見出し画像

『塔』2024年3月号より②

『塔』2024年3月号の作品1から、気になった歌をあげて感想を書きました。(敬称略)


鬼太郎よりねずみ男の立ち直る早さが好きだ 明日も嘘つく
/田中律子

p33

水木しげるの漫画『ゲゲゲの鬼太郎』では、主人公の鬼太郎の足を引っ張ったり、裏切ったりと悪さばかりをするねずみ男だが、そこに人間らしさが描かれているとも言える。
そんなねずみ男の「立ち直る早さが好きだ」という作者の人生観も興味深い。
一字空けの後の「明日も嘘つく」には開き直りがあり、不思議な清々しさがある一首だ。


「ねっねっ」と同意を求めてくる人の油の浮いた小鼻が光る
/王生令子

p33

上句にある嫌悪感を直接言わずに、下句の描写によって表現しているところがよい。


一、二分体調聞きて去ってゆく主治医は風のようだと思う
/石井久美子

p33

あっけないほど短い時間で診察を終えた場面。
医師側からすると、簡単なやりとりで病状を把握できるのだろうし、一人の患者にあまり時間をかけていられないのだろうが、患者側からすると、様々な不安があり主治医に聞きたいこともある。
そういった場面での心の揺れが巧く詠まれている。
「風のよう」からは、医師の長い白衣が靡く映像が想像できる。


自らがつくった糸に吊るされてぷらんぷらんと死骸が揺れる
/乙部真実

p35

クモは網を張ることで、そこに引っかかる餌を捉えて採食するが、この場面では張り巡らされたクモの巣に、クモ自身が死骸となって吊るされていたのだ。
どこか物悲しさがあり、蜘蛛の巣に引っかかって揺れている映像が想像できる。

よぶ声がひびきわたりぬ二番目にお待ちのお客様を呼ぶこえ
/垣野俊一郎

p35

ファストフードで購入した商品を待っている場面。
「二番目に」とあることで、注文が通った順番が前後したことがわかる。よくある光景だが、わずかに心がざわっとするような気もする。
順番通りでないことに腹を立ててクレームをつける人の存在が頭によぎるからだろう。
「お待ちのお客様」と店員の言葉をそのまま使ったところがユーモラスで、下句の句またがりのリズムも心地よい。


白雪になりきれぬものつぎつぎと夕べの庭に糸ひきて落つ
/斎藤雅也

p37

霙(みぞれ)と言わずして詠まれているところがいい。「糸ひきて」が見事な表現で、霙の水っぽい質感や寒さが伝わってくる。



男はとか人間はとかこの頃の妻の話は主語が大きい
/坂下俊郎

p37

話しているのが妻だというのがよくて、夫婦の会話の場面や二人の暮らしの中での関係性が想像できるのだが、どこかおかしみも滲み出ている。
この「主語が大きい」というのは私にもそういう傾向があるのではと、ハッとさせられた。気を付けないと。


どなたかの着信音が鳴りやまずみなが腰をふるフラのさなかに
/冨田織江

p39

フラダンスをしている最中に誰かの携帯電話の着信音が鳴り出したが、持ち主が電話へ向かうでもなく皆フラダンスを踊り続けている、という歌でとても面白い場面だ。
「どなたかの」という柔かい言い方や、ゆったりとした調べがフラの音楽や踊りを思わせる。
おおらかな場の雰囲気が伝わる心地よい一首。


天空をあざやかにしてヤマボウシ 風にも人にも媚びたりしない
/永田愛

p39

ヤマボウシの赤い実が「天空をあざやかに」するというスケールの大きな一首。
伸びやかな上句が魅力的で、下句は作者の願望と決意が込められているのだろう。
「風にも人にも」というところに作者の個性が出ている。
愛唱歌にしたい素敵な一首。


本堂の広きに一人手を合わせ私はただの人間になる
/山﨑大樹

p42

私が「私」であることからも離れて、「ただの人間になる」。
とても深い哲学的な一首。



今回は以上です。
お読みいただきありがとうございました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?