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『塔』2024年3月号より①

『塔』2024年3月号の月集から気になった歌をあげて、感想を書きました。
(敬称略)

おだやかに晴れたる午後のメダカ鉢近づけば逃ぐ波紋をのこし
/永田淳

p5

近づいただけで逃げてゆくメダカ鉢のメダカ。
そのメダカの動きとささやかな波紋の美しさが想像できる。
上句では穏やかな天候が出され、ゆったりとした作者の心のありようもうかがえる。


コーヒーに息吹いてたら波立ちぬ窓の向こうのくすのき池も
/相原かろ

p7

カフェで注文したコーヒーに息をふーふーと吹きかけていると、窓から見える池の水面も波立っていた。
まるで自分の息がそのまま池に伝わり、水面に波紋を広げているように思えたのだ。
「くすのき池」という固有名詞もよく、メルヘン的な楽しさがあると同時に、調べがやさしく、ほっとするような一首だ。


大人気ない大人気ないと思いつつ十分以内で小言を終える
/芦田美香

p7

小言を言っていると、その最中に積もり積もったものが思い出されてくることがある。
この場面では、自分でも大人気ないと自覚しつつ小言を言っているのが、なんとも面白い。
「大人気ない」の繰り返しが、複雑な心の裡や、その場の雰囲気を伝えている。


口内炎のように本音が口にある 言い放題の人の傍ら
/上條節子

p8

言いたいことを言いたい放題の人の傍らで、本音を言えずに我慢している。そのときの本音を口内炎に喩えた。
口内炎は小さいながら、口の中に大きな痛みや不快感をもたらす。
吐き出すことのできない本音を、その口内炎に喩えたところが見事。
どうしても本音を言えない状況にあったのか、作者の性格によるものなのかはわからないが、そのときの激しい心の動揺が伝わってくる。


夕ぐれに選挙カーの声騒がしき消音に出来ず聞くしかあらず
/大塚洋子

p9


選挙期間中の選挙カーの声を「消音に出来ず」と表現したことで、その圧迫感や暴力性が印象づけられている。
候補者の名前の連呼するばかりの、現在の選挙のあり方への苛立ちもあるのだろう。

勾玉のかたちの夜々を睡りつつ冬の星座を夢にかざせり
/大引幾子

p9

身を屈めるように眠る形を「勾玉のかたち」とし、下句の「冬の星座」、「夢」と展開したことで幻想的な歌となった。
おそらく古代の人々も「勾玉のかたち」で眠っていたのだろう。
そう考えると、人類の長い歴史や人々の暮らしにも想像が及ぶ。


赤い実はクリスマスホーリー、よろこびて飾れる声の無き町がある
/木村輝子

p12

「クリスマスホーリー」とも呼ばれるセイヨウヒイラギは赤い実をつけ、クリスマスの装飾に使われる。
街のクリスマスの装いの華やかさを見ながら、そのように浮かれてはいられない環境にある地域や人々に心を寄せている。
具体的に戦禍にある地域を想像しているのかもしれない。
下句の「声の無き」によって、そうした境遇にある人々の苦しみが想像される。


縦走のつづけば性は尖りきて互ひに口もきかざりしこと
/酒井久美子

p13

前後の歌から、雪の登山を回想しているのだとわかるが、「性は尖りきて」が強い印象を残す。
ぎりぎりの過酷な状況で、精神と身体の感覚に起った変化が表現されている。
結句「~こと」で締めたことで、さらに切迫感が出ている。


俯いて歩いていたと気付くとき赤き山茶花さやけくありぬ
/関野裕之

p14

「さやけく」は明るくてすがすがしく、の意。
不思議な印象を持つ一首で、普通なら俯いて歩いていたら、赤い山茶花に気付いた、となるはずだが、ここでは「俯いて歩いていたと気付くとき」に、赤い山茶花に気付いた、となっている。
その一瞬の時間差が不思議な印象をもたらしているのだろう。
ふとした、心の動きを率直に詠んだ歌かもしれない。


ワイパーに額よしよしされながら雨の日の車うつむきかげん
/永田紅

p16

「額よしよしされながら」が楽しくかわいらしい一首。
擬人化を超えて、ファンタジーやアニメの世界を思わせる。
憂鬱な雨の日もこんな空想をすれば楽しい気持ちになるだろう。


今回は以上です。
お読みいただきありがとうございました。


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