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『塔』2024年2月号より⑤

『塔』2024年2月号の作品2から、気になった歌をあげて感想を書きました。
(敬称略)


フイルムのケースに入れた正露丸じゃくじゃく鳴らせば旅は始まる
/岡村圭子

p115


「フイルムのケースに入れた正露丸」、その不思議な映像が想像される。
おそらくは、昔よく使っていたカメラのフイルムケースではなく、化粧品や小物入れ用のプラスチック製のケースだと思われるが、それに正露丸を入れて旅の際には持ち運ぶのだろう。
「正露丸じゃくじゃく」というオノマトペが見事で、正露丸の黒色と粒の大きさ、揺らしたときに鳴る音を、これ以外にないというくらい的確に表している。
この一首だけでは、正露丸を持参する事情やどのような旅なのかはわからないが、「鳴らせば旅は始まる」というまとめ方に何とも言えない余韻が残る。


漁火が水平線を引く真夜にいろんな水の匂いを嗅いだ
/丸山恵子

p120

真っ暗な夜の海に漁火が水平線上に連なっている、その幻想的な光景が描かれていて、「水平線を引く」としたところが美しい。
そして、その上句の映像から、下句では嗅覚に展開しているのも巧い。
漁火の他は暗闇が広がっているわけで、視覚が制限される中、嗅覚が敏感になるのだろう。
このいろいろな想像がふくらむ下句にもとても惹かれる。


シャーペンの芯のエッジを探しつつ歌集一冊ノートに写す
/岩尾美加子

p124

シャープペンで書くうちに、芯が丸みを帯びてくるためペンを持ち変えつつ、角度を変えながら書き続ける、その指先の繊細な感覚が詠まれている。
歌集一冊を書き写すのは大変だ。初めのうちはいいが徐々にペンを持つ手も頭も疲れてくる。
私は最近は歌集の書き写していないので、これを機にやってみよう。


電話機のボタン光れり夕やみに帰りし部屋の冷たさの中に
/清水久美子

p128

夕方、すでに薄暗くなった頃に帰宅すると、留守番電話のランプが点滅していた。
最近は家庭用の電話がない家も多いが、おそらく多くの人に覚えのある景色だろう。
自らの一日の疲れもあいまって、薄暗い部屋に光るボタンから物憂げな雰囲気を感じ取った、そんな情感のある場面が詠まれている。


ぎんなんの踏みつぶされし道に立ち開演を待つ千五百番目
/水野直美

p131

コンサートの開演を待つ行列に並んでいる場面。
「ぎんなんの踏みつぶされし」によほど混雑している様子が描かれる。
銀杏を踏めば強い匂いがするので、誰もが避けたいはずだが、避けられないほど銀杏が落ちていたのだろう。
その場の立ち込める銀杏の匂いも漂ってきそうだ。
そうまでして並んだライブならばよほど盛り上がったに違いない。



今回は以上です。
お読みいただきありがとうございました。

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