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愛媛新聞「四季録」07 内子の活動写真館

 
内子駅を降りると驚いた。駅前に蒸気機関車が鎮座していたのだ。文楽や木蝋などで有名な内子町にあって、漆黒の機関車に出会うとは思わなかった。

案内板によると昭和14年製、旧内子線を昭和45年まで走ったという。鉄道ファンには感無量のひとときで、青空の下で黒光りする機関車を眺めた後、保存地区の方へ向かった。

大きな空襲を免れた内子町には多くの建築が遺っている。本芳我家や上芳我邸、大村家などの他に近代の内子座や旧警察署など目白押しで、各資料館やお店も加えるとすぐ一日が過ぎてしまう。

何気なく入ったお店に杉浦非水(戦前のデザイナー)の見事なポスターが飾られたりと見どころ満載の町なのだが、なかでも印象的な建物があった。

町並み保存地区に向かう途中、「元活動写真館 旭館 50M先」という看板が目に入った。昔から古い映画が好きで、「活動写真」と聞くと血が騒ぐ。看板の矢印の方へ足早に向かうと、いかにも昔の映画館らしき建物があった。

典型的な看板建築(建物正面のみ凝った洋風に仕立てたもので、大正末期に流行)、正面には丹下左膳のポスター…まさに「活動写真館」のたたずまいで、心をわしづかみにされてしまった。保存は良いといえないが、古い映画館は取り壊される傾向にあるので現存自体が珍しい。

説明板によると名称は旭館、大正末期の建築という。説明板の上には昔の映画ポスターが飾られ、その中に『婦系図』のポスターもあった。泉鏡花原作、鶴田浩二・山本富士子主演の映画で(昭和30年上映)、実物ポスターを見たのは初めてである。

原作小説もすばらしく、特に妙子という女性の描写が美しい。

「帯も、袂も、衣紋も、扱帯も、花いろいろの立姿。(略)紫と、水浅黄と、白と紅咲き重なった、矢車草を片袖に、月夜に孔雀を見るような」(『婦系図』)……かつての女性が着こなした着物の柄の華やかさ、美しさが彷彿とされるようだ。。

この旭館や駅前の機関車はともに昭和40年代に役目を終え、町に静かにたたずんでいる。

内子を訪れたのは冬だったが、初夏の今頃は機関車や旭館の周りにも矢車草が咲いているだろうか……そんなことを思っていた矢先、六月に旭館で映画が半世紀ぶりに上映されるのを知った。近代文化は今も内子に息づいているのだ。

※旭映画館を訪れたのは2012年の冬だった。訪問した時は保存状態が悪く、取り壊される可能性を危ぶんだが、2013年末に国の有形文化財指定を受け、保存されることになった。その後、定期的に戦後映画の上映会やライブなどが行われ、地域振興と近代内子の記憶の継承に一役買っている。


旭館。入口の顔出しパネルは丹下左膳(2012年撮影)


初出:「愛媛新聞」2013.5.13、「四季録 内子の活動写真館」

上記を愛媛新聞に発表後、拙著『愛媛 文学の面影』南予編(創風社出版、2022)に増補して収録した。


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