見出し画像

IFRS財団と統合報告2024年4月


1. 統合報告の<IR>フレームワークはどうなるか

IFRS財団に2つの審議会がある。

ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は、次の2年間になにをすべきかのアジェンダコンサルテーションと、その分析が終わり、対象を決定した。
IASB(国際会計基準審議会)では、経営者による説明(Manegement Commentary)の審議が行われている。

2024年4月、IIRC(国際統合報告評議会)が定めた統合報告の<IR>フレームワーク(統合報告フレームワーク)は、IFRS財団の所有物となっている。IFRS財団は、定性的な開示に関して、ISSBスタンダードであるIFRS S1, S2と、IASBの経営者による説明MCと、<IR>フレームワークの3つを有している。

日本では統合報告書の発行企業が多く、1,000社を超えるという。
<IR>フレームワークがIFRS財団においてどのような扱いになるか、直近2年間とその後について、現在入手できる情報を整理した。本稿では、最後に、統合報告に関する私見によるロードマップが提案されている。

2. 統合報告に関するIFRS財団の情報源

まず、情報源を掲げる。

[1] ISSB Consultation on Agenda Priorities

ISSBによる「アジェンダコンサルテーション」についての情報は次のURL先に整理されている。
https://ifrs.org/projects/work-plan/issb-consultation-on-agenda-priorities/

サステナビリティ関連財務情報に関する一般要求事項であるIFRS S1と、気候変動に関するIFRS S2が策定、公開され、ISSBは次になにをすべきかについて、情報要求として、幅広く意見を募集した。

この情報要求の日本語訳も公開されている。
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/project/issb-consultation-on-agenda-priorities/ja-rfi-issb-2023-1-consultation-on-agenda-priorities.pdf

提出された意見は、次のページで公開されている
https://www.ifrs.org/projects/work-plan/issb-consultation-on-agenda-priorities/rfi-cls-agenda-priorities/#view-the-comment-letters

ISSBの活動については、SSBJによる日本語情報がある。
https://www.ssb-j.jp/jp/

[2] IASB Management Commentary

IASBは、2021年5月に経営者による説明(Management Commentary)の草案を公開し、11月23日まで意見募集した。
Management Commentaryに関する情報は次のURL先に整理されている。

https://ifrs.org/projects/work-plan/management-commentary/

公開草案は、IFRS実務記述書「経営者による説明」本体の日本語訳と、結論の根拠の日本語訳が示されている。

https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/project/management-commentary/ed-2021-6-management-commentary-jp.pdf

https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/project/management-commentary/ed-2021-6-bc-management-commentary-jp.pdf

経営者による説明の公開草案に対して提出された意見は、次のページで公開されている。
https://www.ifrs.org/projects/work-plan/management-commentary/exposure-draft-and-comment-letters-management-commentary/#view-the-comment-letters

[3] Integrated reporting

<IR>フレームワークは、IIRCで開発され、VRF(価値報告財団)を経て、IFRS財団の所有物となった。統合報告に関する情報は、各URL先に整理されている。
https://ifrs.org/issued-standards/integrated-reporting/

https://integratedreporting.ifrs.org/

IFRS財団のifrs.org のページには、メンバー等の情報はないが、integratedreporting.ifrs.org の下記ページで公開されており、IIRCに関与していた多くの人々が引き続き関与してくれている。
https://integratedreporting.ifrs.org/the-iirc-2/staff/

<IR>フレームワークは、次のページからダウンロードできる。メールアドレスの登録が必要かもしれない。
https://integratedreporting.ifrs.org/international-framework-downloads/

[4] Integrated Reporting and Connectivity Council (IRCC)

IRCCは、IFRS 財団評議員会、IASBおよびISSBの諮問機関であり、IASBとISSBが要求する報告をどのように統合できるか、そして、IASB と ISSB が統合報告フレームワークの原則と概念をプロジェクトに適用することをどのように検討できるかについて、ガイダンスを提供する。
https://www.ifrs.org/groups/integrated-reporting-and-connectivity-council/

IRCCには、日本から、Izumi Kobayashi、Yoichi Mori、Yoshiko Shibasaka、Takayuki Sumita、Hiromi Yamaji(敬称略)が参加しており、不定期に会議が開催されている。会議の模様はIFRS財団のWeb Castで公開されている。

3. ISSBのアジェンダコンサルテーションに関する結論

[1] 優先順位の問い

ISSBが次に取り組むべき対象に関するコンサルテーションでは次の問いが発せられた。

優先度の最も高いものから最も低いものの順に、次の活動をどのように順位付けするか。
 (i) 新たなリサーチ及び基準設定のプロジェクトの開始
 (ii) ISSB 基準(IFRS S1 号及び IFRS S2 号)の導入(implementation)の支援
 (iii) ISSB 基準の的を絞った拡充(enhancements)のリサーチ
 (iv) サステナビリティ会計基準審議会(SASB)の基準(SASB スタンダード)の向上(enhancing)

質問 1 ― ISSB の活動の戦略的方向性及びバランス

[2] 優先順位の結論

・IFRS S1とIFRS S2の実施を支援することに高いレベルの焦点を当てる。
・SASB基準の強化と、新しい研究および基準設定のプロジェクトの開始に、均等な注意をしつつ、やや低いレベルの焦点を置く。

2024年4月スタッフペーパー段落8

優先順位について、次の内容について、ISSBの作業に基本的に組み込まれているとして、焦点レベルを特定せず、ISSBの全作業に不可欠と認めた。

・IFRSサステナビリティ開示基準とIFRS会計基準の間の結合性(connectivity)を追求するとともに、
・IFRS S1, S2等の他のサステナビリティ開示基準との相互運用性(interoperability)を目指し、
・ステークホルダーに関与していくこと。

2024年3月スタッフペーパー段落6C, 7C

[3] 次のリサーチプロジェクトの問い

コンサルテーションでは、新たなリサーチプロジェクトとして次の4つの案が示されていた。

(1) 生物多様性、生態系及び生態系サービス
(2)人的資本
(3)人権
(4) IFRS S1 号及び IFRS S2 号におけるつながりのある情報(connected information)に関 する要求事項を超えて、財務報告における情報を統合する方法を探究するための、報告における統合(integration in reporting)に関する 1 つのリサーチ・プロジェクト

情報要請 アジェンダの優先度に関する協議

[4] 次のリサーチプロジェクトの結論

やや低いレベルの焦点(注力レベル)をあてる新しいリサーチプロジェクトとして、次の2つが選ばれた。

(1) 生物多様性、生態系及び生態系サービス
(2) 人的資本

生物多様性等については、SASB、CDSBおよびTNFDの要請を参照し、GRI101: 生物多様性2024およびESRS E4生物多様性と生態系との相互運用性をどう高められるかが検討されることとなった。

人的資本は、企業自身の労働力の他、バリューチェーンの労働に関するリスクと機会への対処を含み、関連する場合は人権の一部の側面も含む。
この人的資本については、GRIとの相互運用性を検討し、SASBの研究やGRIのEFRAGとの研究も評価をしていく。

2024年4月スタッフペーパー段落4

下記は選ばれなかった。

(3) 人権(IFRS S1に該当する場合開示する)
(4) 報告における統合(統合報告書の開示が引き続き推奨される)
(5) 意見提出者から提案されたトピックス、例えば、サーキュラーエコノミー、ガバナンス、サイバーセキュリティー、プラスチックなど。

2024年4月スタッフペーパー段落4, Appendix B

[5] ISSB 委員の発言から(非公式なまとめ)

2024年4月のISSB審議では、報告における統合や、統合報告について、委員から次のような発言があった。
なお、会議は、IFRS財団Webサイトへのメールアドレスの登録で視聴できる(Meeting→GroupでISSB, 年度や会議日を選びWatch Online)。

Richard Barker 委員:
 「報告における統合は、いずれにせよ検討していかなければならないと考えます。これはタイミングの問題であり、重要性を損なうものではありません。ですので、報告における統合を今回対象外とすることも支持します。」

Jeffrey Hales 委員:
 「報告における統合の不採用は、プロジェクトに着手する前に立ち止まって様子を見るのが最も適切だと思われる、潜在的な領域です。
 私の見解では、IFRS S1は、開示のタイミング、現在および予想される財務的影響、相互参照、一貫した前提条件など、サステナビリティ関連の財務開示を財務諸表に含まれる情報と結びつけるために大きな進歩を遂げてきました。 
 したがって、残されたギャップ、つまり統合と報告の観点から進歩を遂げる機会がどこにあるのかについて、今後2年間で多くのことを学ぶことができるでしょう。」

Verity Chegar 委員:
 「報告における統合の不採用は、今はその適切なタイミングではないというフィードバックを反映した結論です。しかし、統合報告フレームワークが利用可能であることを本当に繰り返し強調します。 統合思考の原則はそこにあり、IASBにはマネジメント・コメンタリー・プロジェクトがあり、そしてIFRS S1があります。これらすべての利点を踏まえ、まもなく市場の実務から恩恵を受け、それを実際に活用することになるでしょう。 
 さらに、私たちはすでに多くの教育資料に取り組んでおり、それは、価値創造の概念が資源や関係性についてどのように語り、リスクや機会を特定し、対処する戦略を立て、その戦略の財務的影響を評価する方法です。 いま私は、サステナビリティ開示と財務諸表の間の接続性(Connectivity)に命を吹き込むことについて話しています。
 そして、私は、統合報告と連携に関する評議会(Integrated Reporting and Connectivity Council, IRCC)から得たフィードバックに本当に感謝しています。特に、S1と統合報告書との関連性についてさらなるガイダンスや教育資料の作成を私たちに勧め、奨励してくれた複数のメンバーからの提言は、素晴らしいアドバイスです。そのガイダンスは、<IR>フレームワークから直接引用したIFRS S1にすでに組み込まれている「つながり」を市場に理解してもらうのに役立つでしょう。」

Hiroshi Komori 委員:
 「Verityさんは統合報告フレームワークと統合報告書自体の重要性を強調していましたが、私はIASBとISSBの間の結合性について話したいと思います。例えば、2024年1月に行われた経営者による説明に関する共同討議や、私たちの統合報告フレームワークについてもそうです
 今回はこの2つを次の2年間のアジェンダの進捗に載せることはしませんが、統合報告フレームワークが非常に重要であること、また、経営者による説明に基づくIASBとISSBの結合性も非常に重要であることを強調し続けたいと思います。以上が私が言いたかったことです。」

Sue Lloyd 副議長:
 「<IR>フレームワークについて、統合報告書と統合報告が、企業の将来性を本当に理解するために必要な全体像を投資家に提供するための、非常に重要なコミュニケーション手段であると私たちが考えていることを強調し続けることが本当に重要です。
 <IR>フレームワークはその点で有益なツールであり、統合思考原則は有用です。したがって、私たちはそれを引き続き支持しています。そして、私の理解では、(報告における統合を今後2年間のプロジェクトとしてとりあげないという)今日の決定に関わらず、私たちのコミュニケーションの中でそれを強調する予定であり、また、それを本当に明確にするつもりです。なぜなら、私たちは統合報告に関する重要な資料への大きな勢いと支持を失いたくないからです。」

Emmanuel Faber 議長:
 「そして最後に、繰り返しになりますが、人的資本に、人権の側面がどのように結合するのかを考えることは、統合思考なのです。これが、私たちが統合思考を用いることができると本当に信じている理由の1つだと、私は改めて言いたいです。
 私たちが、物事は切っても切れない関係にあると言っていること、企業は価値を創造することなしには存在できないと言っていること、あるいは、価値を創造することは、他者のための価値を創造したり、毀損したり、保護したりすることにもなるのだと言っていることが、そこにはあるのです。
 そして、それこそが、私たちが多くの面でIFRS S1で行った非常に力強い宣言です。
 そういう理由から、私たちにとって、人的資本のヒューマンの側面、あるいは人権の側面と呼ぶべきものが、競争上の優位性やリスク、機会とどのように関連しているのかを、統合報告のやり方や統合思考で考えることは非常に正当であり、発行体にとっても非常に有力だろうと私は考えています。」

Elizabeth Seeger 委員:
 「Sue副議長とEmmanuel議長は、統合報告について上手く説明してくれました。スタッフ資料でも、それが本当にうまく取り扱われています。特に、私たちがやっていることの重要な部分として引き継がれてきたものの価値を強調しつつ、統合思考に関連して(<IR>フレームワークを)企業が利用できるようになっていることを示している点が優れています。」

Ndidi Nnoli-Edozien 委員:
 「スタッフ資料で私が特に気に入っているのは、88(G)です。パラグラフ88(G)は、<IR>フレームワークが、高品質な企業報告を推進するのに非常に重要なリソースであることを述べています。
 そして、繰り返しになりますが、IASBでのこれまでの会議とISSBの両方から、報告における統合のプロジェクトが優先されるかどうかにかかわらず、統合報告フレームワークの継続的な使用と採用に対する支持を、このボードでも改めて表明しています。そして、重要かどうかではなく、いつ、どのようにするかが問題だと、私たちは非常に明確に述べてきました。そして、スタッフ資料では、私たちがどのように前進しているかを非常に明確に概説しています。
 スタッフ資料の脚注15は、IRCCミーティングへの言及です。脚注ではありますが、統合思考に裏打ちされた統合報告の重要性の明確な理解、統合報告と統合思考に対する提言と支援へのコミットメント、そして、私たちが基準を開発する際に、将来のビジョンを明確に示し続けることが非常に重要です。ステークホルダーも私たちに求めていることだと思います。私たちがどのようなビジョンを持ち、それを現在構築中の具体的な基準に関する一連の研究にどのように統合していくのかということです。」

■スタッフ資料
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/meetings/2024/april/issb/ap-2-agenda-consultation-projects-to-add-to-the-work-plan.pdf

■IRCC Meeting Summary, January 30, 2024
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/meetings/2024/january/ircc/ircc-2024-01-30-meeting-summary.pdf

IFRS Web Cast, ISSB Meeting April 23, 2024、文字起こしと和訳は鈴木健治


4. IASB MCの審議

[1] 経営者による説明の概要

 2024年4月の段階で、統合報告や企業報告の未来を検討する際には、ISSBのアジェンダコンサルテーションの結論のみならず、IFRS財団のIASBの検討事項を参照しておかなければならない。

 経営者による説明(Manegement Commentary)は、企業の財務諸表を補完する報告書である。これは、企業の財務業績及び財政状態に影響を与えた諸要因並びに企業が将来において価値を創出しキャッシュ・フローを生み出す能力に影響を与える可能性のある諸要因についての経営者の洞察を提供する。

公開草案: 経営者による説明 段落IN3

経営者による説明(MC)の全体像については、経済産業省によるスライドもある。

MCは、日本では、「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)に対応する。

[2] IASB 経営者による説明プロジェクト 今後2年間

2024年1月のIASBとISSBの合同ミーティングを経て、2024年3月のIASB会議にて、経営者による説明のプロジェクトに関して、今後2年間どうすべきか、事務局から4つの選択肢が提案された。

選択肢1: プロジェクトの最終決定(段落35から39)
 公開草案へのフィードバックやその後の変化をふまえて、草案から最終かする。

選択肢2: プロジェクトの廃止(段落40から41)
 2010年の経営者による説明の実務記述書の削除も視野に、プロジェクトの廃止とサマリーの公開をする。

選択肢3: ISSBと合同で統合報告と一体化する広範なプロジェクトを開始(段落42から44)
 プロジェクトの目的と範囲を改めて明確にし、ISSBのアジェンダコンサルテーションのけっかもふまえて、合同審議により統合報告と経営者による説明を一体化する。

選択肢4: プロジェクトの保留(段落45から46)
 プロジェクトの方向性を決定するためにさらに情報が必要な場合、一時的にプロジェクトを保留する。

IASB スタッフペーパー 2024年3月議題15より

[3] スタッフペーパーの指摘事項

段落11では、マネジメント・コメンタリーが必ずしも一般目的財務報告の主要な利用者のニーズを満たしていない点が整理された。

特定された不備
(a) 企業の見通しにとって重要な事項に焦点が当たっていない。
 例えば、企業の見通しにとって重要な事項に関する情報を提供しない。または、重要性の低い事項に関する情報で重要な情報が覆い隠される。
(b) 企業固有の情報が足りず、一般的な情報が多すぎる。
(c) 短期的な項目に焦点が当てられ、企業の長期的な見通しに影響を与えるディスカッションが不足している。例えば、システミック・リスクや、戦略的な挑戦などの項目について十分に議論していない。
(d) 無形の資産や関係性、環境・社会・ガバナンスなど、企業の価値創造能力や、キャッシュ・フローの創出に影響を与える事項についての情報が不足している。
(e) 情報が断片的か、または、企業の財務諸表等の公表済みの報告書の内容とすりあわせられない。
(f) 企業が過去の期間に提供した情報や、同様の活動を行う他の企業が提供した情報との比較が困難な情報になっている。
(g) 不完全または不均衡な情報になっている。例えば、議論されている事項の影響を主要な利用者が理解できるようにする説明がなく、企業の業績のポジティブな側面に過度に重点が置かれている。

IASB スタッフペーパー 2024年3月議題15, 段落11より

[4] IASB会議の要旨(非公式)

この2024年3月の会議では、決定は求められておらず、委員には質問や意見が求められた。1時間程度、これらの選択肢が議論された。

以下、鈴木健治個人が文字起こしし、整理した内容を紹介する。出典は、2024年3月22日午後、14時から議題15のIASB会議の動画である。

■まず、2名以上の委員に共通した指摘があった。

・選択肢1によるプロジェクトを最終化する前に、経営者による説明MCに対する市場のニーズや需要をより詳しく把握する必要がある。
・単にプロジェクトを保留するという選択肢4には、消極的な意見が複数あった。プロジェクトチームのモチベーションの問題や、その間にも状況が大きく変化してしまう可能性が指摘された。
・選択肢3の広範なプロジェクトへの移行については、統合報告に関するより広範なプロジェクトをISSBと共同で行うことは理想的だが、すぐに着手することは難しいとの指摘が相次いだ。将来的な可能性としては重要な選択肢であるという点でも、複数の委員の意見が一致した。

議題15動画より、要約と和訳は鈴木健治

■選択肢2のプロジェクトの中止や統合報告の評価に注目してみると、次のようなコメントがあった。

・委員のFlorian氏は、経営者による説明MCよりも、統合報告フレームワークの方が市場で成功しているようだと指摘し、IASBの観点からはMCのプロジェクトを中止することになるかもしれないが、IFRS財団の全体としてみれば、マネジメント・コメンタリーではなく、市場でより成功している統合報告フレームワークに注力することは理にかなっているとの見方を示した。
 そうすることで、IFRS財団はリソースを集中でき、ユーザーにとっても複雑性が減るので、MCのプロジェクトの中止をネガティブにとらえる必要はないと述べた。

・Andreas Barckow議長も、統合報告が今日、非常に成功した製品であることは否定できないと述べつつ、MCとの併用の利点を指摘した。

・委員のBertrand氏は、統合報告とマネジメント・コメンタリーの「成功」を比較するのは難しいと述べた。IASBの観点からは、基準が各国の法律(会計法)による要求として組み込まれることが重要な「成功」だが、(南アフリカを例外として)統合報告もマネジメント・コメンタリーも、そのレベルでは成功していないという見解を示した。

議題15動画より、要約と和訳は鈴木健治

■IASBの視座か、IFRS財団の視座か、短期か、長期かという点で、委員のRika Suzuki氏からの提案があり、副議長や議長からそのような長期指向の発言があった。

・Rika氏は、IASBだけでなくIFRS財団全体の長期的な将来を考えるべきだと述べ、姉妹審議会であるISSBにとっての意味も考慮する必要があると指摘した。
 そして、一般目的財務報告の意味と、世界中の利害関係者がそのツールをどのように使えるかについて考え続ける必要性を述べた。
 IASBおよびISSBが多くのプロジェクトに取り組んでいる中で、IFRS財団と2つの審議会の将来に貢献できるのであれば、議論を保留したり中止したりするよりも、将来に向けて小さな投資をすることの方が意味があるかもしれないと話し、次のようにアピールした。
 「私たちだけでなく、ISSBやIFRS財団にとって何が最善の解決策なのかを考え続けています。それについて考えるのを助けてください」

Rika氏の願いを受けてか、次のような長期指向の発言があった。

・Linda Mezon-Hutter副議長は、現在は不確実性の時期にあるが、最終的にはより良い財務報告に向かおうとしているのだと述べ、IASBが何をすべきかを狭く考えるのではなく、IFRS財団が財務報告の未来に向けてリーダーシップを発揮するために、IASBがどのように貢献できるかを考えるべきだと主張した。
 そのリーダーシップの一部は、人々がまだ準備ができていなくても、何が必要とされているのかを想像し、その方向に向かって行動することだと語った。
 IASBは利害関係者に対して、プロジェクトへの固執ではなく、より大きな目的のための一歩であることを理解してもらう必要があると指摘した。

・Andreas Barckow議長は、「Rikaに同意します。私たちが何をするにしても、サイロ的に考えるべきではないと思います。これはISSBや財団の対立ではありませんからね。そのため、私たちが複数の製品を提供していることは、あまり気にしていません。」と述べた。
 そして、IASBが市場における一貫性を高めるために、将来的にどのような役割を果たせるかを考えるべきだと提案した。
 具体的には、議長は、統合報告の考え方を基礎としつつ、マネジメント・コメンタリーがより構造化されたアプローチを提供することで、ナラティブ報告の比較可能性を高められるのではないかと指摘した。

議題15動画より、要約と和訳は鈴木健治

[5] IASB会議の委員発言(非公式)

上記と重複するが、統合報告の未来を考えるうえで重要なIASB委員の発言を和訳して紹介する。

Florian Esterer委員:
 私たちが再び解決しようとしている問題は何でしょうか? 私はこれがユーザーにとっての情報の問題だとは思いません。ほとんどのユーザーは、ビジネスモデルとビジネスの主要な原動力を特定することができます。実際、もしそれができないのなら、おそらくそのビジネスを空売りしたいと思うでしょう。
 だから、私が思うに、問題はユーザーが情報を得られないことではなく、比較可能性と私たちのフレームワーク内にあるいくつかの厳密さやその他のものに関する問題なのです。そして私にとって、スタッフペーパーで強調されていた重要な点は、ナラティブな報告に関して複雑で混乱を招く報告の状況があるということでした。そして、それは非常に真実だと思いました。そして、もしISSBの推進力について考えてみれば、複雑さを減らす必要があります。
 そこで問題は、どのようにしてその複雑さを減らすことができるのか、どのようにしてこれらのものをより比較可能にすることができるのかということになります。
 個人的には、長期的には、サステナビリティ報告と、財務諸表報告と、プラス戦略について、より多くのフレームワークのようなものが必要でしょう。しかし、それは明らかに今のアジェンダではなく、次のアジェンダ協議で行うべきでしょう。
 では、短期的にはどうしましょうか。現状をビジネスとしてとらえてみると、私たちには3つの重複する製品があるわけです。IFRS S1、経営者による説明MC、統合報告フレームワークです。
 統合報告の側の同僚たちは、彼らの製品がいかに成功しているか、どれだけの人々が使用しているか、どこで採用されているかを私たちに伝え続けています。私たちの側で得ている(MCの)データとは対照的です。
 したがって、ビジネス上の決定として、IFRS財団として選択肢2(プロジェクト廃止)について考える際、これは私たちが何かを停止することではなく、むしろ市場でより成功している統合報告に焦点を当てることだと思います。
 IASBの狭い観点から見れば、私たちが何かを停止しているように見えるかもしれませんが、ニックが言及した別の製品があると思います。それは非常に成功しているようなので、なぜ成功していて市場で使われているものに焦点を当て、私たちの側のリソースを会計のこと、財務報告のために使わないのでしょうか。
 それによって、私は選択肢2の廃止に、それほどネガティブな意味合いを持っていません。ユーザー側の生活を楽にするために、リソースに焦点を当て、私たち側の複雑さを減らすのは、単に論理的な決定だと思います。

Andreas Barckow議長:
 <IR>フレームワーク、経営者による説明MC、IFRS S1の間には重複があることは明らかです。しかし、これらは必ずしも競合する製品だとは思いません。なぜなら、それぞれ異なるニーズに応えようとしているからです。
 例えば、IRとMCを比較した分析を振り返ってみると、大きな重複があることを示しましたね。私たちが触れなかった質問は、実際に統合報告書で見られる結果と、実際にマネジメント・コメンタリーで見られる結果がどれほど異なるかということです。大きな違いがあると思います。
 IFRS S1とMCの間でも、有用かどうかはともかく、同じような演習ができるでしょう。Rikaが言ったように、究極の目標が何であるべきかを知る必要があるという考え方で、これらをとらえたいです。そして、統合報告や企業報告の未来、あるいはそのタグが何であれ、そこに向かいたいと、何人かの委員が話しました。
 その目標により良い方法で到達するために、踏み台を作ることができるでしょうか?
 あるいは、Florianのいうように、今日の統合報告は非常に成功した製品だと言うならば、非常に成功した製品であることは否定しませんが、人々がこれらの一般原則をどのように解釈し、自分の視点に合わせようとしているかについて、大きな多様性があることも見ています。
 そして、議論し続けることができます。それは比較可能性を助けるのか、それとも妨げるのでしょうか?
 例えば、統合報告に組み込まれている同じアイデアにマネジメント・コメンタリーが少しの厳密さをもたらすことを考えることができます。プロジェクトチームがマネジメント・コメンタリーについての考え方を展開する際にも基礎としていますが、より多くの構造を与えているのです。
 また、統合報告は何をすべきかを教えてくれ、マネジメント・コメンタリーはそれをどのようにすべきかを教えてくれるかもしれません。
 そして、ロケーション(場所)も考えましょう。それは、私がこのシリーズを競合製品だと見ていないもう一つの理由です。IRはそれ自体が製品で、ロケーションを指定していません。おそらく、統合報告書がロケーションです。
 MCは、多くの国では、MD&Aと呼ぼうと、戦略レポートと呼ぼうと、経営者による説明もロケーションです。
 IFRS S1は異なるアプローチを取り、その情報をどこで作成するかはあまり気にしないが、その情報を提示することを気にしています。
 これらの異なる点を総合すると、私たちは、この段階で、それはこの方法でしかできない、またはその製品を通じてしかできないと言うことなく、ナラティブな報告において、より大きな一貫性をもたらすことで、実際に市場を助ける方法があるかどうかを考えてみたいです。むしろ、それが理想的だと言えるようなものに向かって取り組み、それに近づけていくことです。

議題15動画より、文字起こしと和訳は鈴木健治

5. 2026年以降

[1] 現状分析

・ISSBは報告における統合を採用されず、今後2年間、ISSB主導で<IR>フレームワークが更新される可能性はほぼない。
・IASBの経営者による説明MCプロジェクトが、2024年現在において直ちに、<IR>フレームワークとMCを一体化する広範なプロジェクトに変化する可能性はほぼない。
・2024年から2年間か3年間は、現状の<IR>フレームワークによる統合報告書の発行が継続するが、未来を見据えた工夫の余地が多数ありそうである。
・別途IFRS18が更新され(サマリー)利益の内訳として、営業(Operating)、投資(Investing)、金融(Financing)の3区分となった。IFRS S1の財務マテリアリティにせよ、<IR>フレームワークの価値創造能力にせよ、経営者による説明MCのキャッシュフローへの影響にせよ、この利益の区分にあわせて分析していく未来像も考えられることになった。利益区分は2017年からだが、早期適用もできる。
IFRS18によるManagement-defined performance measures (MPMs)も、実務はこれからとしても、KPIsのうち財務の勘定科目と結びつきが強く、経営者が使用しているKPIについては連続性があるだろう。
・ISSBから、IFRS S1と統合報告を併用する際のガイド「統合報告への移行:開始ガイド」が公開される予定とされている。

[2] 洞察と着眼点

価値創造メカニズムの提供価値と、将来キャッシュフロー
(出典)鈴木健治作成スライド「WICIジャパン非財務分科会報告書」p.35

ナラティブな開示は、例えば、経営デザインシートでいう提供価値、ビジネスモデルおよび資源の結合性(Connectivity)で説明できる。そのうち、提供価値が、市場規模とシェアや、利益率を決定付け、将来キャッシュフローを予測するナラティブな根拠となる。
一般的に、将来キャッシュフローは年度ごとに予測し、3年後か5年後程度まで予測できる。6年後以降は、一定程度の継続性を前提としたより主観的な判断となりやすい。

価値創造ストーリーと長期の企業価値
(出典)鈴木健治作成スライド「WICIジャパン非財務分科会報告書」p.45

例えば6年後以降の中長期、超長期については、長期的に継続する非財務の要因、技術力、ブランド力から、さらに人材育成の体制や企業文化などの長期性の高いインタンジブルズを加味して、その潜在的な価値(の継続性)を分析していくことになる。

このような短期、中期、長期とキャッシュフローの関係性を対比してみると、経営者による説明MCがキャッシュフローの創出能力に焦点をあてていることが、現状分析のための重要な着眼点となる。

[3] IFRS S1, MCおよび<IR>フレームワークそれぞれの役割

時間軸で2つにわけたい。次のように整理できる。

A: 短期から中期: キャッシュフロー生成能力
B: 中期から長期: 価値創造ストーリーによる企業価値

Aは、経営者による説明MCの主たる記述対象であり、キャッシュフローとの関係性について、厳密な構造が与えられる。また、Aは、IFRS S1, S2やESRSでの「財務マテリアリティ」そのものであり、または深く関連している。

IFRS S1は「リスクと機会がもたらすキャッシュフローへの影響を記載する(パラグラフ29(d))」と定めている。キャッシュフローを予測できる期間が対象なのだろう。キャッシュフローの予測をするには不確実すぎる未来(B)については、記述しづらい要請である。

AおよびBは、統合報告の記述対象であり、価値創造能力を起点として、「組織の期待、野心及び意図について、現実的に記述されるよう留意しつつ(4.37)」中期および長期のビジョンや計画、ナラティブな価値創造ストーリーをKPIsなど利用しながら記述できる。

統合報告において、AについてはMCやIFRS S1の厳密な構造やサステナビリティのリスクと機会との関係性をより吟味し、財務報告との一体性をより高めた開示をする一方、AおよびB、特にAの裏付けのあるBについて、企業が持つ野心及び意図を開示することができる。

比較可能性については、AおよびB両方とも確保していくことができるが、比較の手法や目的は異なってくる。

Aは、例えば財務分析での比較であり、数字そのものを比較したい。このため、原則やルールに従って得られた数値や記述の開示が望まれる。つまり、規定演技の開示は直接的な比較が可能である。

一方、Bは、自由演技であり、企業の個性が発揮されるべき開示である。しかし、比較可能性はあると良く、それは、個性の表現が一定のプロセスを経て生み出された、という手続保証により、比較可能性を確保できる。
例えば、パーパス、ビジョンやマテリアリティについて、その特定プロセスを開示すると、その情報の品質をプロセスが保証する、という構造を保てる。
報告のためだけのパーパス風の言葉なのか、組織内で一定のプロセスを経て定められ、検証され、社内浸透が図られている企業文化の骨格の内容を表現するための言葉なのかを、読み手のセンスや洞察力ではなく、制定や活用のプロセス情報によって、確からしさを伝達していくのである。

Aは、財務報告との一体性が高いから、財務報告と同時に開示していく実務が理想となるだろう。
Bは、または、AとBを一体化した報告(例えば統合報告)は、財務報告後、分析や計画立案のための一定期間を経てからの開示とすることが考えられる。

6. 2026年までに統合報告はどのように進化すべきか

[1] フレームワークやスタンダードの読み込み

フレームワーク自体を読み、そこから自社の開示の未来像を描いていく。
例えば、IFRS S1のパラグラフ2は、統合思考を深く記述した内容とされている。IFRS S1, S2やMCとの比較で、<IR>フレームワークがより中長期の未来像を描きやすい要請になっていることもわかるだろう。<IR>フレームワークについては、日本語訳よりも英文そのものにあたりたくなる場面も増えてくるだろう。

開示の業務として、他社事例の収集と整理は仕事であるが、フレームワークの読み込みは勉強であって仕事では無いという整理もかつてはあり得たかも知れないが、現在、フレームワークやスタンダードの読み込みから自社の次の開示のヒントを得ようとするのは最上級の仕事であり、業務時間中に行うべきである。

[2] <IR>フレームワークへの準拠

<IR>フレームワークへの準拠を高め、準拠しない場合にはその説明があると良い。

例えば、時間軸について5.9, 5.10および5.11を参照し、「長期的な事象は不確実性に影響される可能性がより高いことから、 それらに関する情報はより定性的なものとなる場合が多く、短期的な事象に関する情報は定量化、更には金額評価に適している場合がある」といった指摘に応じた開示ができると良い。

5.11を参照すると、中長期に関する開示は、キャッシュフローという金額評価や定量化ではなく、定性的なものとなる。

4Gの見通しや、4Fの実績について、例えば、4.33「財務指標と他の要素とを結合させる主要業績指標 (KPI) (例えば、売上高と温室効果ガス排出量との比率など) 」といった要請が参考となる。KPIを開示する際、4.33に当てはまらない場合、なぜそのKPIが選ばれたのか、また開示するのかを説明できるようにしておけると良い。

価値創造プロセス図については、アウトプットとアウトカムを定義(2.23, 4C)にあわせるか、あわせない場合にはそうすることで伝えたい内容をより強調できると良い。例えば、現状の定義で、アウトカムの提供する価値そのものではなく、6資本の価値に割り当てて開示する。
6資本の定量的・定性的価値にほぼ割り当てられれば、簿価と時価の差額部分について、6資本で説明できる可能性が生まれる。
もちろん、そうではなく、提供価値そのものをインプットやアウトプットと関連させて説明したい場合、アウトカムを6資本と関連させずに表現することも選択肢となる。

価値創造プロセス図では、同じものをインプットにもアウトプットにもできる。また、過去をインプットとして当期実績を示すことも(過去〜現在, AsWas)、当期実績をインプットとして中長期の未来への価値想像プロセスを示すことも(現在から未来, ToBe)できる。<IR>フレームワークでは明確な要請がない部分であり、自由演技でアピールしたい内容をより表現できる形式とできれば良い。

例えば、株主資本(前期末か当期の平均値)をインプットとして、ビジネスアクティビティとアウトプットを経由して、ROEで表現できるアウトカム(財務資本)となる。ROAであれば製造資本がインプットとなる。

当期の研修費用をインプットとして、専門性の高い人材をアウトカム(人的資本)としても良いし、人的資本をインプットとして、顧客にとっての価値やブランド価値をアウトカムとしても良い。ブランド価値をインプットとして、ROSやシェアをアウトカムとしても良い。伝えたい価値創造ストーリーによって、どの資本をインプットとし、どの資本をアウトカムにするかを選び、価値創造ストーリーを伝えるために重要な資本を結合性(Connectivity)を維持しつつ選択し残せば良い。

経営デザインシートで、過去と未来を別々に価値創造メカニズム(資源、ビジネスモデル、提供価値)を描いておくと、この価値創造プロセスで伝えたいことが明確となっていく。価値創造プロセス図を過去から現在と、現在から未来の2つ描くことも考えられる。現在から未来については、概念的には、キャッシュフローを見込める期間Aと、より定性的な説明が必要な期間Bとに分かれるが、区分けして開示する義務は無い(<IR>フレームワーク5.11)。

[3] 財務マテリアリティと利益

IFRS18号の区分による利益や指標(KPIs, MPMs)、事業・地域のマトリックスとなっているセグメント利益という財務成果と、統合報告で開示する内容の関連性も考えていきたい。もちろん、IFRS S1, S2やCSRD-ESRSの財務マテリアリティをIFRS18号の利益区分で分析することも考えられる。
バランスシートとの関係は、引き続き、ROA, ROEをPBR等の株価指標とも組み合わせて継続利用したい。
IFRS18が浸透した未来における財務マテリアリティを想定し、そのサステナビリティ関連財務情報の開示を目指したい。

[4] <IR>フレームワークや統合報告書へのMC等の取り込み

<IR>フレームワークや統合報告は、IFRS財団、IASBおよびISSBから推奨されており、2年か3年はそのフレームワークも改訂されない可能性が高まった。しかし、IFRS S1, S2や、MCの他、CSRD-ESRS、GRI、SASBその他多様な要請が提案され続けている。

上記の短期から中期のキャッシュフローへの影響を吟味できる期間Aについては、統合報告の作り込みに際してMCやIFRS S1等も参酌することが考えられる。

中期から長期の開示Bこそが、統合報告書で長期投資家に自社を説明する機会であるから、長期安定株主を求める企業は、長期ビジョンや、2050年などのありたい姿を言語化し、中長期の取り組みや、人材育成・企業文化の醸成や中長期の投資方針など、中長期に安定して機能するインタンジブルズがどう未来の企業価値に結びつくかについての開示を充実させたい。

[4] インタンジブルズ間の結合性(Connectivity)

MERITUMは人的資本、構造資本、社会関係資本に区分した。<IR>フレームワークは、6資本に区分した。
これらのインタンジブルズは、単体では価値をもたないことがほとんどである。ビジネスで活用され、製品サービスを通じて市場において価値になる。インタンジブルズの価値が市場において現れるとき、1つの資本だけで価値になるのではなく、複数の資本が結合している。そして、なんらかの時間軸に沿った資本間の相互作用があり(<IR>フレームワーク3B, 3.8)、顧客の笑顔や満足、納得や得がたい体験などの価値を生み出し、それは、キャッシュと交換されることになろう。

この複数の資本間の組み合わせは、その企業の個性であり、価値創造を長期間にわたって他社に真似されない強みの源泉といえる。
統合報告の開示に際しては、過去から現在について、売上やシェアの観点での主力品について、稼げる強みがなんだったのか、インタンジブルズの結合性を分析したい。
現在から未来については、高シェアや売上を維持し、利益率をまもる理由や要素として、未来において機能しているであろうインタンジブルズ間の結合性のうち、自社の個性でもある結合性を開示したい。
この未来におけるインタンジブルズ間の結合性の開示は、長期投資家に向けて、現在の高シェア、高利益率が未来においても継続する理由を伝えるものであり、競合が知ったとしても簡単に真似できない内容である。
経営デザインシートは、この過去から未来の情報の結合性を1枚に整理できるツールであり、経営デザインシートを活用した統合報告の発行は、価値創造ストーリーの質を高める。

<IR>フレームワークにいう価値創造能力について、インタンジブルズの結合性の観点で分析し、真似されない個性である内容については開示していきたい。

結合性(Connectivity)については、<IR>フレームワークの策定に際して、WICIがバックグラウンドペーパーを策定した。その日本語対訳が公開されている。

[5] 統合報告による統合思考の社内浸透

統合報告の発行に向けた部門間の対話は、社内に統合思考を浸透させる素晴らしい機会である。単なる対話ではなく、統合報告書の発行という期限と開示スペースが定まっている業務であり、期限や上限を意識した生産性の高い対話をもたらす。

また、1年に1度の発行であれば、来年や数年後にはこう開示できるような企業でありたいという認識を、部門間で共有しやすくなる。

さらに、統合報告の発行によって、社内外の取締役が、自社をどう投資家に伝えるかを考える機会になり、社外取締役が自社の根幹を理解する機会となる。

統合報告書という、投資家向けの開示資料を用いて社内に情報伝達することで、取締役会や経営者が社外に表明している内容が社内に浸透し、企業文化が醸成されていく。

統合思考が組織内に浸透すると、価値創造のための活動がより合理的となり、無駄のない生産的な組織活動をもたらし、コミュニケーションのコストを低下させていく。

このような統合思考が組織へ浸透するには、数字に近づきつつも、数字を離れた野心や願望の対話が重要であり、原則主義により自由演技での個性ある説明を求めることが望ましい。

比較可能性や財務との結びつきも重要であるが、統合思考の浸透による顧客満足や生産性、ブランド価値の向上も重要であり、そのトレードオフで一方に偏らない姿勢を保ちたい。

つまり、比較可能性や財務との結びつきを損なっても良い価値観は、統合思考にある。統合思考の成果は、中長期に財務に結びつくことを示唆する質の高い価値創造ストーリーでなければならない。

統合思考は、統合報告書を悩みながら発行し続けた結果なのか、長期ビジョンの結晶なのか、リーダーシップの成果なのか、どういう状態であれば統合思考が浸透したといえるのか、統合思考が浸透した組織に特有な成果とは何なのか、判らないことは多い。

しかし、統合思考は重要であると多くの人々が体感しており、統合報告書が成功し続けている重要な要素の一つである。しかし、実際、統合思考がなぜ重要なのかは、21世紀においてもまだ謎に満ちている。企業報告は、その謎を解明していくプロセスでもある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?