ある絵画(Pさん)

 ある絵画に、誰かが扉の前に佇んで、その扉が開くのを待ち望んでいるかのようなものがある。この絵は、一体何を意味しているのだろうか。その、扉が開くのを待っている人の尻の穴の部分から電源プラグが伸びていて、そのプラグは、その玄関先に据えられている門灯の電源が刺さっていたはずのコンセントから盗み取るように刺されていて、その誰かの頭部が光っている、頭が電灯の形、蛍光灯や電球の形になっているのではなく、確かに人間の頭の形をしたまま、光っているのである。その人はスーツを着ている。直立不動ではあるが、姿勢は悪く、後ろから覗いてかろうじて分かるくらいに猫背であった。肩の肉が多いからそのように見えるのか、肩の肉が多いから猫背になってしまったのか、どちらかは分からないがどちらかなのだろう。頭が光っているとはいっても禿頭ではなく、頭髪があり、かつ光っている。ここから見ているのでは、その頭皮から光って頭髪を透けさせているのか、それとも頭髪自体が光っているのか、判明しない。あまり、本人は光っているとか光っていないといったことに拘っている様子はなかった。玄関先にスプリンクラーの水でも撒いたように彼の飛沫が飛び散っていることから、玄関先でものすごい勢いで喋っていたということは確実にわかる。二階のベランダから、我関せずといった風に、老人がそれを覗いていた。どういうわけか、ベランダの窓はおろか、雨戸まで閉まっていた。ところが、他の窓は単にガラスサッシだけ閉まっていたり、まして開いているところもあるので、家人の、老人に対する悪意みたいなものが、ヒシヒシと感じられた。余り深入りしすぎると、この家庭の問題に自ずと巻き込まれそうな気がしたので、そこは考えるのをやめた。ただ、家全体ののどかな佇まいから、裕福な家庭であることだけは伺えた。子供用の、補助輪の付いた自転車が二台、駐車場の空いたスペースに停められていた。そのうち一つは、そのうち一つは、私が子供の頃に使っていたものだった。そちらの方だけ、外に放置されていたにしては不自然なくらい、分厚いホコリが積もっていた。もう一つは新品同様だった。
 一体、いつまでここで待っていれば良いのだろうか?

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