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塔11月号④ 作品2より

『塔』2023年11月号の真中朋久さんの選歌欄より、
気になった歌をあげて感想を書いてみました。(敬称略)



紫蘇ジュースたっぷり作りこの夏の酷暑に耐える活力とせむ
/井上美佐子

塔11月号p88


・この夏の厳しい暑さを嘆く歌が多く見られる中で、作者の前向きな姿勢に惹かれた。
「紫蘇ジュース」の具体がよく、その鮮やかな色とみずみずしさが生命力を感じさせる。
また、「たっぷり」「活力とせむ」という表現にも作者のたくましさが滲み出ている。
読んでいる私にも、力を与えてもらえるような気持ちの良い歌だ。



番組に左利きなる料理人微笑みつつも難儀ありけむ
/大槻一郎

塔11月号p88


・作者がテレビの料理番組を観ていると料理人が左利きであることに気づいた。
そして料理人が左利きであるがゆえに経験したであろう様々な苦労に思いを馳せている、そういう歌だ。
料理に限ったことではないが、左利きであることは様々なハンデがあるのだろう。
特に日本人には右利きが圧倒的に多く、ほどんどの道具が右利き用に作られていることなどがある
それらを乗り越えて活躍している料理人を称えたいという気持ちが伝わってくる。
この歌では作者の観察力とともに、料理人の過去の苦労に思いが及んでいるという点に作者の人柄も浮かび上がってくる。
またこの一首では、文語の使用、とくに「難儀ありけむ」というやや硬い言い回しが、一首に深みをもたらしている。



無造作にチラシを入れる人影が去るまで鍵を回さずにいる
/佐復桂

塔11月号p90


・マンションへ帰宅し、自室へ入ろうとする主体が、ドアポストへチラシを入れて回っている人物の存在に気づく。
主体は鍵を開けず、その人影が去るまでを静かに待っている、という場面がスリリングに描かれている。
「無造作に」や「人影」という言葉から、主体がその人物に対して、警戒心、恐怖心を抱いていることがうかがえる。
状況を想像すると、主体は自室を特定されたくないために、自室付近で立ち止まっているのだろう。
ただし「鍵を回さずにいる」とあるので、すでに鍵穴に鍵を差し込んだ後に、鍵を回すことなく静止しているようでもある。
また「回せず」ではなく「回さず」である点にも注目した。
もし「回せず」であれば、恐怖によって回せないのだが、「回さず」だから、主体が意識的に行為をしていないのだ。そこに警戒心の強さが表れている。
日常の一場面を切り取ったこの歌は、サスペンスドラマのワンシーンのような臨場感がある。
同時に不穏な現代社会、都市生活が映し出されているとも言えるだろう。



制服の微妙にダサいデザインに気分萎えると嘆く彼女ら
/関竜司

塔11月号p90


・中高生、あるいは会社の女性たちだろうか。
制服のデザインが微妙にダサいと嘆きあっている女性たちを、主体ははたで聞いているのだろう。
「微妙に」が肝で、制服を決定している側の人間と、それを実際に着用する女性たちとの感覚のずれが浮かび上がっている。
もし職場であれば、制服を一新した場面かもしれない。制服が新しくなると聞いて、今度はどんな制服だろうと、期待に胸を膨らませる女子社員たち。しかし実際に届いたものを見て、なんか「微妙に」違うと感じる、こういった瞬間は、制服に限らずよくあることだろう。
歌の語順もよく、結句「彼女ら」で締めくくることで、その落胆ぶりがさら重く感じられる。


蛞蝓の這い回るごと天気図に軌跡描きて台風惑う
/松山恵子

塔11月号p93



・台風と蛞蝓(なめくじ)といった、結び付きそうもないものを比喩に使ったところが見事。
確かに天気図の等圧線はナメクジの這った跡のぬるぬるを連想させる。
今年の台風はやたらに速度が遅かったり、進行方向を変えたりしたので、その印象が強く残っている。
近年では台風が大きな災害をもたらすことが増えている。
巨大なナメクジの怪獣が日本列島に襲い掛かるようなイメージも浮かんできた。



今回は以上です。
お読みいただきありがとうございました。

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