【禍話リライト】怪談手帳「裏階段」

一時期、子供の頃の不思議な話というテーマで聞き取りを行なっていたことがある。以下の話もちょうどその時に、現在は飲食業を営んでいるAさんから伺ったものだ。

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階段の裏側ってあるでしょう。裏に回った時に、構造としてね。当然、表の段々と逆に段々がありますよね。あれ正しくは「上げ裏」だとか「段裏」って言うんでしたかね。

当時、私は「裏階段」って呼んでました。それが、すごく怖かったんです。

と言っても、ちょうど死角にあるというか、外からすぐに見えないようなものだけですね。

そういう裏階段には、その、いたんですよ。人がね。こう、腹這いになって。あ、いや、天地が逆だから違いますね、変な言い方になってるな。要は、人みたいなものがね、ヤモリみたいに張り付いてるんですよ。

あ、もちろん普通の人じゃありませんよ。服も何にも着てなくて、全身が青黒くて。ああちょうどあれです、美術の本に載ってるブロンズ像。あれみたいな。

でもよく見ると肩が上下していて、ちゃんと生きてるんですよ。性別は男だったり女だったりまちまちで。そういうものが、薄暗い裏階段を覗き込むとね、いるんですよ。

しかもね、たいてい低く声を出してるんですよ。なんとか近づいてね、聞いてみるとね、どうやらお経のようなものなんですよ。内容まではわかんないんだけど。

いつ頃から見えたのか曖昧でね。最初は驚いたはずですよ。お化けとか幽霊って言葉は子供だけど知ってましたしね。でも気付いたら裏階段にはそういうものがいるんだって了解してた感じで。同時に、いつそれが見えなくなったか感じなくなったかも正確には覚えてないんです。気付いたらすっかりそういう実感が消えていて。

今思えば一度くらい大人を呼んで一緒に見てもらえばよかったですね。でも、そうしなかった。何か、タブーというか禁忌っていうんですかね、そういうものを感じていたんです。

よく覚えてるのは小学校と公民館、友達のアパートと、家の近くの工場かな。幸い私の家は平屋で、階段は無かったんです。

街の外でも何度か見たことがあったから、あれはどこにでもいるもんだなあって考えてましたね。

中でもね、通ってた小学校の、中央階段の裏、これが本当、文字通りに鬼門でしたよ。何しろ一番行き来する機会が多かったですからね。いつも走り抜けるようにして駆け上がってました。それで転げ落ちて怪我をしたこともあったり。

結局そのせいで同級生のB君って子に見咎められちゃったんですよ。それまでは何とかやり過ごしてたんですけどね。

B君しつこかったなあ。いわゆるガキ大将気質な奴で。実は私もいじめとまではいかなくても、いつも乱暴に扱われてて。

で、B君、私が階段を怖がるのを面白がって、わけを知りたがってね。いくら誤魔化しても聞かないもんだから、そのとき初めて他人にあれのことを話してしまったんですよ。まあ誤魔化せなくなったっていうのもあったんですけど。

やっぱり、何かの勘違いじゃないか。あれは自分だけが見えてる幻のようなものなんじゃないかって、思ってしまって。

で、その、ものについて話すと。B君、笑ってました。案の定すごく馬鹿にしてね。それでもよかった。私初めて他人と一緒に、それから裏階段を見に行ったんですよ。

結論から言うと、あれは幻なんかじゃありませんでした。やっぱりいたんですよ。放課後の、夕日が差す中で。B君と一緒に踏み込んだ裏階段に。前と何にも変わらずに。

その時にB君が上げた甲高い悲鳴、今でも覚えてます。

いつも階段に張り付いて背中しか見せなかったそいつが、その時初めて振り返ったこともね。

その顔は、青黒い陰影の中に血走った眼だけが真っ白く浮き出てる、そりゃあ気持ち悪いものでした。

ああ、振り返ったのは自分が何かのタブーを破ったからだ。人を連れてきたからかなあ。そう思いながら私はB君と一緒に転がるように逃げ出しましたよ。

B君ですか? その日はちゃんと家に帰ったそうなんですけどねえ。次の朝に行方不明になっちゃいました。どこに行ったのかねえ。全く分かりませんでしたよ。

私はねえ、私だけの勝手な想像なんですけど。ああ、B君、裏階段に行っちゃったんだなって思ったんですよ。でもそのことは言い出せなかった。残酷な話ですけどねえ。もう絶対他人には漏らさないぞと。狂ったように、思い込んでましたね。

え、意味が分からないって? B君が裏階段に行ったって話が、意味が分からないって?

ああ、というのも、逃げ帰った晩にね、夢を見たんですよ。初めて見たなあ、裏階段の夢なんて。

いつものような死角にある薄暗い狭いもんじゃなくて、空に向かってどこからか延々と長く広く伸びている、裏階段、それを自分が誰か分からない視点で見上げてるって夢なんですよ。

で、その裏階段に老若男女のあれが、無数に張り付いて、上へ上へと這ってる、ただもうひたすらに這い上がり続けてる。

その時思ったんです夢の中で。子供だったけど。ああこれ地獄なんだって。上じゃなくてあべこべなんだって。あれ人が地獄に堕ちてるところを自分は見てるんだって。

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・以下はこの話を収集した余寒氏のメモである

建物の建築の際、階段を据え付ける時というのは、僅かに数mmずれても床鳴りの原因となるので、特に慎重に調整するらしい。知り合いの大工さんがそういう作業をしている時に一度だけ、たった一度だけ、段裏、階段の裏に人影のようなものがしがみついているのを見たことがあるという。

「俺たちの仕事ってすごい集中するから、そういう疲れから来る幻覚だろうけど、気持ちのいいもんじゃないねえ」

と話していたのを、僕は過去に聞いたことがある。




※ツイキャス『禍話』2021/09/25放送回(シン・禍話 第二十八夜)の一部を抜粋して文章化したものです。書き起こしにあたり表現を変えた部分があります。
(出典)37:52頃〜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/702819147