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インタンジブルズと企業報告の未来

このエントリは、会計系Advent Calendar 2023、12月18日分です。

写真は本文と関係ありません。磐越東線です。

1. 要約

・インタンジブルズという用語の使用例を調べたので共有したい。
・ウェブスター大辞典は、インタンジブルズを「定義しえないか、または確実もしくは正確に判別しえないもの」と定義しているらしい。まさにダークマター。
・ESG要素やインタンジブルズから直接に財務や企業価値との関係を定性的、定量的に把握しようとするのではなく「価値創造」を挟むと見通しが良くなる。
・経営成績を財務報告で開示し、自社の個性であるダークマターを利活用した長期的な価値創造の野心を統合報告で開示しよう。

2. インタンジブルズという用語の経緯と情報源

 歴史的には、まず「知識」(knowledge)への注目があった。

1968年 ドラッカー『断絶の時代』

 ドラッカーは、『断絶の時代』(名著集7,ダイヤモンド社, 2007[原著1968, 1992])で、情報と知識の違いを次のように定義する。

 「情報は、何かを行うことのために使われて初めて知識となる。知識とは、電気や通貨に似て、機能するときに初めて存在するという一種のエネルギーである」(ドラッカー[1968]p.276)。

 スチュアート・クレイナーは『マネジメントの世紀1901-2000』(東洋経済新報社, 2000.12)で、知的資本の概念の起源は、このドラッカー『断絶の時代』だという。ドラッカーは、知識が経済の中心となる知識社会において、知識労働者は年金基金や投資信託を介して株主となり、知識と企業を所有する新の意味での資本家になると指摘した。

 「知識人にとっての知識は何か新しいものを意味する。これに対し知識経済の知識は、新しさや古さには関係無く、ニュートン力学の宇宙開発への適用のように、実際に適用できるか否かに意味がある。」(ドラッカー[1968]p.276)

 技術的な知識(発明・特許)、顧客情報、ノウハウなどの知識やインタンジブルズは「実際に適用できなければ意味がない」のだ。50年以上前から、ドラッカーはそう注意喚起している。

1985年 堺屋太一『知価革命』

知識は、土地と異なり、時間の経過に伴いその価値が低下する。そして、需給の相場で価値が上下する財産と異なり、特定の知識の価値は、低下した後に上昇することはほとんどない。知識は使い捨てである」(堺屋太一『知価革命』(PHP研究所,1985年)pp.223-227)。

2000年 レブ『ブランドの経営と会計―インタンジブルズ』

 『会計の再生』(2018.4[原著2016])で著名なバルーク・レブは、2000年に"Intangibles: Management, Measurement, and Reporting"(直訳:インタンジブルズ: 管理、測定および報告)『ブランドの経営と会計 インタンジブルズ』(2002.7[原著2000.12])を著している。

 「ウェブスター大辞典は、インタンジブルズを「定義しえないか、または確実もしくは正確に判別しえないもの」と定義している。インタンジブルズは定義できると考えているが、確実または正確に判別しえないものであるとする点では、ウェブスター大辞典と異なるところはない」(レブ[2000]p.10)

 「本書では、全体を通じて、インタンジブルズ知識資産および知的資本という用語を相互互換的に用いる。3つの用語とも広く用いられている
 ---インタンジブルズは会計学の書物で用いられ、知識資産は経済学者によって用いられ、知的資本はマネジメントならびに法律の書物で用いられている---が、これらは本質的に同じことを指している。
 すなわち、将来のベネフィットに対する形のない請求権を指している」(レブ[2000]p.10)。

「インタンジブルズは、有形資産(たとえば航空機につめこまれる技術と知識)および労働力(従業員の暗黙の知識)のうちに組み込まれていることがまれではなく、このことが価値創造における有形資産とインタンジブルズとの間にかなりの程度の相互作用をもたらしている。このような相互作用は、インタンジブルズの測定および評価に対する重大な挑戦的課題である」(レブ[2000]p.12)

 この相互作用は、その後、結合性(コネクティビティ)といわれることになる。

2000年 パトリック・サリバン『知的経営の真髄』

 パトリック・サリバン『知的経営の真髄』(東洋経済新報社,2002.5[原著2000])は、「知的資本」の経営を体系化した。

 「1999年だけでも、知的資本のマネジメントに関する会議が世界中で様々な形で十数回も開かれた」(サリバン[2000]p.14)。
 「何十社もの企業が、知的資本から価値を抽出する活動を積極的に推進している」(サリバン[2000]p.15)。
 知的資本は「特定の組織の能力に基づく資産を前面にもってくるものであり、このような資産が、伝統的な土地、労働力、有形資産といったものと同様の重要性を保有していると認識するのである」(サリバン[2000]p.15)。
 知的資本は、1つの単純な定義に収れんするものではないとしつつ(サリバン[2000]p.16)、知的資本を構成する要素として、人的資本顧客資本、知的財産、暗黙知、成文化された知識、構造資本、研究開発、情報技術、イノベーションなどを掲げている(サリバン[2000]p.17)。

2002年 MERITUMプロジェクト

 MERITUMは、欧州6か国のプロジェクトで、ガイドラインがまとめられた。
 GUIDELINES FOR MANAGING AND REPORTING ON INTANGIBLES (INTELLECTUAL CAPITAL REPORT): 無形資産に対する管理と報告に関するガイドライン(知的資本報告書)

 このガイドラインは、インタンジブルズ(知的資産)を、人的資産、構造資産、関係資産に分類し、これらの資源(リソース)とアクティビティの開示を提唱した。IAbM総研HPに簡易な説明がある。

2002年 ブランド価値評価モデル

 経済産業省 企業法制研究会は、「ブランド価値評価研究会報告書」(2002.6)を公表した。
 レブ[2000]を訳した広瀬義州教授が委員長、桜井久勝教授がメンバーであり、財務分析の手法を応用して、企業が持つブランド群の経済的価値を一体的に計算するモデルが開発された。

 「経済のソフト化、グローバル化、IT技術の発展、規制改革の進展等の経済環境の変化に伴い、企業は巨額の金融資産、設備資産、土地等の有形の経営資源(以下、「タンジブルズ」という)に基づくタンジブル経営戦略から知的財産、研究開発費、ノウハウなどの無形の経営資源(以下、「インタンジブルズ」という)を中心とするインタンジブル経営戦略へと大きくパラダイム・シフトしつつある。」(企業法制研究会[2002]p.6)。

 ケビン・レーン・ケラー教授の『戦略的ブランド・マネジメント』の初版が1998年で、インタンジブルズのなかではブランドの経済価値が高く、その構築、測定及び管理の研究が進み、M&Aでもブランドや商標権の価額の大きさが目立つようになっていった。

2005年 経済産業省 知的資産経営開示ガイドライン

 経済産業省「知的資産経営の開示ガイドライン」は、知的資産を明示的に定義してはいないが、導入部分で次のように述べている。

知の時代が本格化する中、企業が持続的に発展していくためには、差別化を継続することが極めて重要であるが、その源泉として人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランド等の目に見えにくい知的資産を活用した他者が真似することのできない経営のやり方がますます重要になってきている。
 知的資産は、それぞれの企業に固有のものであり、また、それを組合せて活用するやり方が価値を生む力となるものであって、そのやり方を他社が単純に模倣することが困難である。」(経済産業省[2005]p.1)

 この報告の別紙1に、「典型的な知的資産指標」があり、リーダーシップ、リレーションシップ、イノベーション、チームワークなどの指標が例示されている。もちろん、独自の指標を使うことができる。

 国際的には、この知的資産経営の開示ガイドラインの考え方や仕組みは、OECDやWICIの活動を経て統合報告フレームワークへと結びついていく。

 日本では、経済産業省知的財産政策室と中小機構で、知的資産経営のエッセンスを1枚にまとめる「事業価値を高める経営レポート」の作成マニュアル等が整備された。

 2009年には、金融庁「金融検査マニュアル」の「金融円滑化編チェックリスト」に、中小企業に適した資金供給手法として、「特許、ブランド、組織力、顧客・取引先とのネットワーク等の非財務の定性情報評価を制度化した、知的資産経営報告書の活用」と明記された。

 事業価値を高める経営レポートのA3一枚の様式は、その後、金融機関の事業評価シートとして活用されていった。

 日本の中小・中堅企業の有志は、任意に知的資産経営報告書を開示しており、経済産業省知的財産政策室の「知的資産経営ポータル」にて紹介されている。

2012年 インタンジブルズの管理会計

 櫻井通晴『インタンジブルズの管理会計』(中央経済社,2012.3)は、レブ教授の「将来ベネフィットの請求権」という定義や、戦略バランスト・スコア・カードのキャプラン教授、ノートン教授による「人的資本、情報資本、組織資本からなる学習と成長の視点の3つの要素」という定義を紹介しつつ、さらに次のように定義した。
 本章では「インタンジブルズを無形の企業価値の源泉と特徴づける。すなわち、インタンジブルズには、ビジョン、価値観、戦略、ブランド、レピュテーション、戦略実行のマネジメント、リーダーシップなどが含まれるものと捉えている」(櫻井通晴[2012]p.18)。

2013年 <IR>フレームワーク

 国際統合報告評議会(IIRC, International Integrated Reporting Council)は、2010年にGRI(Global Reporting Initiative)とA4S(The Prince’s Accounting for Sustainability Project)によって設立され、2013年12月に国際統合報告<IR> フレームワークを公表した。その後、2021年に簡易な改訂がなされた。

 公式の日本語訳では、intangiblesは「無形資産」と訳されている。<IR>フレームワークは、その目的のため、インタンジブルズを、財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本の6つに分類している。
 知的資本は、組織的な知識ベースのインタンジブルズであり、社会・関係資本には、組織が構築したブランド及びレピュテーション(評判)に関連するインタンジブルズが含まれる(IIRC[2013, 2021]パラグラフ2.15)。

 また、統合思考が組織に浸透するにつれて、情報の結合性が高まると指摘し(IIRC[2013, 2021]序文)、フレームワークの7つの指導原則のうちの1つとして、「情報の結合性」(IIRC[2013, 2021]3B)を掲げ、「組織の長期にわたる価値創造能力に影響を与える要因の組合せ相互関連性、及び相互関係の全体像を」示し(同パラグラフ3.6)、「6資本の相互関係やトレード ・ オフ、また、資本の利用可能性、質及び 経済性の変化が、どのように組織の価値創造能力に影響を与えるか」を含むとしている。

 IIRCはSASBと合併してVRFとなり、その後IFRS財団に合流した。その結果、<IR>フレームワークはIFRS財団の所有物となっている。

 旧IIRCの関係者は、IFRS財団のIRCC(Integrated Reporting and Connectivity Council)の会議体などで、現在も繋がりを持っている。

 IFRS財団は、IFRS S1, S2と、<IR>フレームワークのマッピングを公開している。

2014年 負のインタンジブルズ

 負のインタンジブルズは、10年前にも問題提起されている。例えば、越智信仁「PBR 1倍割れと「負のインタンジブルズ」を巡る試論(企業会計2014, Vol.66, No.7)は、PBRが1倍割れを資産が減損している可能性を示す兆候の考慮要素であることを確認しつつ、「「(自己創設)負ののれん」は、「正ののれん」との対比ではマイナスの超過収益力、すなわち過小収益力の状態」と指摘し、超過と過小のメルクマークを資本コストとしている。つまり、「資本コストを下回る懸念が(負の)のれん価値ということになる」

 「負のインタンジブルズ」の構成要素として、人的・組織要因に注目し「トップ・マネジメントこそが人的・組織的なインタンジブルズを決定的に左右し得る源泉であり」、「経営力(戦略的な組み合わせ力)が拙劣な場合に、資本コストを下回る成果しか生み出せず企業価値毀損を惹起する」と指摘する。

 投資家との双方向コミュニケーションとして、「財務情報のみならず非財務情報のコンテンツを関連付けて盛り込む統合報告の枠組みは、わが国企業の人的・組織価値因子に係る「負のインタンジブルズ」の払拭をアピールしていく際にも、非常に有用なツールになる」と指摘する。

 秋葉 賢一『エッセンシャルIFRS〈第7版〉』(中央経済社,第1版2011年,第7版2022年)に、自己創設負ののれんの取り扱いが記載されている(秋葉[2022]p.91)。「IFRSでもわが国でも、財務報告は直接的に企業価値を示すものではない」ため「負債の現在価値といったストック情報を示すことが一義的な目的ではない」という。

 また、自社の株価を用いて株主資本そのものを公正価値評価するという想定意見に対して「会計上の期末の株主資本を株価総額と一致させても(略)、それは投資家の意思決定の結果である数値であるため、投資家の意思決定に有用な情報提供という会計目的に役立たない(つまり、会計情報に意味がない)ことは明らかである」(秋葉[2022]p.96)、という。

 正負のインタンジブルズは、企業価値の要素であるとともに、株価総額で評価しても会計情報として意味が無いという、はっきりさせることが難しい存在である。しかし、ドラッカーがいうように、実際に適用できれば良い。
 インタンジブルズを取り出して評価することに時間や費用を使うよりは、価値創造やそのためのビジネスモデルを想定し、そのビジネスモデルにとって必要なインタンジブルズは何かを考察することが経済合理性に見合う。

2016年 WICIインタンジブルズ報告フレームワーク

 WICIインタンジブルズ報告フレームワーク(2016.9)は、「インタンジブルズは、単独で、あるいは他の有形または無形の資源とともに、短期、中期、長期に組織の価値に正または負の影響を生み出し得る非物質的資源である」と定義している(WICI[2016]p.12)。
 さらに、インタンジブルズと価値創造との間の相互関係を解説し、KPIsの活用例を例示している。しており、

2018年 ハスケル『無形資産が経済を支配する』

 ジョナサン ハスケル他『無形資産が経済を支配する: 資本のない資本主義の正体』(東洋経済新報社,2020[原著2018])の原著名は"Capitalism without capital, The Rise of the Intangible Economy"であり、本書ではインタンジブルが無形資産と訳されている。
 ハスケル他は本書でインタンジブルの4つのSを紹介している。スケーラビリティp.95、サンクコスト(埋没費用)p.99、スピルオーバーp.105、シナジーp.118である。
 それら内容は、R-PA-IB(estee@shinshint)さんの解説を参照ください。

 しらさぎ会2019のテーマが「あたらしい時代の知財と会計」で、ダークマターが盛り上がっておりました。
 Twitterで楽しそうな対話をみかけて、素晴らしい人たちをフォローでき、その後、日々学ばせていただいております。ありがとうございます。

https://twitter.com/ClawConciliator/status/1198466782131916800

 「ダークマター」は、ハスケル[2018]の小見出し「投資のダークマター」p.5と思われるが、本書からその意図などの記載は発見できなかった。

2018年 知的財産戦略本部「知財のビジネス価値評価検討タスクフォース報告書~ 経営をデザインする ~」

 この報告書で、経営デザインシートが提案された。このときの知的財産戦略推進事務局長は住田孝之氏で、上掲の知的資産経営開示ガイドラインを推進し、WICIのグローバル組織を立ち上げ、IRCCなどを介して統合報告をリードした、価値創造とインタンジブルズに関する国際的な第一人者である。2021年のインタビューが公開されている。
 知財のビジネス価値評価検討タスクフォースでは、KPMGによる「インタンジブルズに関する情報開示フレームワーク」も提供された。

 経営デザインシートは、時間軸を重視し、これまでとこれからの2つの価値創造メカニズムを描く。価値創造メカニズムは、インタンジブルズなどの資源(黒色)と、ビジネスモデル(黄色)と、提供価値(青色)の3つに整理する。
 2つの価値創造メカニズムのギャップを取り組み(緑)で埋め、全体を将来構想のキャッチフレーズ(ピンク)で統合させる。
 経営デザインシートは、個人、創業から上場企業まで多様な使い方がなされており、特に、統合報告や知的資産経営報告の価値創造ストーリーの骨格を統合的に描くツールとして期待されている。
 私が関与するものとして、WICIジャパンの経営デザインシートを活用した統合報告セミナーや、よこしん創業スクール、 IAbM総研の知的資産経営WEEKなどがある。

2023年 EFRAG "Better Information on Intangibles"(インタンジブルズに関するより良い情報)

 欧州財務報告諮問グループ(EFRAG, European Financial Reporting Advisory Group)は、インタンジブルズに関する調査を継続している。
https://www.efrag.org/News/Project-641/EFRAGs-Recommendations-and-Feedback-Statement-on-Better-Information-on-Intangibles-

EFRAGは、欧州の「企業サステナビリティ報告指令, CSRD」の標準(ESRS)を定めているが、ESRSはインタンジブルズへの言及は発見できない。

2023年 IFRS財団 ISSB IFRS S1, S2

 国際会計基準を定める審議会を持つIFRS財団は、サステナビリティ関連財務情報の開示に関して、IFRS S1, S2という基準を定めて公開した。IFRS財団は、ナレッジ・ハブというページを公開し、普及に努めている。
 S1が一般要求、S2が気候であり、次に何をするかのコンサルテーションが終わり、何をするか2024年1月ごろから審議していく予定と聞いている。

 日本ではSSBJがIFRS S1, S2の日本化に取り組んでいる

 IFRS S1, S2の「資源と関係」は、<IR>フレームワークの6資本と共通性がある項目なり区分であり、資源と関係にはインタンジブルズが含まれている。

 以上、インタンジブルズという用語の利用例を時間軸で確認した。以下、企業報告の未来像を提案する。

3. インタンジブルズと価値創造

3.1 用語整理(再)

 あらためて用語の整理をしよう。financial が、金融と財務の2つの用語があり、関係性をつかみにくくなっている。

(出典)鈴木健治 インタンジブルズと報告の用語整理

 非金融と非財務は英語表現は同じで、非金融で非財務の区分として、物質的なタンジブルと、非物質的なインタンジブルズがある。インタンジブルズのうち、資産性のあるものが無形資産(インタンジブル・アセット)であるという定義は発見できなかったが、そのように理解できる。

 資産性は、IFRS IASBの概念フレームワークでは「支配」が要件であり、社会や地域との関係性など支配しないインタンジブルズは資産とならず、無形資産ではない。
 しかし、米国FASBの2021年SFAC第8号4章の資産の定義では「支配」が削除されているようで(秋葉[2023]p.57)、経済的便益にアクセスできる地位ぐらいで資産性が認められるようになるのか、ならないのか、私見では、どちらでも良い。
 重要なのは価値創造でそのインタンジブルズが使われるかどうかという、将来である。

 欧州では、非財務報告はサステナビリティ報告となった。つまり、NFRD(Non-Financial Reporting Directive,非財務情報開示指令)が、CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive,企業サステナビリティ報告指令)で上書きされた。

3.2 価値創造とインタンジブルズと企業価値

 人的資本などのESG要素と、経営成績(財務上の成果)との結合性や相関についての模索や提案がなされているが、ESG要素を直接に経営成績や企業価値に結びつけようとしても難しく不確実になりがちである。

 ESG要素は経営者や取締役をも人的資本に含めるとほぼすべてインタンジブルズであり、インタンジブルズと経営成績の関係性を洞察するには、インタンジブルズを利活用した価値創造にまず着目するのが良い。

 価値創造にそのインタンジブルズは必要か、役立つか、その価値創造は財務的、社会的な成果をどの程度の確からしさで生み出すか、という問いであれば、論理的に思考しやすい。

 研修費用が直接に財務成果に結びつくかどうか考えるのではなく、研修費用によって成長した人的資本が、どのような価値創造で今まで以上に機能し、その結果、財務的、社会的な成果をもたらすか、と考えるのである。

 次の「規定演技と自由演技(2)」は、WICIジャパン「非財務分科会報告書」p.35の図であり、経営デザインシートの右側の価値創造メカニズムの提供価値が、将来の売上(市場シェア)や利益(魅力、プレミアム価格)の因子となり、企業価値に結びつく状況を描いている。

WICIジャパン「非財務分科会報告書」p.35

   この価値創造メカニズムなりストーリーにとって、ビジネスモデルで利活用するインタンジブルズ(資源)の有用性を分析することは、将来CFの規模や確実性の内容や裏付け(結合性、コネクティビティ)を検討することになる。

 さらに長期を考えよう。7年後を財務情報のみで予測することはできない。特許情報も最新の情報は1年から2年前であり、10年後の売上を守る特許権は未来において研究開発される可能性が高く、手持ちの情報は役立たない。

WICIジャパン「非財務分科会報告書」p.45

 役立つのは、組織の気風や、研究開発を製品に結びつけた成功体験や、人材育成や採用の状況と予測や、取締役会が危機を察知して執行側の認識を変え行動をうながすことができるか、など、よりメタレベルの情報である。
 そのような企業のポテンシャルを、インタンジブルズを中心とした非財務の情報から描きだし、7年後や10年後のBSを書いてみることになるだろう。

4. 企業報告の未来像

 2023年において、様々な企業報告の要請は、リスクと機会の開示、さらにインパクトの開示へと項目が収れんしつつある。

4.1 リスクと機会

 リスクと機会は、欧州CSRDのダブルマテリアリティにおいても、財務マテリアリティとの関係で抽出すべき項目である(ESRS 1パラグラフ14(b))。
 伝統的に、リスクはリターンと線形の関係があるとみなされている。高リスクの事業が常に高リターンであることはないが、製品市場と投資市場を介して多数の取引がなされる結果、リスクとリターンの関係が適正水準になっていく。

 サステナビリティであっても、自社のビジョンであっても、リスクの一覧から、自社がリスクテイクするリスクを選ぶことこそが、事業上、経営上の意思決定であり、リスクを取ること無しにリターンを得ることはできない。

 リスクを、単に避けるべきことや、外部環境の影響で見積から乖離する項目としてではなく、リターンと関係する事業リスクを重視した開示が望まれる。
 つまり、例えば、為替の影響で売上高や利益額が変動するリスクがあることよりも、当社の事業にとってリターンを獲得するためのリスクが何なのかの開示が有用である。

 顧客に価値を提供することでリターンを得るという、価値創造ストーリーを実現していくために、事業上のリスクがいくつも存在する。

 2023年までの知見では、リスクの一部をコストに変えておくか、リスクに応じた自己資本をそのリスクに配賦しておく、という2つの経営判断がありえる。

 自動車を運転するには対人の事故で平均3億円の損害賠償リスクがあるとして、これを3万円の保険というコストに変換することで、自動車を使った事業のリスクをコストに転換し、推進できる。信用リスクであれば、貸倒引当金を計上しておくことはリスクのコストへの転換である。

 リスクに応じた自己資本の保持や配賦は、例えば、研究開発費を過去5年間の純利益の平均値に対する比率や、自己資本額の比率の範囲内にとどめておく管理などで実現できる。金融機関の信用リスクであれば、貸出金を強制的に資産査定し、バーゼル規制に応じた自己資本を確保することが対応する。

 このリスク、リターン、コスト、自己資本比率(の逆数がROEを高める)について、競合に気づかれても良いから投資家と話し合いたくなるような範囲で開示をし、対話したい。
 このリスクを評価して選ぶリスク・アペタイトは、バーゼル規制のような一律な規制よりも、レジリエントな経済社会をもたらすのではないかと期待されており、気候変動等サステナビリティでもリスク・アペタイト・フレームワークでの個性と知見と行動が集う統合思考の経営と開示が望ましい。

 機会は、単に機会の一覧が開示されても現状分析や将来予測の手がかりとしづらい。自社の製品・サービスで、どの機会に乗り、市場をつかもうとしているのかを開示したい。将来について踏み込んだ野心的な内容については、統合報告書で記載することとなろう。「サステナビリティ貢献製品」の品揃えや売上(の兆候)、インパクトの例やバリューチェーンでの存在感などは良い実績であり、ねらいの開示も有用だろう。

 機会をつかんだ販売実績や、業務提携、M&Aの背景などについては、財務報告で開示していけると良い。

 サステナビリティの開示要請に応じて、機会の一覧ができたが、その機会から当社がどのように成長していけば良いのか、分析しきれていない場合、例えば『イノベーションと企業家精神』(ダイヤモンド社,名著集5)にある7つの機会のうち性質が近い機会を参考として、新製品・新サービスの取り組みや、既存事業の深化を目指すと良い。

 気候変動などサステナビリティに関連して、自社はどのような社会課題を解決しつつ売上を得て、どう成長するのか、アピールしたい。特に、日本企業は、サステナビリティの分野で技術的に社会課題を解決してくれるのではないかと、世界から期待されている。

4.2 財務報告、サステナビリティ報告、統合報告

 理想の企業報告を考えることは、理想の投資家のポートフォリオを考えていくことでもある。
 株式の持ち合いに変えて長期投資家と関係を深くしたいと考える企業は、統合報告書を長期投資家向けに編集すれば良い。英文開示の優先度も高まるだろう。

 現在までの情報では、個別銘柄を研究して投資するアクティブ投資家よりも、インデックスに投資するパッシブ投資家の方がリターンが多いという。世界中の投資家がパッシブ投資家となると、企業への投資のリスクとリターンの関係が不安定になっていき、全体の投資リターンの低下を招く可能性がある。パッシブ投資家は、アクティブ投資家の分析や投資結果による資本市場の効率性にフリーライドしているともいえる。

 投資額なり存在感において、50%程度は、個別企業や少なくとも同種の性質の企業を集めた個性的なファンドに投資するアクティブ投資であって欲しい。

 また、日本は社債発行企業が少なく、銀行融資の金利と、不明確な株主資本コストの中間的なデータが少ない。社債発行する企業が増えれば、膨大な預金が直接金融側にシフトすることも想定される。

 大学債なども含め、既存の金融機関のアレンジによる日本企業の社債発行が増加すると、投資側はリスク分散でき、海外に投資されている日本の機関投資家の資金が国内に振り向けられ、さらにはリターンに応じた投資ポートフォリオを組みやすく、企業側も投資市場の期待を社債発行の販売状況に応じて個別に実感することができ、経営層や取締役のファイナンスに関する理解も自然と深まっていくことが期待できる。メリットばかりである。

 そのような日本の理想的な資本市場では、経営成績を明確にする厳格で保守的でもある財務報告が引き続き必須である。経営成績の内容理解を促す「経営者による説明」や「リスクと機会(リターンと成長)」についてのキャッシュフローとの関連性を説明できる範囲で、財務報告として開示していけると良い。
 サステナビリティのうち、温室効果ガスの排出量など、数値で開示できる内容は、将来的には、財務報告と同時に、財務報告の一部なり付属書類として保証を受けながら開示する方向性が望ましいと思われる。
 とはいえ、サステナビリティの開示要請は項目が多いため、詳細は別途のサステナビリティ(関連財務)報告書やWebサイトで随時に開示することになろう。

 同時に、アクティブ投資家、長期投資家や社債債権者向けに、価値創造ストーリーを開示する統合報告書があると良い。この統合報告書は、報告期間は財務報告と同一とするとしても、財務報告と同時に公開する必要性はなく、3月決算6月財務報告であれば、9月までに日英等で開示できれば良いだろう。企業規模によっては年内であっても、発行しないよりは投資家や債権者との対話の質を高めることができる。

 整理すると、財務報告で経営成績を報告すべきであり、基本的には過去の事象の報告である。未来に向けた野心は、統合報告書で開示すればよく、財務報告と報告期間はあわせるべきだが、発行時期は企業の規模や態勢に委ねても良いと思われる。
 サステナビリティ報告のうち、IFRS S1, S2, さらにSnで規定されていく内容、特に保証を受けることが投資家から期待されているデータは、財務報告と一体化していくことが望まれる。
 サステナビリティ報告のうち、インパクトは、経営方針にもよるだろうが、リスクと機会の分析力と自社が成長する機会として取り組むことにより、自社の価値創造を報告すると、それがサステナビリティ報告になるような同心円の、ESGインテグレーションの、統合思考の経営が望ましい。
 サステナビリティの膨大な項目の開示要請に応じた開示は、IT化し、自動的にWebサイトで公開できるようにしていくのも一案と思われる。

4.4 日本における統合報告書の役割

 文字数を増やさずにこの記事を終了するため、最後に、WICIジャパン統合報告セミナーのキックオフで報告した内容のスライドを表示する。


 左側の財務報告の要請と、右側のサステナビリティ(関連財務)開示の要請におされて、本来自由演技で充分に開示していきたい価値創造の話題が小さくなってしまっている。

 理想は、自由に自社の個性を開示できる統合報告が開示の中心であって欲しい。そこで、資産計上されているか否かにかかわらず、価値創造に役立つ自社のインタンジブルズを結合性や「実際に適用されていること」を開示したい。

 その価値創造を模倣から守るのは、ビジネスモデルや提供価値の独自性というよりは、資源、特に自社に特有で個性的なインタンジブルズの違いであることが多い。
 他社が容易に真似できない自社に固有のインタンジブルズやその組み合わせを使ったビジネスで、価値を提供できれば、その価値創造は他社が真似できず、長期的な事業となる。

価値創造ストーリーを描き出せたら、そのストーリーの実現をフォローアップし、モニタリングするKPIを3つ使えると良い。3つの数字のバランスで、価値創造のボリュームと質をチェックできることが理想である。

CEO, CFOや各部門への期待として整理すると、次の通りとなる。

 最後に、財務報告と統合報告の違いを基準の内容から再確認しておこう。IFRS財団がISSBを設置し、サステナビリティ関連財務情報の開示基準を定めると、コンサルテーション後、「リスクと機会がもたらすキャッシュフローへの影響」という内容になる。CFである。かなり短期的な、または因果関係がわかりやすい内容の範囲となるだろう。もちろん、損失側はCFとの因果関係を想定しやすいから、慎重さのある忠実な開示となるだろう。

 改めてそのような視点で<IR>フレームワーク(統合報告フレームワーク)を読みかえしてみると、パラグラフ4.37に、組織の野心を書いて良いことが明記されている。しかし、現実的な範囲にしてね、という留意は必要である。

 統合報告書は、投資家やステークホルダーとの対話の実験場であり、個性的で新しい開示を自由に行うことができ、その自由な開示とそれによる投資家との対話が、新たな望ましい規定演技となる開示ルールを生み出し、またはルールをなくしていく。

 企業報告の未来として、統合報告という対話の実験場を無くさないようにしたい。ちょっとした活動、ちょっとした対話をこれからも続けていきたい。

 例えば、ある人に思い切ってメンションしてみたことがある。

 と、後押しした多数の人のうちの一人になることができた。その後の情報量はすごくて、2023年に 会計系ACがあった世界と、なかった世界はもはや違う。

 企業報告も、こういうきっかけや熱意と、熱意の複雑な絡み合いと、とにかく自由が楽しい。

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