格性があり、進歩性判断に進めるという、今日の田村先生とは異なる立場がとれるかどうか。
なぜ、日本特許庁がハードウエア資源の利用という要件にしたのかについての背景として、定説ではないが、私は、審査官・審判官はプログラムコードを読みたくないからではないか、という仮説を持っている。プログラムコードから新しさを認定するのが本来的な技術認定であるはずだが、現在の審査実務ではコードを読むのは負荷が大きいだろう。紙に印刷されて動作検証もできないのならなおさらだ。
しかし、2023年現在、プログラムコードをChatGPTに放り込んで、これがどう動くのか解説してくれと依頼すれば、わかりやすい文章にしてくれる。その品質は一定している。従って、プログラムコードを生成AIの力もかりて文章にし、それで技術内容を開示する、ということが、技術的に可能になった。
有体物の本来の機能論が有効であるのは、有体物の技術内容は書籍や論文など文献があるのに対して、無形物であるプログラムの技術内容は、いまや、GitHubなどで共有されており、特許の審査実務で引用するにはスキルが必要な状態とあっている。このため「プログラム本来の機能論」を審査実務にいれることができず、同様に、裁判手続にいれていくことも負荷が高い。
有体物本来の機能論が、プログラムも含む物の本来の機能論へと進化できる可能性のための条件として、GitHubなどに開示されているプログラムコード群を、特許の審査や裁判手続で利用しやすくなるということがありそうである。
ChatGPTなどのコードと文章を任意に計算・出力できる機械学習モデルを特許庁が準備し、そのサイトにプログラムを放り込めば、審査で使える日本語や英語になるなら、そのデータでプログラム本来の機能論を議論できる。
物の本来の機能だよね、ということをプログラム・ソフトウエアについて再現可能に客観的に議論できるなら、有体物本来の機能論は、プログラムを含む本来の機能論にしていくことができそうだ、という妄想である。
プログラムはなにができるのかは、GitHubに大量の情報がある。GitHubでは、問題点を指摘して、言葉で議論して、コードを修正するという手続がすべて可視化されており、書籍や論文などの相互参照に手間がかかる一次元の媒体とは異なる使い勝手に進化している。国の接触確認アプリCOCOAも、ソースコードがGitHubに公開されており、幅広く問題点の指摘がなされ、コードの修正履歴も公開されている。
また、実は、クレームドラフティングと、ソフトウエアのオブジェクト指向は発想に共通性があり、オブジェクト指向のクラス体系など、クレーム解釈や「本来の機能」の発想と親和性がある。
しかし、いまは、GitHub自体が難しく、例えば言語の契約書の情報をGitHubで管理する練習をしてみよう、というプロジェクトは、弁護士にも参加いただいたが、盛り上がらなかった。やはり妄想だろう。しかし、ChatGPTも妄想だったのだ。
オープンソースに共感するエンジニアたちは、ソフトウエア特許を好まない傾向がある。IT系の企業が特許を使うときは、例えばGoogleであれば携帯端末、MicrosoftであればPCだった。Amazonは1-clickの特許をとり、AppleはそのAmazonの特許のライセンスを受けたが、それぞれ特許権がなくても独自性を維持できるだろう。結局、IT系企業の成長にソフトウエア特許が必須であるというデータは発見できない。
1-click特許のように、有力な他社にライセンスをしたソフトウエア特許はいくつかある。日本では入金の消込のための三井住友銀行の特許などがある。これら経済的価値があったソフトウエア特許について、プログラムを含む物の本来の機能論を研究してみても良いのかも知れない。
プログラムを含む物の本来の機能論が浸透すると、オープンソースに共感を持つエンジニアと、特許制度との接点になるだろう。
いや、妄想はそのくらいにして、現実に帰ろう。
有体物の本来の機能論が拒絶査定不服審判で採用されていき、最高裁判決が民集に掲載されたりすると、確実に、ハードウエア資源の利用という、審査基準の見直しが必要になる。それ以前の段階でもそのような傾向になるだろう。
ソフトウエア特許に極端に頼らない成果物の保護の仕方を知財ミックスで考え始めなければならない。しかしそのとき、著作権法にせよ不正競争防止法の保護を目指すにせよ、クレームを書いておく、ということは役立つ。
また、著作権法で保護対象を広げる側の実務に挑戦するとして、著作権法は保護期間が長すぎるから、おそらくはさほど広がらないだろう。他人の商品形態の模倣の商品形態にプログラムが顔をだせるかどうか、難しいが、3年間ぐらいの保護期間を目指す知財ミックスもあり得るだろう。とにかく3年間先行できれば、Webサービスは特にシェア確保に圧倒的に有利だ。
そして、信用なり商標がより重要になるだろう。ネーミングから、広報部門なりブランド・ポジショニングの専門家にはいってもらって、Zoomのような問題も起こさないように事前の知財調査もより慎重に深めたい。みやすさなどは意匠権をもっと使える。
質疑での田村先生からのご教授にあったように、最後、フローチャートのような部分が保護されずに残る。最近私は、イラストの作風・画風の保護のあり方を模索しているので、その、ちょうど保護されない大切な部分が、もう一つでてきてしまった。
一連の関連性のある知的財産を保護する仕組みとして、組み物の意匠とか、関連意匠制度がある。一連の関係性のある処理の順序(フローチャート)や、イラストのテイスト・スタイル(作風で結びつけられる作品群)は、顧客体験を決定付けるため、投資も増えていくだろう。事実上か、法律上かはわからないが保護のあり方を模索し続けなければならない。
田村善之先生の講義は、色々な論点を結びつけ、常識を切り離し、人間が人間らしくあるために役立つ。Day 4は明細書の記載要件。
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