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『塔』2024年2月号より②

『塔』2024年2月号の作品1から、気になった歌をあげて感想を書いてみました。(敬称略)


尾道はいつまでも秋 千光寺キンモクセイにつつまれていた
/山名聡美

p54

作者がかつて尾道を訪れたとき、季節は秋で、千光寺のキンモクセイの印象が鮮やかに残っているのだろう。
そして、作者の記憶の中での尾道はいつまでも秋で、季節が進むことはない。
「千光寺」という固有名詞が見事にはまっており、紅葉の美しい秋の尾道の景色が明るさとともに想像できる。
作者とって素敵な旅であったことが伝わってくる。
キンモクセイの匂いも漂ってくるような、臨場感がある一首だ。


ことばもてわかりあふとふ困難よつるつるすべる柿の皮むく
/𠮷田京子

p55

前後の歌から世界各地で起こっている紛争を詠んでいるとわかるが、身近な人間関係の歌としても読める。
平和を願う歌は多く詠まれているが、理想を語るだけではどうにもならないことも誰もが感じ始めているだろう。
その歯がゆさが柿の皮の質感やつるつるすべる自身の触覚を通して表現されている。


耳とおき兄は戸口に里芋をごろりと置きてすぐに帰りぬ
/石井夢津子

p61

「里芋をごろり」と置いて帰って行った「耳とおき兄」。
離れて暮らす兄妹だが、お互いに気にかけている二人の関係性や兄の人柄が想像できる。
大きな里芋が玄関先に置かれたときの音や土の匂い、その日々の暮らしぶりも伝わってきて、味わい深い一首である。


流水を星の形にするための蛇口を売ってくださいお金で
/鈴木晴香

p76

水道の蛇口を覗き込むと星の形をしているタイプのものがあるが、そこから「その蛇口を売ってください」と意外な方向に展開される。
この一首では「流」と「星」が近くに置かれているために、自ずと流星を連想する。
どこか寓話のような雰囲気が漂うが、結句の「お金で」に一気に現実に引き戻されるような落差が面白い。
様々な想像が膨らんで誰かと話し合いたくなるような歌だ。


重厚な蜥蜴という名のあることを知らずにトカゲはするするとゆく
/入部英明

p78

「蜥蜴」と表記されるといかにも重厚で怪しい雰囲気が漂うが、実際のトカゲはすばしっこく軽やかに逃げてゆく。そのギャップに注目した歌だ。
「名のあることを知らずに」が面白く、トカゲの人間をあざ笑うかのような自在さが伝わってくる。
確かに、人間が勝手にトカゲのイメージを植え付けているだけでトカゲにしてみれば知ったことではないだろう。



今回は以上です。
お読みいただきありがとうございました。

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